第3話 場違いな闖入者

「ギュアアアアアアアアアア!!」

「シャァァアアアアアアアアアアアアアアッッ!」


 黒い恐竜が吠え、骸骨の騎士が剣を振るう。

 その光景はさながらファンタジー映画のワンシーンのようだ。


(でっかい木の次は化け物って……一体どうなってるのよ……?)


 もうこんなの現実とは思えない。

 そうだ、きっとこれは夢だ。夢に違いない。


(夢なら早く醒めてよ……!)


 ぎゅっと目をつむり、夢が覚めるのを待つ。

 ゴッと頭に何かが当たった。


「痛っ……」


 べっとりと頭から血が流れていた。

 どうやら化け物たちの戦闘で飛んできた瓦礫に当たったらしい。


「なんで……? 夢、なんでしょ? なんで痛いのよ? なんで醒めないの!!」


 ボロボロと泣き崩れる私とは対照的に、二体の化け物の戦いはさらに激しさを増してゆく。


「ギャォォオオオオオオオン!」

「シャアアアアッ!」


 その余波だけで、私は吹き飛ばされ、地面を転がった。

 痛い、痛い、痛いよ。

 息も苦しいし、頭も体中が悲鳴を上げている。

 なんなのよ、これ。なんで私がこんな目にあうの?

 その時、不意に私の脳裏をある考えがよぎる。


「あ、そうか。これは夢なんだし、死ねばいいのか」


 そうだ。

 こんな光景が現実であるはずがないんだ。

 さっさと死んでしまおう。

 そして夢から醒めて、ハルさんも起こして、一緒に朝ごはんを食べるんだ。

 きっとスーパーに行くあたりから夢なんだろうし、ご飯買いにコンビニに行かないとな。

 待っててね、ハルさん。

 早く死のうと、私は二体の化け物の方へ向かおうとして――、


「――みゃぁ」


 そのすぐ傍の瓦礫の中に、ハルさんが居る事に気付いた。


「――ぁ」


 目が合った。

 暗闇で光るハルさんの眼は、しっかりと私を捉えていた。


「――ハルさんっ!」


 気付けば、私は走り出していた。

 体が勝手に動いたのだ。

 助けないと、ハルさんを。

 あんなところに居ては、すぐに巻き込まれて死んでしまう。


「ぁぁぁぁああああああああああああああああああ!」


 骸骨の騎士のすぐ後ろを通り過ぎる。

 骸骨の騎士は戦いに夢中で、背後を走る私の存在に気付かなかった。

 でも黒い恐竜の方は違った。


「――ガォ?」


 その大きな瞳には私の姿がはっきりと映っていた。

 だからこそ、黒い恐竜の頭に浮かんだのは純粋な疑問だったのだろう。

 あまりにも場違いな闖入者(ワタシ)の存在。

 その一瞬にも満たない疑問は僅かに黒い恐竜の反応を遅らせたのだろう。

 実力が拮抗した者同士の戦いにおいて、それは致命的な隙であった。


「シャアアアアアアアアアアアアッ!」

「ッ!? グギャァァァアアアオオオオオオオオオウ!」


 懐に入り込んだ骸骨の騎士が、黒い恐竜の喉元へ一閃。

 切り裂かれ、鮮血が舞う。

 

「ハルさんっ!」

「みゃぁ!」


 血の雨を浴びながら、私は瓦礫の中に居たハルさんを抱きかかえる。

 次の瞬間、


「ゴォォァアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!」


 黒い恐竜がその巨体を思いっきり骸骨の騎士に叩き付けた!

 最後の力を振り絞った渾身のボディープレス。

 

「――ガ……」


 骸骨の騎士は短い断末魔を上げ、あっさりと押しつぶされた。

 だがそれだけでは済まない。

 その巨体が地面を叩き付ける衝撃は凄まじく、私とハルさんを空中へ放り上げたのだ。


「イヤァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!?」


 ちょっ、空! 浮いてる! 浮いてるうううううう!

 ふわぁーっと内臓が浮く感覚。

 当然、その後どうなるかは予想出来た。

 

「お、落ち……落ちるぅぅうううううううううううううう!?」

「みゃぁああああああああああ」


 空中に放り出された私たちはそのまま地面へと一直線だ。

 勿論、私とハルさんに成す術などない。

 何か……何かないか?

 このままじゃ地面に叩き付けられて死ぬ!

 

「あ、そうだ! か、傘……!」


 手に持ったビニール傘。

 これをパラシュートみたいに広げれば、こうふわぁーっと着地――出来るわけないじゃん!

 あんなのドラマや漫画の中だけのアクションだ!

 そんな上手くいくはずない!

 ああ、でも、今はほかにすがる希望がない!

 片手でハルさんを抱きかかえてるから、何とか片手で傘を開かないと!

 

「――あ、無理だ、これ」


 どう考えたって間に合わない。

 どんどん黒い恐竜が眼前に迫って――


「え?」

「グギャアアアアアアアアアアアアアアッッ!?」


 グサッっと。

 私の持った傘の先が、黒い恐竜の瞳に直撃した。

 多分、黒い恐竜も骸骨の騎士との戦いで力を使い果たしていたのだろう。

 落ちてくる私を避けることが出来なかった。


「あっ、ハルさん!?」

「にゃぉん!?」


 衝撃で反射的にハルさんが放り出されてしまった。

 そのままハルさんはクルクルと空中を回転し、


「にゃ、にゃあああ!?」


 黒い恐竜の皮膚に爪を立てて衝撃を殺しながら、なんとか地面へと着地した。

 良かった。なんとかハルさんは無事のようだ。


「って、ハルさんは良くても、私が良くな――ひゃんっ」


 不意に、私は地面に落ちた。

 碌に受け身も取れず、お尻が思いっきり地面にぶつかった。


「おごっ……い、痛いよぉぉ……」


 女の子が出しちゃいけない声をだしつつ、私は何とか涙をこらえて立ち上がる。

 するとハルさんが飛びついてきた。


「ハルさん! 無事でよかったー」

「みゃぁー」


 怖かった。

 本当に怖かった。

 死ぬかと思った。というか、絶対死んでた。


「良かったねぇ、ハルさん」

「みゃぁー」


 ぺろぺろとハルさんは私の頬を舐めてくる。

 ザラザラとした感触がくすぐったい。


≪―――経験値を獲得しました。クジョウ アヤメ のLVが1に上がりました≫


「……は?」


 何、今の声?

 まるで機械の合成音声のような無機質な声が聞こえた。


≪経験値が一定に達しました≫

≪クジョウ アヤメのLVが1から2に上がりました≫


≪経験値が一定に達しました≫

≪クジョウ アヤメのLVが2から3に上がりました≫


≪経験値が一定に達しました≫

≪クジョウ アヤメのLVが3から4に上がりました≫


≪経験値が一定に達しました≫

≪クジョウ アヤメのLVが4から5に上がりました≫


≪経験値が一定に達しました≫

≪クジョウ アヤメのLVが5から6に上がりました≫


≪経験値が一定に達しました≫

≪クジョウ アヤメのLVが6から7に上がりました≫


≪経験値が一定に達しました≫

≪クジョウ アヤメのLVが7から8に上がりました≫


≪経験値が一定に達しました≫

≪クジョウ アヤメのLVが8から9に上がりました≫


≪経験値が一定に達しました≫

≪クジョウ アヤメのLVが9から10に上がりました≫


≪ネームドモンスター『エアーデ』の討伐に成功≫

≪討伐参加者を解析――MVPを選定≫


≪MVPをカーズド・ナイトに認定します≫

≪――接続(アクセス)――接続(アクセス)――失敗≫

≪カーズド・ナイトの死亡を確認≫

≪MVPを再認定します≫

≪ダメージ総量を測定≫

≪次点二名の与ダメージ量が完全に一致したため、両者をMVPに認定します≫

≪MVPをクジョウ アヤメ、ハルの両名に認定≫


≪カオス・フロンティアにおける最初のネームドモンスター討伐を確認≫


≪討伐特典が与えられます≫


≪クジョウ アヤメ スキル『検索』を獲得しました≫

≪ハル スキル『変換』を獲得しました≫


 幻聴……?

 いや、違うよね?

 頭の中に流れる大量の謎のアナウンス。


「――って、あれ?」


 そこで私はようやく気付いた。


「……死体が、消えてる?」


 黒い恐竜と骸骨の騎士。

 二体の化け物の死体が忽然と消えていたのだ。


「……どういうこと?」

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