§017 予想外の提案

「もういい!」


 ゴップの怒声に作戦室は、本日何度目かの静寂に包まれる。

 ゴップは俺に冷たい視線を向けると、先ほどとは対照的な重く低い声を出す。


「リヒト大尉。私は君に『作戦を指揮する権限は無い』と言ったはずだ。それなのに少々言葉が過ぎるぞ。この場の軍事参謀はアリ少佐だ。自重したまえ」


「……しかし」


「しかし? 上官に対する口の聞き方も習わなかったのか? それに君の言ってるのは完全な妄想だ。全て推測の域を出ないもので根拠に乏しい。襲撃されている理由? 別の意図がある? そんなことどうでもいいではないか。ゴザが襲撃された。その事実が重要なのだ。そうやって理屈ばかりこねくり回して現実が見えていない。本当に中央の参謀っていうのはいつもこうだ……」


 そこまで言うとゴップはごほんと咳払いをした上で、慇懃に言う。


「君の意見は採用しない。今回はアリ少佐の立案どおり、第一、第二、第三連隊をもってゴザに滞在するガイアス帝国軍を鎮圧する。これよりこれを『ゴザ奪還作戦』と命名する。出立は明朝。いいか? これは司令官命令だ」


 軍は階級社会。

 上官の命令は絶対だ。

 ゴップに『命令』と言われてしまった以上、俺がこれに逆らう術は無い。


 しかし……このままではたくさんの兵が死ぬかもしれない。

 それを未然に防ぐことができるのに……どうすることもできないのか……。


 俺は今更になって自分の無力さを知る。

 同時に、中央第一騎士団にいた頃はいかにアリシアが俺を尊重してくれていたかを痛感する。


 そして、苦肉の策ではあるが、一つの考えを思い付いた。


「わかりました。ご命令に従います。ただ……俺もゴザ遠征に同行させてください」


「あ?」


 突如紡がれた提案に、ゴップは顔を顰める。


「君はどの連隊にも属していないだろ。同行を認めることはできない。そもそもお前みたいな余所者が我々アクアリーブル軍に混ざったら統率の妨げになる」


 ゴップは嫌味を隠すこともなく言う。

 それに俺は反論する。


「以前のでの条件を覚えておられますか? 俺が勝ったら――『一個小隊』の指揮権をもらうというものです。その条件を今行使させていただきます」


 軍略棋という言葉に罰の悪そうな表情を浮かべるゴップ。

 ゴップも自分が負けた手前、反論がしにくいのだろう。

 しかし、直後、ゴップの傍らにいたアリが何やらゴップに耳打ちした。


 明らかに悪だくみの表情を浮かべたアリ。

 それを聞いたゴップの表情は段々と陰惨なものへと変わっていく。


 アリの耳打ちが終わると、ゴップはこちらに視線を向け、気持ち悪いほどの笑みを湛えながら言った。


「わかった。今、条件を履行しようじゃないか。君にの指揮権を譲渡する。その部隊名は――雑草部隊エルバ――だ」


「……雑草部隊エルバですか?」


 俺はその部隊名に思い当たるところがあった。


「ああ。戦闘経験の豊富な少数精鋭部隊なのだが、今は指揮を採れる者がいなくて、言わば野放し状態になっているんだ。君にはこの部隊を指揮してもらい、ゴザ奪還作戦の先駈けを務めてもらいたい」


 先駈けとは、先陣を切って敵陣営に切り込む部隊のことだ。


 雑草部隊エルバという部隊を割り当てられることはある程度想定していたが、先駈けという大任を任されることまでは想定していなかったことから、さすがに驚きを隠せなかった。


 ゴップとアリの表情を見る限り、これには裏があるのは確実。

 けれど文句を言える立場にないのも事実。

 先駈けだろうと何であろうと、こちらの要望どおり同行を許可してもらえるなら後はどうとでもなる。


「承知しました。雑草部隊エルバを指揮し、先駈けとして討って出る命、お受けいたします」


「ああ、リヒト大尉。必ず期待に応えてみせよ」


 それから出立の確認などが行われた後、ほどなくして作戦会議は終了した。


「それではお先に失礼します」


 俺はまだ――雑草部隊エルバ――という部隊に会ってすらいない。

 これから作戦の伝達、装備等の準備、可能であれば練度の確認も行いたい。

 そう考えると時間が足りなかった。


 俺は幹部達に敬礼すると、その場を足早に後にする。


 そんな背中を見送ったゴップは舌なめずりをしながら傍らのアリに向かって呟く。


「あいつ、死んだな」


「ええ、それはもう確実かと」


 ゴップの言葉を受けて、アリが揉み手をする。


「それにしてもさすがはアリ少佐だ。よくあのを利用する方法なんて思い付いたものだ」


「お褒めに与かり光栄です。私もまだまだ中央の小僧には負けませんよ。これで中央の小僧と目の上のたんこぶだった雑草部隊エルバの残党を一気に処分できるわけですから」


「ああ、特にクレアとかいう赤髪の女。あいつは事あるごとに私に突っかかってきやがって、どんな地獄を見せてやろうかと思案していたところだ。それがこんな合法的に処分できる機会が回ってくるとは願ったり叶ったりだ」


「司令官も人が悪い。まあ、あの部隊の指揮官だったリーゼ・メロディア中佐が亡き今、彼女はきっと一合も剣を交えることなく死ぬでしょうな」


 そう言ってアリはおきょきょきょと声を出して笑う。


「ああ、無論だな。なんてったって彼女は――東方の忌み子――。生まれ持ってのなんだから」


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