§016 作戦会議②
「この襲撃には裏があります」
「……あ?」
突然の発言にしんと静まり返る作戦室内。
しかし、俺はそのまま続ける。
「ゴザは静かな田舎の村落です。そんなゴザにガイアス帝国軍がわざわざ攻め入る理由がありません」
一度は静まり返った作戦室だったが、すぐさまアリが敵意を宿した視線をこちらに向ける。
「理由? そんなの侵攻の拠点とするために決まっているじゃないか」
「それはおそらくないでしょう。ゴザは山と湖に囲まれているため交通網も制限されていますし、ガイアス帝国軍の国境と近いわけではありません。侵攻を行う場合は国境から面を意識しながら進むのが定石です。急激に内部に侵攻しても周りを囲まれて鎮圧されるのが目に見えているからです」
「……では金銭や資源が目当てなのではないか。確かゴザは『レアシウム』という珍しい金属の産地だったはずだ。その資源を狙った襲撃かもしれない」
そう言ってわずかに語気を強めるアリ。
「それも考えづらいです。ゴザの統計資料を見ると、レアシウムはもう何年も前に取りつくされ、鉱山も廃坑となっています。そのため、ガイアス帝国軍には別の意図があると考えるのが自然です」
アリが俺をこの場に呼び出したのは、おそらく俺に自分の立場を理解させるためだろう。
お前が軍事参謀の役割を担うことはないと見せつけるのが狙いだったのだろうが、逆に俺に全ての言い分を看破されたアリは不快感を露わにすると、更に語気を強める。
「じゃあ君の言う『別の意図』というのを聞こうじゃないか。まさか我々をおびき出そうとしてる、とか突拍子もないことを言うわけではないよな?」
「そのまさかです」
「は?」
俺の言葉に作戦室は騒然となる。
「ガイアス帝国軍の狙いはアクアリーブル軍の間引き、殲滅です。おそらくは来たるアクアリーブル侵攻のために」
その瞬間、どっと作戦室は笑い声に包まれた。
笑い声を上げたのはアリはもちろんのこと、先ほどまで訝しんだ表情で俺を見ていた各部隊の士官達もだ。
「アクアリーブルが侵攻される? アクアリーブル軍の殲滅が目的? 何を絵空事を言っているんだ。アクアリーブルは鉄壁の要塞都市。侵攻されることなど万に一つもないんだよ」
既に聞き慣れたこのセリフ。
でも、彼らはこの言葉を信じて疑っていないのだ。
だから、短慮にも条件反射のように、何かがあれば「アクアリーブルは鉄壁」だと言い張る。
しかし、これはもはや思考停止に他ならない。
この作戦会議だってそうだ。
先ほどのアリからの指示。
これも極端な言い方をすれば「敵が攻めてきた」、「ちょっと兵を出して鎮圧してきてくれ」、ただこれだけの内容だ。
アクアリーブルではこれを作戦会議と言っているのだ。
他の地域への兵の派遣が中心となっているアクアリーブルでは、軍略というものは廃れ、単純に兵数で押すだけの戦争が当たり前になっている。
それが常態化していることを目の当たりにして、俺は更に危機感を強めていた。
「残念ながら現実です。貴方たちのようにアクアリーブルが長い者にとっては絵空事に感じるかもしれませんが、中央から来て客観的に物事を見てきた俺からすれば、もはや確定的未来です」
近いうちにアクアリーブルが侵攻される。
それはここ数日の調べで最早確信に近い域に達していた。
アクアリーブルでの俺への待遇は最低だ。
アクアリーブルのために身を粉にして働く必要はないのかもしれない。
それでも……と思う。
俺には――軍を変える――という強い信念がある。
アクアリーブルが制圧された場合、西端の勢力図は一瞬にして真っ赤に染まるだろう。
そうした場合、王都への侵攻が勢いを増す。
王都にはアリシアがいるため、そう簡単に陥落するとは思えないが、万が一のこともある。
そうなってしまったら、もはや軍を変えるどころの騒ぎではない。
そのためにも俺はアクアリーブルを絶対に死守しなければならないのだ。
これはその第一歩。
「今回のゴザ急襲はそのアクアリーブル侵攻の前哨戦と言えるでしょう」
俺の威圧感を纏った一言に場の雰囲気は一変。
いままで笑い転げていた士官達の表情も強張り、アリは怒りからか口の端をひくひくさせている。
「そこまで言うからには何か根拠があるんだろうな? 我々がガイアスのやつらに踊らされているという根拠が」
「まずその救援要請が疑わしいです」
「なに?」
「ゴザにはそもそも領軍はほとんど駐屯していません。仮に報告どおり敵が五〇〇名の部隊だとしても村を制圧するのに一時間もかからないでしょう。それにもかかわらず救援要請が来たのが襲撃から二日後とのことです。報告をしてきた領兵が無線のある場所へ到達するまでの時間を差し引いたとしても、いささか時間がかかりすぎではありませんか?」
「……つまり…………何が言いたい?」
「その救援要請で報告された情報そのものが正確でない可能性を考慮すべきです。敵軍が領兵を買収してアクアリーブルに無線をさせたことも十分に考えられます。そうすると、そもそも敵軍兵力が五〇〇というのも疑わしいです。少なくともその倍の数がいる前提で動くべきでしょう」
「…………」
「それに侵攻拠点としてゴザが不向きなのは先に説明したとおりです。それにもかかわらず、ガイアス帝国軍は制圧から二日以上経過した現在においてもゴザに滞在している。これは理にかなった行動とは思えません」
「…………」
「これらから導かれることは、ガイアス帝国軍はアクアリーブル軍を誘い出しているということです。もし、この前提を取るならば、ガイアス帝国軍がゴザを襲撃場所として選んだことも納得がいきます」
「というと?」
「『伏兵』です」
「伏兵?」
「あらかじめ兵を隠しておいて、敵軍が近付いてきたタイミングを見計らって奇襲をかける戦術のことです。ゴザに続く街道は山と湖に囲まれた
「…………」
「それに加えて……」
「もういい!」
俺が更に言葉を続けようとしたその時。
怒声にも似た声が作戦室に響き渡った。
それはいままで沈黙を守っていた司令官、ゴップによるものだった。
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