第7話 初遭遇みたいです

 玄関の戸の前に立つ。

 ここから先は今まで過ごしてきた日常じゃない。

 モンスターが蔓延る未知の世界が広がっているのだ。


「……ッ」


 普通のドアがやけに重く感じられた。

 ふっ、どうやら緊張して―――あ、普通に錆びついてただけだったわ。

 ガチャリ。開いた。


 外に出た。

 一歩目。

 大丈夫だ。

 『気配察知』と『敵意感知』、それに『隠密行動』が働いてるんだ。

 今は、周辺にモンスターはいない……筈だ。

 というか、この三つのスキル。

 部屋に籠った状態だと、その効果がいまいち分からないんだよな。

 外に出てから、初めて機能するスキルだ。

 このあたりはちょっと不安だな。



 先ずは左右を確認。

 見慣れたボロアパートの廊下だ。

 所々コンクリにひびが入り、軒天に備え付けられた蛍光灯には蜘蛛の巣が張っている。

 大丈夫だ。モンスターはいない。

 少なくとも、“この階”には。


「ふぅー……」


 握りしめた包丁が凄く頼りない。

 これしか武器になりそうなものが無かったとはいえ、見た目は完全に不審者のソレだ。

 息を吸い、手摺壁に身を隠しながら移動する。

 こうすれば外からは俺の姿は見えない。


 先ずはお隣さんの確認だな。

 俺のすぐ隣の部屋には新婚夫婦が住んでいる。

 といっても詳しい事は殆ど知らない。

 俺、基本隣人とのコミュニケーション取らないし。


 ただ壁が薄いから、よく夜の営みの声が漏れてた。

 次の日、お肌のつやつやした奥さんを見ると何とも言えない気分になった。

 あんなお淑やかそうな巨乳の美人さんが、夜はあんなに乱れて声を上げるなんてな。

 その日はこんにゃくの消費量が多くて……いや、今はよそう。

 悲しくなる。色んな意味で。


 コンコン。

 小さくドアをノック。

 ……反応はない。


 ドアノブを回す。

 ……開かない。留守か?

 それとも、もう逃げたのか?


 もしかして俺が二度寝してる間にとか?

 ありえるな。

 考えてみれば、世界がこうなってもう半日以上が経ってるんだ。

 みんな何かしら行動を起こしていても不思議じゃない。

 俺は寝てたけどね!


 もしかしたら、寝てる間に俺の安否の確認とかしてくれてたのかも。

 それで反応が無かったから、そのまま逃げたとか。

 うん、十分あり得るよね。

 というか、世界がこんな事になっていながら、がっちり六時間も二度寝した俺の方がおかしいのか。

 仕方ねーじゃん、疲れてたんだよ。

 わいは悪くないんや。全部社会が悪いんや。



 とりあえず他の部屋も確認してみるか。

 順番にノック、ドアノブを回していく。

 全部留守だった。

 開いてた部屋もあったが、中は乱雑にモノが引き出されたような状態になっていた。

 おそらく慌てて逃げたのだろう。

 四階でこの感じじゃ、下の階も同じかなー。

 一応調べてみるか。


 階段を下りる。

 渡り廊下を歩いている時にも思ったが、恐ろしい程に音が鳴らない。

 おそらくこれがスキル『忍び足』の効果なのだろう。

 移動が素早くても、音を立てない。

 便利やね。

 これでムーンウォークとか出来たら完璧じゃないか?何が?


 そう言えば、今の俺って他人から見ればどんな感じなんだろうか?

 すごく目立たない状態になってるとか?

 うーん、自分じゃ確認できないのがもどかしい。



 三階に着いた。

 渡り廊下には誰もいない。

 階段から近い部屋からノックする。

 反応がない。


 次の部屋、その次の部屋も反応が無かった。

 そして最後の端っこの部屋。


 ノックをする。

 反応はない。

 ドアノブを回す。

 開いた。


「お」


 ギィッと音を立ててドアが開く。

 

「……誰かいますかー?」


 なるべく小さな声で反応を窺う。

 ……反応がない。

 誰もいないのか?

 ゆっくりと中を覗く。


「…………ん?」


 誰か……居るな。

 気配を感じる。


 でも……なんだ?この頭に響く『嫌な感じ』は?


 これは……『敵意』?


 そこで俺は我に返る。

 

 次の瞬間だった。


「ギギィィィイイイイイイイイ!!」


 部屋の奥から何者かが声を上げて飛び出して来た!


「ッ!!」


 俺は反射的に包丁を前に振りかざした。

 キィィン!という音がした。

 刃物と刃物がぶつかり合う音。


 俺に襲い掛かった何者かが視界に入る。

 それは人ではなかった。


 緑色の肌をした小学生程の体躯。

 小汚い腰布だけを纏い、手には小さなナイフを持っている。

 ファンタジー世界では定番のモンスター。


「ゴブリン……か?」


 ……いや、もしかしたら正式な呼び名があるのかもしれない。

 けど、もう見た目が完全にゴブリンなのだ。

 なのでゴブリンで決定。


 ゴブリンはゆっくりと俺を見据える。

 体は俺よりもはるかに小さい。

 腕もガリガリで、全体的にひょろっとしている。

 なのに感じる威圧感は凄まじい。

 ゲームやアニメみたいな画面越しに登場する作り物なんかじゃない。

 本物だけが持つ臨場感。


 なるほど、これは怖いな……。

 『恐怖耐性』のおかげか、随分落ち着いてるけど、もしスキルが無ければちびってたかもしれない。足が震えて、逃げる事すら出来なかったかもな。


「ギギ……」


 ゴブリンは少し距離をとってこちらを睨みつける。

 初撃を防がれたことで警戒してるのか?


「ふっ、いいぜ……俄然ファンタジーっぽくなってきたじゃないか」


 俺も包丁を構える。

 そして、不敵な笑みを浮かべる。

 

「ギィ……!」


 ゴブリンは短剣を構え、何時でもかかってこいや!と言わんばかりの表情だ。

 ククク、燃えてきたぜ。


 そっちがその気なら――――――俺は逃げるぜ!



 くるりと身を翻し、俺はその場から逃走を図った。

 あばよ、ゴブリン!


「ギィッ!?」


 後ろから、「えっ!?ちょっ」みたいな感じのゴブリンの声が聞こえる。


 そしてゴブリンは慌てて俺の後を追って、玄関から出た。

 よしっ。


 その瞬間、俺は身を翻し、ゴブリンの真正面に立つ。

 再びの俺の謎行動に、ゴブリンは一瞬硬直する。

 その隙に、


「―――アイテムボックス・オープン」


 包丁を構えたまま、俺は『アイテムボックス』を使用する。

 取り出したのは『洗濯機』。

 あの無駄にデッカくて重い洗濯機を取り出したのだ。

 アイテムボックスから取り出すモノがデカすぎる場合、そのモノは俺の目の前に現れるように設定されている。

 そしてゴブリンは俺のすぐ目の前に居る。

 その結果どうなるか?


「グギャッ!?」


 ゴブリンは突然現れた洗濯機に押し潰された。

 この無駄にデカくて重い洗濯機、玄関や廊下とほぼ同じ横幅だからね。

 奥行きもあるから、後ろに下がるのも間に合わなかったのだろう。


「作戦成功」


 うん、いい感じに潰れたな。

 死んじゃいないけど。


「ギィ……ギィィィ……!」


 ちょうど上から押さえつけられるように洗濯機の下敷きになっている。

 碌に身動きもとれないようだ。


「収納」


 俺は洗濯機をアイテムボックスに収納する。


「ギ?ギィ……?」


 突然自分を押さえつけていた物が消えて、ゴブリンは驚いた表情を浮かべる。

 俺はにっこりと笑う。


「もーいっかい」


 ゴブリンが態勢を立て直す前に、再び洗濯機を取り出す。

 出来るだけ頭の位置を狙って―――どすん。


「グギャ」


 勿論ゴブリンは再び押しつぶされる。

 

「うーん、まだ生きてるか……」


 ぴくぴくと動くゴブリン。

 さっきよりも高めの位置で出したんだけどなー。少し足りなかったか。

 俺は洗濯機を収納し、再び取り出す。

 どすん。


「グ……ギャ……」


 その作業を繰り返す。

 収納、取り出す、どすん。

 収納、取り出す、どすん。収納、取り出す、どすん。

 収納、取り出す、どすん。収納、取り出す、どすん。収納、取り出す、どすん。


 何回繰り返しただろうか。

 ごちゅっと嫌な音が鳴る。

 ゴブリンは完全に動かなくなった。

 どうやら死んだらしい。

 その瞬間、ゴブリンの死体は消え、青色の小石が廊下に転がった。

 

≪経験値を獲得しました≫

≪経験値が一定に達しました≫

≪クドウ カズトのLVが1から2に上がりました≫


 頭の中に声が響く。

 どうやら、今のでLVが上がったようだ。


「ふぅー……」


 大きなため息をついて、俺はその場に座り込む。

 ああ、怖かった。

 いやー、なんとか勝てて良かった。


 背中から汗がどっと出てきた。怖かった。

 でも、アレだな。

 初めて自分で意識してモンスターを殺したが、やれば出来るもんだな。


 やっぱすげーなアイテムボックス。

 あ、結局包丁使ってねーや。



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