§020 説得
「……クレア」
俺は突然の来訪者に驚きを隠せずにはいられなかった。
そこに立っていたのは、先ほどまで剣を交えていたクレア本人だったのだから。
彼女がこの場に来た理由を考えた時、俺の心臓は大きく鼓動した。
――まさか、そんなことは。
額を一筋の汗が伝う。
俺は半ばわかりきっている答えを聞くために、今一度、彼女に問う。
「……クレアが何でここに」
その問いを受けたクレアは
その表情はいつになく真剣なものだった。
その瞬間、俺はクレアから紡がれるであろう返答を確信した。
「お察しの通りだよ。あたしね、
その言葉に俺の中に様々な感情が渦巻く。
「君が東方出身なのはわかっていた。何か訳アリなことも。でもそんな話今まで一度も……」
「言いたくなかったの。だってリヒトは何だかんだ正義感が強いから、本当のことを知ったらあたしたちを助けようとするでしょ?」
そう言ってクレアは前髪を耳にかける。
そうすることで赤色の双眸がよりくっきりと視界に入る。
「それに……あんただってあたしに隠し事してたじゃない。ねぇ、リヒト大尉?」
まるで浮気を糾弾するかのような厳しい口調に、静かな怒りを宿した瞳。
クレアはどうやら俺が大尉であることを伝えてなかったことを快く思っていなかったようだ。
俺が反省の弁を述べようとしたところ、クレアの視線は今度はファイエルへと移されていた。
「ねぇ、ファイエル。リヒトにはどこまで話したの?」
突如話を振られたファイエル。
ファイエルは質問の意図を推し量るように一瞬クレアをその静謐な瞳で見つめたが、クレアの威圧感に気圧されたのか降参とばかりに両手を挙げると、事実を淡々と述べる。
「あくまで概略だけです。彼がゴップの指示で私達の指揮官になりたいと言ってきたので、私達――
「それ以上のことは?」
「込み入った事情までは話していませんよ。余計なことを言ってあなたに暴れられたらたまったものじゃありませんからね」
「……そっか」
それを聞いたクレアは、刹那、考え込むように髪をクルクルといじる。
そして、一拍置いた後、口を開く。
「あたしはリヒトが指揮官でも構わないよ」
「「「「えっ?」」」」
これに驚きの声を上げたのは、俺はもちろんのこと。
それに加えて、ファイエルにバイデン、それにエインリキという
特にエインリキはそんな言葉が紡がれるとは万に一つも思っていなかったのだろう。
口に含みかけていたコーヒーを盛大に吹き出し、読んでいた本は茶色く滲んでいた。
「いやいやクレア、何言ってるの。さすがにこいつが指揮官っていうのは無しでしょ? 元々中央の軍事参謀なんでしょ? 俺達からすれば諸悪の根源みたいなものじゃん。そんないつ裏切るかもわからないやつを指揮官にするなんて俺はごめんだよ」
エインリキは本を投げ捨てるように置くと、クレアに飛び掛かる勢いで歩み寄る。
「エインリキ、リヒトはそんな人じゃないよ。あたしはリヒトなら信用できる」
「その根拠は?」
「勘だけど?」
「は?」
傍から見ててもどうにも相性の良くない二人。
売り言葉に買い言葉の応酬が続く。
「それにさぁ、弱い指揮官って無しじゃない? さっき俺と相対した時だってこいつ隙だらけだったし。俺なら五秒で
そんなエインリキの挑発的な言葉に、クレアも負けじと挑発的な視線を向ける。
「あんたリヒトの強さ知らないでしょ? あたしね、リヒトに剣術の仕合で負けたの。そんなリヒトに、あたしより弱いあんたが勝てる道理ってある?」
「は? 誰がお前より弱いって?」
「あんたよ、あんた。何? やる気?」
「上等」
エインリキが激昂してクレアに掴みかかろうとした瞬間――
「落ち着け」
クレアとエインリキの間に立ち塞がるように立ちはだかったのはバイデンだった。
「お前ら本当に仲悪すぎるだろ。もうちょっと仲良くできねーのか」
そう言って呆れ顔で頭をボリボリと掻いたバイデンだったが、クレアの方に向き直ると、二人の仲を仲裁するように言う。
「エインリキの言いたいことはわかる。でも、問題はそこじゃねーんだよな。つまりは、そもそも論としてオレ達には指揮官なんて不要だって話だよ。この軍師さんに実力があろうがなかろうが、指揮官の資質があろうがなかろうがオレ達には関係ねぇ。どうせオレ達は指示なんて聞かずに好き勝手に戦うんだからな。そうだろ、ファイエル」
その言葉にファイエルは頷く。
「まあ、簡単に言えばそういうことですよ、クレア。私もバイデンの意見に賛同します。彼が信用に値する人間なのは見ていればわかります。クレアに勝てる剣術を持っているなら実力も相当なものなのでしょう。でも、私達には彼を指揮官に据えるメリットがないのです。むしろ彼のことを思うならば、こんな部隊の指揮なんかを取らせるよりも、もっと活躍できる場所があるはずです」
「……メリット」
その言葉にしばし黙考するクレア。
しかし、すぐに顔を上げるとファイエルに問う。
「あたしがメリットを提示できたらリヒトを指揮官にしてもらえるの?」
「それはメリット次第ですね」
そっかと頷いて一度目を伏せる彼女。
何かを言い淀んでいるようだったが、心を決めたようにスッと顔を上げた。
「リヒトはね……『魔法』が使えるの。隊長と同じ」
「「「魔法?!」」」
その言葉に
そして、好奇の目をこちらに向ける。
「……それは隊長が使えた『魔法』と同じものと考えてもいいのですか?」
「……うん」
「……そうですか。それはまた皮肉なことがあるものですね」
ファイエルは何とも言えない表情で俺を見つめる。
「彼が
「……重大な問題?」
その言葉に首を傾げるクレア。
それに対して、ファイエル静かに言った。
「ええ。君の心の問題ですよ、クレア」
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