第42話 失われし術式

 《医療魔法・自己犠牲》

これは、自身の生命エネルギーを他者へと分け与えるという言わば、捨て身の術式なのである。

生命エネルギーを分け与えるということは、当然術者にもリスクが伴う。

ハイリスクハイリターンな魔法である。


 伝説に消えた名医、ベルベットがその生涯の最後に使った魔法と言われている。

ラースの祖父は瀕死状態であった大切な人のためにその魔法を使った。


 捨て身の魔法を使った祖父は、その三日後にこの世を去ったのである。


「お願い、これで助かって……」


 ラースはクレインに必死に魔法を掛ける。

通常の治癒系統の魔法では、回復が追い付かない。


 なので、ラースはこの最終手段に打って出たのである。


 幸いなことに、ラースの魔法は効果を表した。

治癒魔法では間に合わなかった傷が見事に塞がったのである。


「よかった……」


 呼吸も落ち着いているようである。

これで、もう安心できるだろう。


「何とか、助けられましたね……」


 ラースは傷が塞がったのを見届けると、その場に倒れた。

魔力だけではなく、生命エネルギーまで大量に使ってしまったのだ。

それも当然の代償だろう。


 意識の遠くで、ラースの名を呼ぶバーロンの声が聞こえたが、そこで完全に意識を失ってしまった。



 ♢


 どのくらい、眠っていたのだろう。

目覚めると、ラースは自室のベットの上に居た。


「よかった。目を覚ましたんですね」


 クレインが心配そうな視線を送っていた。

どうやら、クレインは回復したようである。


「クレインさん、回復したんですね。よかった」

「よくありませんよ。ラースさん、三日も目を覚まさなかったんですよ」

「そんなに、眠っていたんですね」


 生命エネルギーを消費しすぎた影響がかなり響いたようである。


「私は、誰かのために頑張るあなたが大好きです。でも、もうこんな無茶はしないでください!」

「分かりました。気をつけます」

「でも、私の命を救ってくれてありがとうございます。あなたが居なかったら、私はここに居なかったでしょう」

「いえ、あの時、クレインさんを死なせてはいけないと思ったんです」


 あの場で、クレインを死なせていたらラースは一生後悔していたことだろう。


「強いですね。あなたは」


 クレインが呟くように言った。


「最初から強い人間なんていませんよ。悩んで、足掻いて、戻って、進んで、そうやって人は強くなるんです。それに、何よりも患者さんの声が医者を強くしてくれますから」

「本当にあなたはすごい人ですよ。私なんかには勿体無いくらいだ」

「そんなことありません。クレインさんには私に出来ないことができます。そうやって、補い合えばいいんです」


残念ながら、人間は完璧には出来てはいないのだ。


「ラースさん、こんな時に言うことではないのかもしれません。でも言わせてください。私と正式に結婚してください。絶対に幸せにします」

「はい、喜んで」


 ラースは笑みを浮かべて言った。

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