第58話 鯨の入り口はどこ?

【前話までのあらすじ】


リキルス国の滞在にミーアの村ラナに滞在するライスたち。ミーアからさらにリキルス国について教えてもらう。まず知りたいのはアアルク王の生死であった。しかし、やはりアアルク王の死は確定してしまった。

◇◇◇


【本編】


 「あなたの先生は、きっと私たちの兄、キースに違いないわ」


 「 っふ.. おどろいた」


 リジは唐突な事実に場にそぐわない変な笑いが出てしまった。キース・レックの過去については謎であったが、まさかこの様にして彼の過去に接触するとはリジは思わなかった。


 「キースは元気なの? どんな生活してるの? 家族はいるの?」


 「ちょ、ちょっと、落ち着いて」


 ミーアは迫る勢いでリジに尋ねた。


 「キース先生はヴァン国から外れた森にあるセレイ村に住んでいるよ。もちろん元気。私生活についてはよくわからないけど、セレイ村の人々から親しまれ尊敬されているわ」


 「そう。安心した」


 「セレイ村はね、ミーアさんの村によく似てるんだよ。私もリジも最初は人間ということで警戒されたけど、今はすごく仲良しだよ」


 ライスは満面の笑顔で付け加えた。


 「そうなのね、セレイ村は人間を受け入れているのね」


 ミーアは遠い目でキースとの幼き頃の想い出に浸っていた。


 「ミーア、この国にどんな事情があろうが関係ない。私はエレンフェを連れて帰るぞ」


 馳せるミーアの心に割り込むようにアシリアが言い放った。


 「アシリアさん、きっと今のままではエレンフェ様は帰らないでしょう。彼女は精霊たちに責任を感じているからです。きっと彼女は竪琴を奏で続けるでしょう」


 「そんなこと知らない! 私は縄を付けてでも姉さんを連れ帰る。絶対、連れて帰るんだから」


 そう言い放つとアシリアは家の中へ入ってしまった。憤って涙ぐむアシリアを心配し、スレイは跡を追った。



 「ミーアさん、何でエレンフェさんは竪琴を奏でるの?」


 「 ..エレンフェ様の竪琴は慰めの音色なのです。魔石に閉じ込められた精霊は悲しみと嘆きの中で穢れてしまうのです。その穢れを取り払うのがエレンフェ様の竪琴なのです」


 「それって.. 私のルカの炎に似てる」


 「今、上位精霊の魔石は私たちの創った器具の上にあります。精霊が穢れのうちに死んでしまえば、必要な魔力が行き届かなくなり、結界は崩壊します。きっと国民の大半は700年の時の津波に消えてしまうでしょう。全てはエレンフェ様の竪琴にかかっているのです」


 「わかった。じゃ、その問題をひとつひとつ解決する方法を考えよう」


 「うん、そうだね」


 こういう時にクレバーに物事を考え整理できるところがリジの優れた能力であった。ライスはリジのそういうところに頼もしさと憧れを感じていた。


 「待ってくれ。俺はずっと黙っていたが、言わせてもらう。そもそも精霊を魔石に閉じ込めておくことが間違いだ」


 「うん。ギガウの言うことは正しいよ。じゃ、精霊を魔石から解放したとしたらどうなるかしら?」


 「う~んと.. まずエレンフェさんがこの国に留まる理由がなくなる。でも、結界が崩壊して、時の津波に国民が消えてしまうよ」


 ライスは頭をひねりながら答えを導き出す。


 「それに未だにハーフエルフの血が酷い迫害にあうと信じている人々もいる。それも大きな障害よね」


 「リジさん、それは無視してくださって結構です。そもそも結界など張ることが間違いだったのです。それはこの国が向き合っていくべき問題なのです」


 「わかった。じゃ、『時の津波』に国民が消えてしまわない方法を見つけることが先決ね」


 「ねぇ、そもそも『時の津波』って何かな?」


 ライスは単純な疑問に目を付けた。当たり前のように語っていた時の差異について立ち返るようなことを言い始めた。


 「だから、それは外の世界では700年経つのにこの国では70年しか経っていないってことだよ。正しい時を刻もうとするのが『時の津波』なんだよ」


 リジはライスにゆっくりとした口調で説明した。


 「でもさ、それだったら私たちは何なの?」


 「何が?」


 「だって、私たちがこの国に入った時に何にもなかったじゃない。もし、この国の人が結界外に出たら消えるっていうなら、結界外の私たちがこの国に入っても消えるんじゃないの? だって、この国は700年前の世界から70年しか経っていないんでしょ? 時の差異があるっていうなら、そこにも存在したんじゃないの?」


 「 あっ、そっか.. んん~ ..『生きた時間』と『時のズレ』は関係ないってこと? いや.. そうじゃない。入口だ。 きっと入口はその影響を受けない何かがあるんだ」


 リジは独り言をつぶやくように事象と現実を照らし合わせ、そして重要な仮説を作り上げた。


 「なるほど。出口から出たカランドは時の津波に襲われた。でも、入口はその影響は受けないのですね。そんな発想を私たちは思いつかなかった」


 「ミーアさん、入口っていったいどこにあるの?」


 「 え.. 入口。どこでしょうか.. 私たちは入口らしきものを見たことありません」


 「この国のどこかがきっと鯨の入口につながっているはずなのに..」


 リジは悔し紛れにつぶやいた。


 「鯨の入口.. 鯨の入口.. そうか.. リジ! ランシーン海賊団だ」


 「ランシーン海賊団?」


 「そうだよ。アシリアに酷く怯えたランシーン海賊団を覚えていない? 竪琴の妖女に魂を抜かれると騒いだ海賊たち」


 「そっか!! 思い出した。あの時、あいつらはアシリアを見て『竪琴の妖女』だと怯えたんだ」


 リジもライスもキャスリンの交易船での出来事を思い出した。


 「なんですか? 竪琴の妖女って?」


 手を合わせて喜ぶリジとライスにミーアはあっけにとられながら尋ねた。


 「エレンフェさんです。きっとその入口をエレンフェさんは知っているんです!」


 北の森を、可愛い妹アシリアを想うエレンフェが、帰れない憂いを鯨の背に座り竪琴に奏でる姿。目撃した漁師たちは、それを不吉な『竪琴の妖女』と名付けたのだった。


 「じゃ、私たちはもう一度エレンフェさんのところへ行くわ。その間にミーアさんはみんなの説得をしてくれる?」


 「ええ、まずはオルサとバルク、そしてカランドを説得してみます。キース兄さんのことを話せば、耳を傾けてくれるでしょう」


 しかし、この作戦がさらなる事件を招いてしまうのだった。

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