第56話 清めの魔法

【前話までのあらすじ】


自分がリキルス国に関わることになった経緯を語るエレンフェ。しかし話の途中、4賢者のひとりカランドが話を遮った。中央の屋敷を離れる時、アシリアは精霊を励ます為のエレンフェの竪琴の音を聞く。やけに明るい曲の中にエレンフェの悲しみが見えた。


【本編】


 城門を出る時、ミーアがリジの手の平に何かを手渡した。


 それは北の塔から東に延びる道にあるラナ村への地図だった。


 この国に来て泊まる場所のひとつも確保が出来ていない。まさかひともんちゃくあったリフリ村に戻るわけにもいかない。


 ミーアがひとめを気にして渡したのなら、何かしらの理由があるにちがいない。


 リジは素直にラナ村へ行くことを提言する。彼女の意見に異を唱える者はいなかった。


 手書きの大雑把な地図の通り進んでみる。


 城壁を大きく回り込み北の塔を目の前にする。そこから東に向かって細い道が続いていた。


 先頭はもちろんスレイだ。彼が本気を出せば、数キロ先までが彼の感知範囲となるのだ。敵の罠にかかる可能性は限りなく0%に近い。


 「スレイ、ラナ村までは遠そうか?」


 「ううん。ここから3kmくらい先だよ。どうやらあのミーアって人の同族だね。みんな彼女と同じ匂いがするよ」


 そこは湖のほとりにある村だった。


 ミーアからは既に話が伝わっているようだったが、めったに見ないよそ者に警戒しているのは若い世代から子供たちだった。きっとこのリキルス国で生まれ育った世代なのだろう。


 村の様子を見てライスはハッとした。リジに話しかけようと顔を向けると、先にリジが言葉を発した。


 「セレイ村でしょ、ライス? 私も思ったよ。このラナ村の建物から雰囲気までセレイ村にそっくり。おまけに子供たちの反応まで」


 キース・レックがいるセレイ村が火の精霊の加護を受けていたように、この村が精霊の加護を受けていたことは容易に想像することが出来た。


 唯一、エルフであるアシリアに子供たちが近づいて、持っているお菓子を差し出したがアシリアはそれを無視して背中を向けてしまった。


 「これは、これは、エレンフェ様のご姉妹のアシリア様ですね。私はミーアの孫のレイルと申します」


 「お孫さん..?」


 ライスはレイルの冗談かと思っていた。


 「ははは、人のそういう反応は久しぶりですわ。驚いたでしょ? 私は人間の血が濃く入っていますから、人の歳の取り方と大差ないのです。どうです、私の方がミーアの母親みたいでしょ?」


 レイルは舌を出しておどけてみせた。


 そんなレイルを見てライスたちはやっと安心できる気持ちになった。


 「さぁ、みなさん、この国に来ていろいろ大変だったでしょ? ミーアが帰るのは夜になりますので、それまでミーアの家で休んでいてください」


 ギガウとスレイは案内された部屋で爆睡した。


 アシリアは部屋の窓を開けるとそのまま桟橋まで出て腰をおろした。彼女の緑色の瞳に湖面が輝いていた。


 ライスとリジもアシリアにならって桟橋に出てみる。


 「湖が悲しんでいる」


 「え? 」


 「ライス、この湖はもっともっと美しいはずだ。だけど水の精霊が遊ばないから、湖がうつむいてしまっているんだ」


 「へぇ、 そうなんだ.. そうだ、アシリア! 私ね、試してみたいことがあるんだ。私の修行だと思って付き合ってくれない?」



 「別にいいが、何をするつもりだ?」



 「ライス、あなた、アレをやるつもり? 大丈夫?」


 「大丈夫だよ。最近はこつも掴んだし、私、夢で話をすることもあるんだよ」


 ライスとリジの話をアシリアは良く吞み込むことが出来なかった。ライスはそんなアシリアの手を引いて湖の砂浜にまで連れて行く。


 「アシリア、私は基本火属性の魔法しか使えない。でもね、アシリアを通じれば、きっとすごい魔法を使うことが出来ると思うんだ。まずは靴を脱いで、アシリア」


 ライスに言われるまま素足になるとアシリアは湖の上に立った。


 ライスが耳の六芒星を弾くと、鞄から式紙を放った。式紙は湖の湖面に着水すると翠色に輝いた。輝きを増す式紙は勢いよくアシリアの胸に入った。


 [ —シレイル・セイス— ]


 ライスの声が湖に木霊するとアシリアの足が湖面に浮いた。そして足元から水色の閃光が湖面を走ったのだ。


 「こ、これは! 湖が喜びに打ち震えている」


 その気配を感じて村中の人々が家から出て来て、湖畔は一気に人だかりとなった。


 「ほほぉ、こいつは凄い。こんな湖を見るのは久しぶりじゃ」


 老人の潤んだ瞳は輝いている湖を映しだしていた。


 アシリアは驚いた顔でライスに振り返る。


 「どう、アシリア? これが私の魔法」


 「ああ、まったく.. 驚きだ」


 アシリアの顔から険が取れると子供たちが抱き着いてきた。


 [ —アシリア、あなたの大切な心に従って。私の名は静謐のダリ。あなたとともにある魔人— ]


 ライスは火属性の精霊としか契約をしていない。故に魔法は火炎系しか使えなかった。しかし、ライスはマガラ国への旅で、式紙に天空の魔人ジャクを呼び出し、リジの聖剣を通じて空系の魔法を何度も練習していた。


 今回はその応用を試したのだった。以前、ルメーラ湖で力を貸してくれた静謐のダリを式神として呼び出したのだ。そして森の精霊に近いアシリアを通じて水を清め励ます魔法を使ってみたのだ。


 リジもその凄い応用に誉め言葉を掛けようとしたが、鼻孔を膨らませて得意顔をしているライスを見てやめた。


 その騒ぎの中、ミーアが村に帰って来た。

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