§018 雑草部隊
俺はゴップから譲り受けるであろう部隊を予測していた。
部隊名――
事前に調べた情報によると、構成員は数名程度。
少人数で構成された部隊ではあるが、皆、腕は確かで、ひとたび戦争に出ると死体の山を築き上げる精鋭部隊とのことだ。
ではなぜそんな精鋭部隊をゴップが俺に与える判断をしたかというと……
軍規を犯した者、軍にとって邪魔な者などの最終到着点。
アクアリーブル軍の中には
本来であればとっくに軍を追放されていて然るべき者達なのだが、どうやら
ここまでが俺の知りえる情報だったが、ゴップは作戦会議の場で「今は指揮を採れる者がいない」と言った。
そうなると何かしらの事情で指揮官が不在という状況になるが……。
そんなことを考えつつ、
アクアリーブル軍の中では『秘密基地』と呼称される場所とのことだが、そこは確かにその呼び名におあつらえ向きな森の奥地にあった。
石作りの廃墟。
所々崩れ落ちた外壁。
元々白色だったのだろうが、風雨にさらされてすっかりくすんでしまった屋根。
俺の兵舎とほど近い場所にあることもあり、同じ歴史を辿ったのであろうことが容易に想像できる。
建物は全部で三棟あるが、おそらく使っているのはそのうちの一棟のみ。
というのも一番手前の一棟の周りだけは、他と比べれば小ぎれいで生活感があった。
俺はその棟に足を向けると、扉を軽くノックした後、入室した。
外観から複数の部屋がある集合住宅のような構造を想像していたが、そこはかつてあった全ての壁をぶち抜いたかのような広々とした空間になっていた。
部屋にいたのは総勢三名。
全員男で、年齢はかなり若い。
おそらく十五歳~二〇歳の間くらいだろう。
本を読んでいる者。絵を描いている者。酒を飲んでいる者。
規則性が全くないように見えて、各々が各々で好きなことをしているという規則性がある。
その光景は不格好に見えて、ある種、興味を惹かれるものだった。
そして、突然扉を開けた俺に、当然のことながら視線が集まる。
「誰? あんた」
一番手前の椅子で膝を丸めて本を読んでいた茶髪の少年がまず口を開いた。
「ああ、いきなりすまない。俺はアクアリーブル軍で軍事参謀をしているリヒト大尉だ。君達が――
何の気無しに言った言葉だった。
けれど、俺の言葉にピクリと眉を動かした茶髪の少年は、冷え切った視線で俺を一瞥した後、まるで跳躍するかのように勢いよく椅子から飛び降りた。
その突然の挙動にも驚いたが、最も驚かされたのは、茶髪の少年の着地の瞬間に全く音がしなかったことだ。
そう。それはまるで猫のようだと思った。
しかし、そんな悠長なことを考えている暇はなかった。
茶髪の少年は只ならぬ雰囲気を纏ってこちらに迫ってきたのだ。
静謐なる殺意。
彼からはそれがひしひしと伝わってきた。
何が彼の癇に障ったのか即座にはわからなかった。
けれど、音も無くこちらに向かって歩を進めるその姿は、暗殺者の纏う雰囲気そのものだった。
俺が自衛のため身体に魔力を纏おうとした瞬間――
「やめとけ」
――横からの声に、茶髪の少年は動きを止めた。
俺と少年が声の先を同時に見ると、そこには先ほどまでキャンバスに向かって絵を描いていた青髪の少年が腰に手を当てて立っていた。
「何で止めるんだよ、ファイエル。だってこいつは俺達のことを『
「彼は私達のことを知らないだけです。別に悪気があったわけじゃない。エインリキ、君も『リヒト大尉』って名は聞いたことがでしょう?」
そう言って茶髪の少年を制すと、青髪の少年はこちらに視線を向ける。
「彼が最近噂になっている中央から来た軍事参謀ですよ」
ファイエルと呼ばれた少年。
歳は俺と同じくらいだろうか。三人の中では一番大人びて見える。
軍人らしからぬ細見の体躯に、爽やかさすら感じさせる蒼天を映し込んだような綺麗な青髪。
知的な印象を与える眼鏡の奥では、髪色よりやや暗い濃蒼の瞳が静黙と輝いている。
全てを見透かすような透き通った瞳のせいか、凪の湖面を想起させる静謐な声音のせいかはわからないが、彼が非常に思慮深く、寡黙で沈着な性情の持ち主であることは容易に想像できた。
おそらくは彼が
そう思わせて疑わないほどに、突然の来訪者である俺に向く彼の視線は、落ち着きに満ち溢れていたのだ。
「貴方がこの部隊の責任者か?」
俺の問いに対して、ほんの少しだけ驚きの表情を見せた青髪の少年だったが、静かに瞑目して首を振るう。
「いいえ。私は責任者ではありませんよ。申し遅れました。私はここで部隊長・代理をしているファイエルです。先ほどはうちの隊員が申し訳ございませんでした」
ファイエルと名乗る少年は丁寧な謝罪を述べる。
アクアリーブルに着任して以降、俺に対してこんなにも丁寧な言葉を遣う者は皆無だった。
ましてやここは問題児が集うと噂される
俺は目の前の現実と前評判とのイメージの乖離に若干の躊躇いを覚えたが、それはひとまず置いておくとして、俺には一つ猛省しなければならない点があった。
俺はこのやり取りで大きな失態を犯していたのだ。
そう。『
「謝るのはこちらの方だ。どうやら配慮に欠けていた部分があったようだ」
「ほぉ。やはり貴方は評判どおり機知に富んだ方のようだ」
ファイネルは俺の切り返しに驚きの声を漏らした後、薄く笑いながらエインリキに目を向ける。
「まあ、気にしないでください。我々が
「いや、意味を考えれば気付けたことだ。本当に申し訳ない。改めて。今回、君達を指揮することになったリヒト・クラヴェル大尉だ」
俺は改めて自己紹介をすると、この場を訪れた経緯などを説明し始めたのであった。
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