第7話 水曜日3

「あぁ覚えてるよ。あんたらと同じ制服来た女の子だよ」

「えっ? 私たちと同じ中学?」


 私とセリナは顔を見合わせた。セリナは顎に手を当て視線を上に向け考え事をしているようだった。

「スカーフの色は? 何色でしたか?」

 セリナが視線を店主に戻してそう訊ねた。

 店主はしばらく考え込んだあと、「エンジだったかなぁ……」そう呟いた。

 エンジのスカーフということは三年生だ。


「これ買います!」

 セリナさんは財布から百円を取り出しレジ横のトレイに置くと素早く本を鞄にしまった。

「何か外見とかで特徴ありませんでしたか?」

「髪の毛はおかっぱっていうか、肩くらいまでで短かったかなぁ。他は地味な印象だったから覚えてないな」

 私は三年生の生徒で知っている人はほとんどいない。そんな特徴を持ってる人はたくさんいる気がした。でもセリナは違ったようだった。

「だいぶ絞られるな」

 自信満々で、はったりを言っているようにも思えない。本当なのだろう。

「ありがとうございました!」

 私とセリナは店主に頭を下げた。店主は無言で手を顔の前でヒラヒラと振った。


 私たちは出入口のほうへと振り返った。振り返るとすぐに出入口が見える。そこに私たちと同じ制服を着た、髪が肩くらいまでのボブで、すらっとした女の子が立っていた。

 見たことがある顔だった。昼休みに図書室いるいつものメンバーのうちのひとり、図書委員の三年生の女子だった。

 彼女と目があった。手には何冊かの本がにぎられていた。

 私は会釈をした。少し戸惑ったように図書委員の彼女も会釈をした。私達は出入口に向かっていく。出入口で待っている図書委員と無言ですれ違う。

 私達は外へ出た。数歩行ったところで突然セリナが踵を返し、店の中に入っていく。

 そしてセリナは図書委員の腕を掴んだ。


「ちょっと待って! 持ってる本見せて!」

 図書委員は驚いた顔をして戸惑いながらセリナの顔を見ている。

 セリナが強引に図書委員から本を奪う。

 そしてページを素早く捲る。

「ビンゴ!」

 セリナがそう叫んで本の中から取り出した一枚の紙を、私に向かって手を伸ばして見せてきた。

「えっ……これ……」

 よく見るとセリナが手にしてるのは写真だった。よく見えなかったが女性が写ってるように見えた。


「ちょっとこれ何? 話聞かせてくれない?」

 セリナが図書委員に顔を近づけて詰め寄る。図書委員は落ち着きなく視線をあちこちに飛ばしている。

 レジにいる店主が緊迫している状況に似合わない、気の抜けた声で、

「あぁこの子だよ。さっき言ってた同じ本を何冊も売りにきたの」


 図書委員は本をセリナから奪い返すと走って店を出ていった。

 私達は追いかけたが、商店街の人だかりに紛れて図書委員の姿を見失ってしまった。


 それでも追いかけようとする私をセリナが引き止めた。

「いいよ。明日はっきりさせよう」

 セリナは何かを決意したかのような口調でそう言った。


 私達は再び自転車に乗って、古書店からセリナの家へと向かうことにした。

 セリナの肩に捕まりながら私は、昼休みに図書室の受付に一人きり佇んでいた図書委員の彼女の姿を思い起こしていた。

 大抵は彼女もずっと本を静かに読んでいたと思う。

 他人の視線を気にして、常におどおどとしている私と違って、彼女はどこか堂々として落ち着いた雰囲気を纏っていたように思う。それでいて繊細さもあるような。

 

 私は彼女に対してシンパシーを感じていた。彼女と私は似ていると。

 でもそれは、心のどこかで本当は仲間が欲しいという願望から来る、私の勝手な思い込みでしかない。

 彼女は何が好きで、何が嫌いで、何を大事にしているのか。私は知らない。彼女はどんな人なのか。実像なんて何も知らないのだ。

 なぜ彼女があんな事をしているのか。私は猛烈に知りたくなっていた。彼女の〈心〉を知りたい。

 

「図書委員の子、何が目的であんなことしてるんでしょうか……呪われた写真を本に挟んで売るなんて……」

「呪いを拡散するのが目的だと思うけど」

「呪いの拡散? 何の目的で?」

「さぁねぇ……。ただの趣味?」


 セリナは自分の言葉が可笑しかったのか、軽妙な声でケラケラと笑った。昨日もこんな場面があった気がする。どうやらセリナは自分の言ったことに自分で笑う癖があるようだ。

 私は今日も笑う気にはとてもなれなかった。


 五分ほど走った所で、住宅街から、立派な木が何本も並び立つ、緑豊かな場所へと自転車は走る場所を変えた。

 木々の葉が太陽の光を遮って、一帯が全て日陰になっている。

 街の喧騒から隔絶されたようにとても静かな場所だった。

 この街にこんな場所があったとは知らなかった。

 林の中を車が一台走れるくらいの道が真っ直ぐ通っている。アスファルトで舗装されておらず砂利道だが、綺麗に整っていて、自転車に乗っていても違和感がない。


「この林もセリナさんの家の敷地なんですか?」

「たぶんそうだよ」

 セリナの家の敷地は相当広そうだった。

  

「着いたよ」

 そう言ってセリナが自転車を止めた。私は荷台から降りてセリナの横に立つ。セリナが住んでいる家が目に飛び込んでくる。

「銀閣寺?」

 私は思わずそう口に出して呟いていた。銀閣寺と瓜二つの古風な木造の日本家屋だ。

「お祖母ちゃんの趣味でさぁ……」

 セリナは少し照れ臭そうにそう言って、私を銀閣寺の中へと招き入れた。



 

 

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