第7話 木曜日

 目覚めて体を起こすとくらくらと目眩がした。頭が重い。食道を熱く濁った物が逆流していく気配を感じた。風邪でもひいたのだろうか。

 今日は学校を休むことにした。

 しばらく毛布を頭から被って、子宮の中の胎児みたいに丸まった。

 寝苦しい時でもこうすると、何故か眠りに誘われる気がする。

 今は何も考えたくない。何もかも忘れて眠りたい。


 気がつくともうお昼の十二時を回っていた。

 体を起こす。朝よりも少し体が楽になっていた。

 自分の部屋から出てダイニングに向かう。

 お父さんもお母さんも仕事に出掛けて家の中は静まり返っていた。

 耳鳴りがした。その中にユズハの奇声が混ざった気がした。

 ユズハが私を呼んでいる。

 ご飯をあげないと。言葉を教えないと。

 どうしてもユズハの事が頭に浮かんでしまう。今日は何もかも忘れて休もうと思ったのに。

 お祖父ちゃんに電話して、今日はお世話出来ない事を伝えた。

 何故かお祖父ちゃんは嬉しそうだった。それが少し不気味だった。

 

 電話を切ると私は常備している風邪薬を飲んで、リビングのソファーに座った。

 脇の下に体温計を差し込んで、背中をソファーに預けて上を向き、ぼんやりと天井を眺める。

 何の音もせず、波風も立たず、時間だけがただゆっくりと過ぎていく────。

 かと思ったその時、私の隣に誰かがぽつんと座った。

 気配をまったく感じさせず、瞬間的に湧いて出てきたようだった。

 視界の端に何かがちらつく。

 私の心臓が震えた。


 恐る恐る私は横を見る。

 頭から血を流し、肌が紫色に変色した、三つ編みの小さな女の子がそこにいた。


「お姉ちゃん……」


 そう上目遣いで呟いて小さな女の子が私の腕を弱々しく掴んだ。


 私は息の仕方を忘れた。そしてガタガタとただ震えることしかできなかった。

「ごめんね」そう言いたいのに言葉が喉の奥で頑なに留まっている。

 息を吸えないまま私は意識を失った。


 気がつくと私は仏壇の前で手を合わせていた。

 位牌と小さな小さな骨壺。そして遺影。三つ編みの小さな女の子が無邪気に笑っている。写っているのは本当のユズハ。私の妹。

 私が小学二年生の時に死んだ。四歳だった。

 私が突き飛ばした。歩道橋で。階段を頭から転げ落ちてユズハは死んだ。

 わざとじゃなかった。弾みだった。ただ遊んでいただけだった。

 でも死んだ。凄く凄く可愛がっていたのに、大事に大事にしてたのに私が殺した。


 ユズハ許して。

 お祖父ちゃんが監禁している、ずっと歳上の中年女性に妹の姿の投影しながら可愛がってお世話している、倒錯した、頭のおかしなお姉ちゃんを。

 


 

 






 

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