§006 訓練仕合
「じゃあ待ったなしの一本勝負でいいわね?」
既にやる気満々の彼女は自信に満ち溢れた表情を湛え、
「構わないよ。ルールは君に任せる」
「ふぅーん、随分と余裕なのね。ちなみに、あたしは【魔力】は使わないわ。でもあんたは別に使っても構わないわよ」
「君が使わないなら俺も使わないよ」
「おっけ! じゃあ純粋な剣術での勝負にしましょう!」
「そうだな。でも、さすがに真剣の使用は控えようか」
「えーこの剣じゃないとやる気出ないんだけど」
そう言って愛犬を可愛がるように白銀色に輝く
「まあ、確かにいきなりあんたの首が飛んじゃったんじゃあたしの寝付きも悪いわね。いいわ、真剣は無しの方向でいきましょう!」
そう言ってすぐさま鞄から訓練用の剣を準備する彼女。
もしこの提案をしなければ真剣でやるつもりだったのかと俺は苦笑いを浮かべつつも、彼女から投げ渡された
鋼製の
鋭い切っ先と真っすぐな剣身を持ち、盾との併用が可能な片手剣だ。
両手剣と異なり、騎乗時にも扱えることから近年では多くの騎士がこの
渡された剣の全長は一一○センチ程度。
俺が普段帯刀している剣も大体一○○センチ超の片手剣なので、彼女は気を利かせて形状の似ているものを選んでくれたのかもしれない。
対する彼女の剣は
細身で先端の鋭く尖った刺突用の片手剣だ。
剣の全長は七○センチ程度と剣にしては短め。
少女が帯刀していた
態度が大きいが、細見で女性らしい体付きの彼女。
剣もやはり女性らしく軽めで刀身が短いものを好むようだ。
「準備はいいかしら? じゃああたしがコイン投げるから地面に落ちた瞬間から勝負開始ね」
「承知」
「……それじゃあ」
舌なめずりをするような表情を浮かべた彼女が勢いよく指を弾く。
すると、ピンッという小気味いい音を立てて、コインが宙に投げ出された。
その音に合わせ、俺は剣を中段、右足を前に出した右諸手中段の構えを取る。
対する彼女は、切っ先をこちらへ真っすぐに向けた変則的な構え。
やはり俺が学んだ剣術にはない構えだ。
盛大に投げ出されたコインは弧を描きながら……地面に落ちる。
それをしかと見届けようと目を細めた瞬間、背筋に凄まじいほどの寒気が襲った。
――刹那、彼女の姿が視界から消えた。
「――――ッ!?」
彼女の行方を求めて視線を動かした瞬間には、既に首元に彼女の剣が迫っていた。
不意をつかれた俺は反射的に首を後ろに反らす。
すると、紙一重のところを疾風の刃が通過していった。
しかし、俺の回避を見定めた彼女は間髪入れずに、更なる追撃を繰り出す。
「――――くっ!」
俺は既に剣で防ぎきれる間合いでないことを悟り、首を逸らした予備動作を利用してそのまま後方転回。
どうにか彼女から距離を取って、剣の間合いから外れた。
「……ふぅ。間一髪だな」
「へぇ、初見であたしの剣を躱せるなんて案外やるじゃない。さすがは中央から来たってだけはあるわね」
そこには余裕の表情を浮かべた彼女の姿があった。
「こんなに一瞬で距離を詰められるなんて思わなかったよ」
「速さこそ最大の武器だからね! 次は確実にあなたの首を跳ね飛ばしてあげるわ!」
そう言って剣を自分の肩に乗せ、口の端を緩める彼女。
確かに彼女は速い。
仮に戦場で初見の相手として彼女に出会っていたら俺の首は飛んでいたかもしれない。
けれど。
「君の刃はもう俺には届かないよ」
「口だけは一丁前ね。ただ……その自信もいつまで続くかしら……ねっ!」
そう言い終わるか終わらないかのうちに、少女は大きく踏み込み疾風の如く駆け出す。
先ほどと同様、ふっと消えると形容したくなるほどの圧倒的速度。
しかし、一合目とは異なり、俺の目は確と彼女の姿を捉えていた。
そして、今度は俺も前に出る。
(ガキン!)
「――――ッ!」
刹那、鈍い金属音を響かせ、両者の剣が激しく衝突した。
火花を散らす二本の剣。
「へぇ! 今度はちゃんと受けれたじゃない!」
剣戟を止められた瞬間にわずかに目を見開いた彼女だったがまだまだ余裕を残している。
すぐさま剣を振りかぶり更なる斬撃を繰り出す少女。
しかし、彼女の刃はもう俺には届かない。
俺は他の者を圧倒的に凌駕する強力な武器を持っているのだ。
「左足を支点とした蹴り足で右足首を前方に水平移動させ、倒れ込むように打突することによる加速」
「は?」
俺の力――それは『状況分析能力』。
その場の状況を見定め、最適解を導く能力。
俺はこの『状況分析能力』と『精緻な魔力操作』のみで中央第一騎士団長補佐・軍事参謀の地位まで駆け上がったのだ。
「君の戦い方は一合目でよくわかったよ。小柄な体型と圧倒的な速さを利用したヒットアンドアウェイ。君の剣が最も力を発揮するのは、一定程度離れた距離から左足を蹴り脚として倒れ込むように打突したときだ。つまり、蹴り脚を注視していれば踏み込みの瞬間がわかるということだ」
「……だから何? 別に踏み込みの瞬間がバレたって剣戟で押し勝てばいいだけ!」
少女は歯を食いしばり、剣に力一杯の圧を加えながら、俺のことを睨みつける。
「物理法則」
「は? さっきから何」
「力というのはね。速度に正比例するんだ」
「はぁ? 言ってることがさっぱりなんですけど?」
「つまり、こうやって鍔迫り合ってしまえば君の速度は完全に死ぬ。そして速度を失った君の剣では今まで以上の力は発揮できないんだ。こんな風にね」
そう言って俺は体重を目一杯かけると、ギリギリと力で押し込みクレアを後退させる。
「魔力を纏わずにあの速度が出せるのはさすがだ。剣術も申し分ない。でも、純粋な『腕力』では男の俺には勝てないよ」
「――くっ!」
じりじりと押し込まれた少女は体勢を崩しかけるが、それをどうにか剣を受け流すと、後ろに跳んで追撃を躱す。
完全に攻守逆転かと思われたが、少女の目は死んでいなかった。
むしろ闘志を滾らせ、続いて回避するのではなく、新たな攻撃を繰り出すべく、再度踏み込む。
「てぇやっ!」
気合いの雄叫びとともに、繰り出される斬撃。
――入った。
そう思って疑わないほどに綺麗な弧を描いた剣閃。
しかし、俺にはその剣筋がはっきりと見えていた。
少女の剣は俺の眼前一○センチのところで空を切る。
それを好機に今度は俺が強烈な横薙ぎを放つ。
「――――ッ!」
少女は咄嗟の判断で、無理矢理身をよじっての緊急回避。
剣を振り抜いた反動を利用したためそのまま横へ。
地面を転がるように逃れる。
「……どうして。絶対入ったと思ったのに」
土埃にまみれ立膝とついた少女は悔しさを滲ませながら、ポツリと呟く。
「もし君がそっちの剣を使ってたら、俺の首は飛んでたかもな」
「……え?」
俺が指差す先には彼女の普段使いの
少女はその言葉の意味が理解できずに茫然と彼を見つめる。
「今、君が使っている
「…………」
「俺はその普段との感覚の差を利用して君の剣を避けたのさ。これは剣術が身体に染み付いてしまっている君相手だからこそできた対策だよ。呼吸をするように剣を振るえる君でなければこんな無茶なことはしなかっただろうね」
その言葉に赤髪の少女は目を見開く。
いいように翻弄されたのが相当ショックだったのか、唖然とした表情を浮かべる彼女。
その表情を見て、少しやりすぎてしまったかと、若干の後悔の念を抱きかけた直後、
「……中央の人はみんなそんなに強いの?」
少女が唐突に口にする。
その突如紡がれた言葉の意味を、今度は俺が理解できなかった。
呆けた表情で彼女を見つめる俺に彼女は再度言う。
「……だ!か!ら! 中央の人はみんなあんたぐらい強いのかって聞いてるの?!」
大声を張り上げるように叫ぶ赤髪の少女に俺はしばし逡巡する。
「いや……どうかな。みんなかどうかわからないけど、俺でも遠く及ばない人もいるよ」
そう言って俺はアリシアの顔を思い浮かべる。
「……そっか。実はあたしね……中央騎士団に入るのが夢だったの。ちょっといろいろあって挫けかけてたんだけどさ……あんたに勝てるようになれば中央騎士団にも入れるかな?」
「……多分」
「……そっか」
俺の言葉に満足そうに口の端を緩める彼女。
「じゃあさ……あたしの本気。受けてみてよ」
そう言って彼女は一度を
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