第4話 火曜日2

 

 私は呪われているという言葉を聞いた瞬間、昨日見た濡れた髪の女が頭に浮かんで鳥肌がたった。

 まさか、この写真があの女を私の所に呼び寄せているのか? そんな考えが咄嗟に頭に浮かんだ。

 しかし、この写真がそんなに恐ろしい物だとは一ミリも思えない。いたって普通の写真にしか見えない。どこをどう見ても特に変わった所はないじゃないか。

 写真が呪われているというならそれは、昨日の出来事、見てしまった物に対して腑に落ちる符号ではある。

 でも同時にセリナは適当な事を言ってるだけじゃないのか。という疑念は簡単に拭いされそうにはなかった。


「呪われてるって、なんでそんな事が分かるんですか?」

「私ユーチューバーデビューしようかと思っててね……」

 話を反らした。やっぱり疑わしい。私はからかわれているのだろうか?急になんだか馬鹿馬鹿しくなって、私は投げやりに「そうですか」と適当に相槌を打った。

「知ってる? ギャル霊媒師とか、ラスト陰陽師とか。ユーチューブで結構人気なんだよ。それで私もいけると思ったの」

 私は何を聞かされているのだろう。今すぐここから逃げ出したい。そんな私の気持ちなどお構い無しにセリナは話を続ける。

「私もピチピチ美人女子中学生霊能力者ユーチューバーとして結構人気出ちゃうかもね」

「霊能力者?」

「そう。つまり私が言いたかったのは、私には霊能力がある。だからこの写真が呪われてるかもしれないって事が分かったっていうこと」

 そう言いながらセリナは手に持っていた写真を私に差し出した。

 私はそれを受け取ると写真を素早く本に挟んだ。


「疑ってるでしょ? 私に霊能力があるってこと」

 セリナは口角を右側だけ上げ、目を細めて不敵な笑みを浮かべた。そんないかにもな、作りこんだわざとらしい表情も絵になってしまう。セリナにはそんな雰囲気があった。

「私の能力が本物だって証明してあげる。私あなたのこと霊視済みだから。これからあなたしか知らないあなたの秘密を発表してあげる」

 セリナは立ち上がり、テーブルを周回して私の隣にやって来た。そして私の耳元に顔を近づけた。息混じりの囁き声で私に耳打ちをした。


「あなたこの本。イン・ザ・ミソスープ。万引きしたでしょ。駅前通りの古本屋。先週の木曜日。午後五時」


 私は背筋が凍りついた。目の前が真っ暗になった。時間と曜日まで完全に当たっていたからだ。

 私は全身がフリーズしてしまった。冷や汗が出て、声も失った。


「犯罪者が多いなこの学校は……」セリナはぼそっと謎の台詞を口にしながら、私の耳元から顔を離した。そして普段通りの声量に戻して続けた。


「たまたまあなたが行為に及んだ所を見掛けて、わざわざ今日脅しにきたとかってわけじゃないよ。ちゃんと霊視したの。先週木曜日のその時間は私、部活中だったんだから。女子バドミントン部にいっぱい証人がいる」


 私は呆然と前を向いてセリナの言葉を受け止めることしか出来ない。相変わらず声も失ったままだ。

 セリナは私の肩に手を置いて「これで信じてくれるよね?」そう言った。


「とにかくその写真はどうにかした方がいいよ。本当はお店に行って本を返してから警察に行くのが筋だけど……。私のお勧めはお寺でお焚きあげ。燃やすの。本ごとやってもらいなよ。そしたら証拠隠滅じゃん?」

 セリナは自分の言ったことが可笑しかったのか短く軽く乾いた笑い声をあげた。私には笑う余裕などなかった。


「何もせずにこの写真持ち続けたままだったら、たぶんあなたいずれ悪い物に飲み込まれちゃうよ。まぁ最終的にどうするかはあなたが決めることだけど……」

 セリナは立ち上がった。そして図書室全体を見渡しながら、

「もう、すぐ側まで近づいてきてる気がする……」 

 そう呟いた。


「じゃあね。何か困り事があったらすぐに電話して」

 セリナは私に電話番号が書かれたノートの切れ端をテーブルに置いた。いつの間に書いたのだろうか。


 昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った。

「急がなけゃ。じゃあね」

 そう言うとセリナは図書室から出ていった。

 私はフリーズしたまま、しばらく立つことが出来なかった。


 

 

 



 

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