第59話 静寂を称えよ
【前話までのあらすじ】
ライスの何気ない疑問がリキルス国の最大の問題、時間の差異を解決する道を示してくれた。ライスたちは問題解決の鍵となる『鯨の入り口』の場所を唯一知るエレンフェのもとへ、そして4賢者のひとり、ミーアは他の賢者たちの説得を試みるのだった。
◇◇◇
【本編】
リジとライスとミーアはその日遅くまで、キース・レックやキースの友達であったロス・ルーラの話。または今、町で流行っているスイーツやおいしいお店のこと、またはリジがメイド服を着ている理由などを夜遅くまで話した。
ミーアは久しぶりに遠慮のない女子トークに花を咲かせることが出来てうれしかった。
そして翌朝、予定通りライスたちは再びエレンフェのいる中央の塔へ、そしてミーアは足止めするためにもカランドのいる東塔へと赴いた。
**
—中央の塔—
説明は感情的になりそうなアシリアより理路整然と説明ができるリジから成された。
入口と出口による『時間の差異』による影響の違いについてエレンフェは納得をしていた。
「姉さん、何で結界外に出ておきながら、帰って来なかったの?」
話がひと段落した時、想いを抑えることができなくなったアシリアがエレンフェに質問した。
「アシリア、鯨は海に顔を出すだけなの。エルフである私たちでは移動が無理なのは知っているでしょ」
「嘘だ。姉さんは何度か漁師と向かい合っているはずだ..」
「 ..わかりました。私がここを離れるわけにはいかなかった理由はもうひとつあり—」
その時、音を鳴らして扉が開けられた。
「このぉ、クソがぁ!!」
激しく光る電撃がその部屋にいる全ての者に襲いかかった。石造りの天井や壁の一部も破壊されるほど凄まじい威力だ。それは空の賢者バルクの魔法だった。
土埃が落ち着くと、聖剣「空の羽」を構えたリジがいた。
「聖剣で防ぎやがったか。だがな、今日の俺は魔力の制限をしていない。お前はもうボロボロだろ」
リジが膝から崩れた。
「リジ!」
崩れるリジをギガウが支えた。
「ライス、リジは気を失っただけだ。外傷はない。大丈夫だ」
「運がいい奴だ! だが次はこんなものじゃ済まさねぇ。てめぇら外にでろ!」
「どうしたのです、バルク? やめてください」
「うるせぇ! 裏切り者が! ミーアは.. ミーアはあんたを慕っていただろうがぁ」
バルクの目は怒りに我を忘れていた。
外には地の賢者オルサとミーアを抱えるカランドがいた。
「お前ら、許さないぞ。我が妹ミーアをよくも」
オルサの怒りに呼応するように地鳴りがしている。
「私はミーアが心配だったのだ。素性の分からないお前らを村に招くなんて。かわいそうに、ミーア。足を潰され、背中から斬られ、炎で焼かれて.. 無念だっただろう」
涙を流しながらカランドはミーアを地面に横たえた。
「私たちがお前の仇を討ってやるからな」
ライスはミーアが死んだという衝撃よりもその言葉がやたらと白々しくて、気持ち悪さを感じた。
スレイの耳が直立した。
「まだ.. まだ生きてる。 少しだけ心臓の音がするよ、ライスさん」
ライスが近づこうとすると目の前に雷が落ちた。
「お前らに触らせるかよ」
「ばか! そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」
「お前らがミーアをやったくせに.. こいつが何をしたって言うんだ!」
怒りに任せて最大級の稲妻が空気を引き裂いた。そのあまりにも凄まじい稲光は空を暗闇に帰るほどであった。
—パサァァア
空気と地面を激しく揺らす凄まじい稲妻は、何も起こすことはできなかった。ただ、不思議なことにライスたちの周りには先が見えないほどの濃霧が立ち込めていた。
「ライス、こいつは私が眠らせるわ」
そこには髪留めを外し、髪の毛を風になびかせるアシリアが両手で天を貫くような姿勢をとっていた。そしてアシリアの首には重く光る2重の首輪が顕現されていた。
「こ、こいつ俺の稲妻を霧で分散させやがった。なら、何発でも撃ってやる」
しかしアシリアはその細い指でゆっくり、そして静かに首輪をなぞると言うのだった。
[— —混沌の渦よ、静寂を湛えなさい — —]
アシリアが静かに瞼を開くとその新緑の瞳の前に、誰も声を発することが出来なくなった。
「(な、なんだ。どうしたっていうんだ。くそ。何も聞こえない。なぜ瞼が閉じる。くそ!くそ..)」
バルクは意識を失い地面に倒れた。
「バルク! この腐れエルフがぁああ!」
オルサがアシリアに向かって地底の岩柱をぶつけようとした。
しかし岩柱にはじかれたのはオルサ自身だった。大きく宙に舞う間、オルサは目に映るギガウの姿を見て思った。
「(こいつの精霊は.. 創造の大精..霊.. かなうわけない..)」
オルサは大地に地を付けるギガウの横に白い少年の姿を見た。少年がしゃがんで何かを耳元で囁くとオルサの意識は遠のいた。
あっという間にバルクとオルサを失ったカランドは窮地に陥った。カランドは自分たちが敵とする者の力を見誤ったのだ。
「お、お前らに結界はやぶらせないぞ。何にもわかっていないんだ。結界が壊れたら世界の終わりが来るんだ」
カランドはミーアの胸にナイフを押し当てた。
「ち、近づくな。近づけば、この女の心臓を突き刺すぞ」
「カランド、やめて。もうそれ以上自分を傷つける行為は。あなたが刃物を向けているのはあなたの妹ミーアよ」
「え? 何言っているんだ母さん。ミーアのはずがない。 だって、ミーアはあの時、アアルクと死んで..あれ.. あ、ああ.. ミーア。 ミーア、俺は.. 俺はまたミーアを」
カランドは完全に混乱しているようだった。なぜなら6年も前に死んだアアルクの名まで口にし始めたのだ。カランドの記憶は7年前と現在がごちゃ混ぜになっているようだった。
「カランド、さぁ、そのナイフをこちらへ」
エレンフェが手を差し出すとカランドは大人しくナイフを手渡した。
カランドに向けてルースの矢を向けるアシリア。しかしエレンフェは矢先の前に立ちはだかり、アシリアに弓を降ろさせた。
「姉さん、何で?」
「カランドは苦しんでいるのです。そんなあの子に矢を向けないで」
それは子供を守る母のように毅然とした態度だった。
「アシリア、ライスさん! ミーアの心臓がさらに弱くなってる」
スレイの言葉に皆がミーアの一刻を争う事態であること思い出すと、それに紛れてカランドは逃げ出した。
この国自体が牢獄の中のようなもの。誰も逃げた彼を追おうなどと思わなかった。
ライスは回復魔法を使うために耳飾りを指ではじいて霊力を開放し、『静謐のダリ』に問いかけた。
[ —静謐の魔人よ、ここに顕現して— ]
しかしライスの呼びかけに何も起きず、宙に舞った式紙は揺らぎながら地面に落ちてしまった。
「もぅ! 何で? 肝心な時に」
アシリアが手の平からエルフの丸薬を生成すると、小さくちぎった丸薬を口に含み、口移しでミーアに呑ませた。
見れば見るほどミーアの傷は酷いものだった。火傷と斬り傷、足からは一部骨が突き出ていた。ギガウは彼女を抱き上げると中央の塔へ運び入れた。
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