§015 作戦会議①

 俺が到着した時には、司令官を始め、アクアリーブル軍幹部の約一〇名が、既に作戦室に詰めている状態だった。


 参加しているのは、司令官、副司令官、各部隊長の地位にある士官、そして司令官補佐・軍事参謀であるリヒトであった。

 殺風景な作戦室の中央には大きな地形図が拡げられ、その上には敵陣を示す駒が置かれている。


「リヒト大尉です。参加が遅れまして申し訳ございません」


 俺は敬礼の上、作戦会議へと参加をする。


 地形図を取り囲むように立っていたアクアリーブル幹部は一斉にこちらに視線を向けるが、特に言葉を発することはなかった。

 ただ、言葉には出さないまでも、彼らの目は「中央の小僧が何しに来た」と言いたげなものだった。


 うわ、居心地悪っ!と思うが、致し方ない。


 ゴップが司令官をしている以上、幹部もゴップの息がかかっている奴らばかり。

 俺も自分がすんなりと受け入れられるとは微塵も思ってもいなかった。


 そんな厳しい視線にさらされる中、その中でも一際厳しい視線を俺に向けている人物がいた。


 それは俺を招集した張本人。

 アクアリーブル副司令官のアリ・ベナート少佐だ。


 司令官の隣に立つアリは、ゴップとは対照的な見た目。

 初老で細見。目は鋭く、顎は神経質そうに鋭利に尖っている。

 ゴップを豚に例えるなら、アリは河童と言ったところだ。

 武勲ではなく、文官としての才で出世をしてきたタイプの人間だろう。


 事実、辞令上は、アクアリーブルの軍事参謀は俺だ。

 そのため、本来であればこのような作戦会議を取り仕切るのは俺の役割なのだが、今はその役割をどうやらこのアリが担っているようだ。


 確かにゴップはお世辞にも軍略に長けているとは言えないし、適任と言えば適任なのかもしれない。


 アリも例に漏れず俺のことを快くは思っていない人物の一人だ。

 最初に挨拶に伺った時からその態度は一貫して「無視」。

 他の士官はどちらかといえばゴップの意思を忖度して、俺とは極力かかわらないようにしているといった感じだが、アリは個人的な感情から俺に敵対心を抱いているように見えた。


 そうこうしているうちに、刺すような視線を収めたアリが口を開いた。


「本作戦のを任されておりますアリです。本日はお忙しいところご足労いただき感謝いたします。それでは早速ですが、戦況の説明をさせていただきます」


 そうしてアリは改めて幹部たちを見まわし、戦況の説明に入る。


 概略、二日前、アクアリーブルの自治権内に属するゴザという村落がガイアス帝国軍の急襲を受けたという話だ。

 村は完全に制圧。

 どうにか逃げおおせた駐屯領兵からアクアリーブルへ救援要請が入ったとのことだ。


「領兵の報告によると敵は騎兵を中心とした部隊で、兵数は五〇〇程度。現在でもゴザに居座っているとのことです。それに対抗すべく、我がアクアリーブル軍は二〇〇〇の兵。すなわち、第一、第二、第三連隊の三連隊をもって至急駐屯するガイアス帝国軍を殲滅するものとします」


 この指示に各部隊長の地位にある士官達は余裕の笑みを浮かべる。


「なんだ、相手はたったの五〇〇ですか。それなら三日とかからず鎮圧できるでしょう」

「アクアリーブルを敵に回すとはガイアス帝国も短慮ですね。我々の力を見せてやりましょう」

「出立はいつのご予定で? 我が隊はいつでも出立可能です」


「こういう案件は早さがものを言う。どうせ相手の兵数は我らの半分だ。準備はほどほどに明朝の出立としましょう」


 それに対して、各士官が同時に頷く。


 アクアリーブルの村落が襲撃を受けている以上、救援に反対する理由はない。

 出立が早い方がいいという意見も概ね賛成だ。


 けれど、俺にはどうしても腑に落ちない点があった。


 俺はこの数日、軍書庫に通いつめ、アクアリーブルのことはもちろん、アクアリーブルの自治権内に属する街、村落などの必要な情報は全て頭に叩き込んでいた。


 だからこそ、が襲撃を受けたことに違和感を覚えた。


 ガイアス帝国軍がゴザに攻め入る理由がないのだ。


 ゴザは周りを山と湖に囲まれた静かな村落。

 資料を見る限り、物流もそれほど多くなく、基本的に自給自足。

 特に交通の要所というわけでもないし、ガイアス帝国との国境と近接しているわけでもない。


 そんな攻め落としたところで何の実益もないゴザをわざわざ攻める実益があるだろうか……?


 しかし、意味の無いことは絶対にしないのが軍略の基本。

 ガイアス帝国軍が攻め入るという判断をしたということは、何かしらの意図が絶対にあるはずだ。


 俺は顎に手を当て、しばし黙考する。


 ゴザ、山、湖、騎兵、領兵からの救援要請……そして、俺はある考えに思い至った。


 四面楚歌の作戦室において、俺は口を開くことを決心する。


「この襲撃には裏があります」


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