第5話 水曜日

「なんか浮かない顔してるじゃん。体調悪い?」

 朝練を終えて教室へとやってきたマナミが、席に座ってぼうっとしていてた私の顔を見るなりそう言った。

 お祖父ちゃんがユズハを連れ出す計画を知ってしまった可能性。それによって起こるかもしれない事態に対する漠然とした、それでいて凄く重たい不安が昨日から胸に巣食っていた。

 それがきっと私の表情に出ていたのだろう。

 

「聞いたよセリナ先輩から。昨日一緒に登校したんだって?」

「えっ? あっ、そうそう。セリナさん……」

「一本欅公園のあの話、そんなに興味あったんだ。そんなにホラー好きだったっけ?」

「うん。なんかちょっとね……」


 何故かいつものようにマナミと喋れなくなっていた。上手く言葉が出てこない。


「セリナ先輩に、あの子の事気をつけて見ててあげてって言われたんだけど、どうかした? 何か悩みでもあるの?」


 マナミはいつもより優しく柔和な口調でそう言った。本気で心配してくれているようだ。私は無理にでも明るく振る舞わなければ、マナミに悪い気がした、


「実はさ……。一キロ太ったのっ! ははは!」

 私は精一杯おどけてそう言った。

「ははは! やばっ! 一キロは落ち込むね!」

 マナミも私に釣られて思い切り笑った。

 表面上は普段通りの二人の雰囲気に戻った。


「ねぇ、セリナ先輩と話してみてどうだった?」

 マナミが急に小声になってそう言った。

「どうって……」

「セリナ先輩ってちょっと素敵じゃない? なんかあのクールな目で見つめられるとドキッとするっていうか」

 マナミは目をキラキラさせている。少し頬も紅潮している。

 確かにセリナさんはショートカットの中性的な雰囲気で、顔立ちも整っていて女子から人気が出そうな人だ。

「好きなの?」という私のストレートすぎた質問に「えっ? いやいやいや! そういうんじゃないけどぉ!」とマナミは大げさに口を尖らせた。


「セリナ先輩って、ちょっと神秘的なところもあるんだ。バドミントンのプレイのことで悩んでたりするとね、誰にも言ってないのに、私がどこに悩んでるか分かってくれてて凄く的確にアドバイスしてくれるの」

「霊視力があるって昨日言ってた」

「霊視? たぶんそういう力……。部員の誰かが物を失くしたりするでしょ。そしたら必ずセリナ先輩が見つけてくれるの。セリナ先輩のお祖母さんが占い師なんだって。その血を受け継いでるのかもね……」


 セリナさんの霊視力は本物かもしれないと私はその話を聞いて思った。

 それと同時に、ある疑問が湧いてきた。

 それほどまでに強い霊視力を持っているのに、ユズハのことはどうして正確に言い当てられなかったのだろう。どうして「何か隠してない?」などと、ぼんやりとした事しか言わなかったのだろう。

 納得がいく答えがあるとしたら、本当はユズハのこと、お祖父ちゃんのこと、私の計画、全て霊視出来ていたのに、わざと分からないフリをした。という事じゃないのか。


 私はいてもたってもいられなくなった。セリナさんに本当のことを確認したくなった。


「ねぇマナミ。セリナさんって三年何組?」

「えっ? 確か三組だったよ」

「ちょっと行ってくる……」

 私は立ち上がった。

「ちょっと! もうすぐ授業始まるよ!」

 マナミのその言葉と同時にチャイムが鳴って、先生が教室に入ってきた。

 私は我に返って、椅子にすぐまた腰を下ろした。

「やっぱり今日ちょっと変じゃない? なんかあったら言ってね」

 そう小声で言うと、マナミは自分の席へと向かった。

 授業はまったく手につかなかった。


 昼休み、私は給食を食べ終わるとすぐに三年三組の教室に向かった。

 セリナさんは椅子に座ってクラスメイトたちと楽しそうに談笑していた。

 セリナさんのもとへ真っ直ぐ早足で近づいた。気配に気づいたのか、セリナさんと周囲の人達が一斉に私の方を見た。

「セリナさん、今すぐ話したい事があります。出来れば二人きりで……」

 セリナさんは驚きもせずにニッコリと微笑むと「いいよ。じゃあバド部の部室で話そうか」そう言って立ち上がった。

「えっ? 何々? 告白?」周囲のクラスメイト達が私たちの様子を見てそう囃し立てた。

「ちょっと騒がないの!」

 セリナさんはそう言うと立ち上がって、颯爽と私の横をすり抜けて教室を出ていった。私はそれについていく。


 校舎を出て、体育館横にあるプレハブが建ち並ぶ一帯へと向かった。その中に女子バドミントン部の部室があった。

 セリナさんが解錠してドアを開けると、「どうぞ」と言って私を招き入れた。

 中に入る。整理されていてとても綺麗だった。ロッカーが整然と並び、棚にはトロフィーと賞状が飾ってあった。

 壁には体育館でラケットを持った、白いユニフォーム姿の歴代部員たちが写った集合写真が何枚も貼ってあった。中には色褪せた、かなり昔の写真もあった。


「で、話したい事って何?」

 昨日話した時にはとても喋りやすかったのに、今日のセリナさんはどこかクールで近寄りがたい雰囲気を醸していた。まるで別人と話してるみたいだった。


「マナミから聞きました。セリナさんの霊視力は凄いって」

「で?」

「そんな凄い力を持っているのに、私の事は外すなんてそんな事あるのかなって……」

「外すこともあると思うけど?」

「本当は見えていたんじゃないですか? すべて。私の事……」

 セリナさんは下唇を少し噛みながら小さく笑った。

「そんな事言うなんて白状してるようなもんじゃん。おかしいなぁ」

 セリナさんが真っ直ぐ私の目を見た。私はその目に捕らえられて身動きが出来なかった。

「知られたっていいです。というか多分もう知られちゃってるならもうそれで……」

 私の声は震えていた。


「見えてたよ全部。あなたが古いお屋敷の裏庭にある、物置の中に女の人を隠しているの」

「やっぱり……」

 静かで弱々しい私の声は、吐かれた瞬間に消え去った。

「最初は見えた物があまりにも現実離れしてるっていうか、荒唐無稽だったから信じられなかった。リアルにはっきりと霊視出来ていたんだけど。本当に間違いだったら良かったのに……」

 セリナさんは私から視線を外して溜め息をひとつ吐いた。


「お願いですセリナさん、この事は誰にも言わないでください……」

 私は頭を下げた。頭を上げるとセリナさんはもう一度私をしっかりと見据えていた。そしてシリアスな口調でこう言った。

「言わないよ。あなたが、五十歳くらいの中年のおばさんを物置の中で可愛がってるなんて……」



 


 


 

 

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