§019 逃げないよ
俺は一通りの経緯を説明し、その中でメンバーの軽い自己紹介を受けた。
皆、やはり年齢は俺とほぼ同じ。
一五~二〇歳とかなり若いメンバーで構成された部隊であることがわかった。
部隊長・代理――ファイエル。
やや淡泊な印象の茶髪の少年――エインリキ。
真昼間にもかかわらず酒を煽っていた黒髪短髪の少年――バイデン。
聞いたところによると、隊長は不在。
隊長以外にもあと一人メンバーがいるらしいが、最近はあまり顔を出していないらしい。
それにしても皆、三者三様というか、個性的なメンバーが揃ったものだと思った。
俺が説明を始めた後は、エインリキは椅子に戻って元通り本を読み、バイデンは俺のことを視界に入れるまでもなく酒を煽り続けていた。
そんな中、ファイエルだけは誰よりも真剣に俺の話に耳を傾けてくれた。
そして、俺が全てを説明し終えた後、ファイエルが口を開いた。
「なるほど。事情はよくわかりました」
「という事情なので、出来ればこれから……」
「しかし、我々には指揮官は不要です」
「…………」
全く予想していないわけではなかった。
しかし、出来れば聞きたくなかった返答に俺は思わず押し黙る。
そんな俺に静謐な瞳を向けながら、ファイエルは淡々と自らの意見を述べる。
「気分を悪くされたなら申し訳ございません。ただ、貴方は我々のことを何もわかっていないようなので敢えて口悪く言わせていただきます。私達は今まで数多の戦地を切り抜けてきました。自分達の力だけでです。今更、指揮官など邪魔になるだけ。
「……し、しかしこのままではアクアリーブルは」
どうにか食い下がろうと口を開きかけたところで、
「おいおい、ファイエル。こいつはそんな上辺だけの説明で折れるようなタマじゃねーだろ。こういう優等生にはしっかりと真実を教えてやった方がいいんじゃねーのか」
今まで我関せずだった黒髪短髪の少年バイデンが初めて口を開いた。
その言葉に一瞬鋭い視線を向けたファイエルだったが、仕方ないとばかりに軽く肩を竦めると、バイデンに説明を譲る仕草をした。
それを見たバイデンが意気揚々に言う。
「なぁ軍師さん……お前はオレ達がどんな部隊か知ってるか?」
その問いに俺はわずかに逡巡する。
事前情報として
しかし、こうやっていざ
確かに上官である俺が訪ねてきているのに敬礼も無ければ、そもそも話を聞く体勢にすらなっていない。
それは軍人としてはいかがなものかとは思うが、俺には彼らがただの問題児であるとは到底思えなかった。
――
それがおそらくバイデンの問いに対する答えとなるだろう。
そんな俺の気持ちを察したかのように、バイデンは軽く嘆息してから言った。
「オレ達は――アクアリーブル軍に買われた兵器だ――」
彼が一瞬何を言っているのかわからなかった。
買われた? 兵器? どういうことだ。
けれどその混乱を嘲笑うかのようにバイデンは続ける。
「軍の奴らはオレ達のことを軍規を犯した者、軍にとって邪魔な者、異端児・問題児が集められていると思ってるみたいだが、それは大きな間違いだ。オレ達は軍人でもなければ、そもそも人ですらない。これがどういう意味かわかるか?」
「……まさか」
その言葉に俺は思わず息を飲んだ。
「そう。そのまさかさ。――人身売買――。オレ達は遠方の国に売られてここアクアリーブルに来たんだ。戦場でただ使い捨てられるだけの兵器としてな」
そのあまりにも衝撃的な事実に俺は言葉を失った。
「優等生には少し刺激が強すぎたか? でもこれがアクアリーブルの現実だよ。たとえオレ達が死のうが買ってきた家畜が一匹死んだ。奴らにとってはその程度の認識なんだよ」
バイデンはすっかり酔いも冷めたのか、赤みの引いた顔をこちらに向け、吐き捨てるように言った。
人身売買は王国法で固く禁じられている。
それに俺がアクアリーブルに着任してからというもの、軍書庫等に現存する資料という資料は、ほぼ全てと言っていいぐらいに目を通していた。
でも、人身売買の痕跡なんて……残っていなかったはずだ。
ということは……。
「……奴らというのは」
「そう。中央を含めた王国軍全部だ。これは決して地方に限った話じゃない」
確かに中央の王国軍が主導しているなら隠し通せない話ではないと思う。
俺は
――王国軍はどこまで腐ってるんだ。
俺はそのあまりにも非人道的で自身の倫理観を破壊するほどの衝撃に、そして、きっと気付けるキッカケはいくらでもあったのに「そんなことはあり得ない」という先入観から思考を放棄していた自身のおめでたさに眩暈すら覚えた。
そんな俺を静かに見つめていたファイエルが口を開く。
「最初は貴方がゴップの息のかかった士官だと思いました。私達のお目付け役として今回指揮官として派遣されてきたのだと。でも、どうやら貴方は今までのお目付け役とは毛色が違ったようです。聡明な貴方なら既にお気付きでしょう。自分がなぜ
「……
「そのとおりです。ゴップは次の戦場で貴方もろとも私達を始末するつもりでしょう。兵器は定期的に交換させられるものです。あまりにも長くいる兵器は実力をつけ、知恵をつけ、謀反の灯となりますからね。どうやら私達は長く生き過ぎたようです」
呼吸もままならなくなるほどの怒りの中、俺はどうにか言葉を繋ぐ。
「……どうして」
「……?」
「……どうして君達は逃げようと思わないんだ。君達の実力なら逃げ出すこともできたんじゃないのか」
俺は真剣な目を二人を見た。
それに対して、バイデンは遠い記憶に思いを馳せるように目を細める。
「逃げるか……。確かにそう考えたこともあったし、実際に逃げたやつもいたよ。でもみんな殺された。残ったやつらも何人か。連帯責任ってやつだ」
「……それも軍の指示か?」
「決まってるだろ。ゴップとアリの指示だ」
「腐り切っているっ!」
眩暈がした。
人身売買だけでなく無理矢理戦地に送り込み、逃げ出そうとしたら迫害する。
とても人間の所業とは思えなかった。
今までゴップやアリのことをいけ好かない上官とは思っていたが、ここまで怒りに震えることはなかった。
思いっきり噛みしめた唇は微かに鉄の味がした。
俺の声にファイエルとバイデンは驚きの表情を見せ、本に目を落としていたエインリキさえも視線をこちらに移していた。
そんな視線が集まる中、俺は静かに口を開いた。
「君達は逃げてくれ。ここは俺がどうにかする」
俺は怒りで鈍る思考の中、考えた。
俺の信念の最も核となる部分は『腐り切った王国軍を解体すること』。
そして、今、王国軍の腐り切った所業を目の当たりにしている。
俺は本来大きな利益のためなら、小さな利益は切り捨てるべきだと考えている。
つまりこの場合、大きな利益は王国軍の解体であり、小さな利益は目の前の
小さな利益を求めれば、今回の先駈けとしての責を問われ、出世はまた遠ざかることになる。
……それでも俺は。
「逃げないよ」
――その時だった。
突如、扉が開き、聞き覚えのある声音が部屋中に響きわたったのは。
その声に釣られるように、部屋にいた全員が扉の方に視線を向ける。
「……な、何で君がここに」
俺は思わずそう口にした。
驚きの表情を浮かべる俺の前に立っていたのは、赤髪の少女――クレア・スカーレット――だった。
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