第55話 偽言
【前話までのあらすじ】
アシリアの姉エレンフェはリキルス国の成り立ちをアシリアに語った。自分の罪は消えない。それはわかっていた。ただ、実の妹には自分が関わったリキルス国とその経緯を知って欲しかった。
【本編】
「これが水の国リキルスの始まりだそうです」
「エレンフェ姉さん、それが『牢獄の魔道具』や姉さんに何の関係があるの?」
エレンフェはアシリアの顔を見ると目を伏せてしまった。それはどのような理由があろうと自分が森の巫女として恥ずべき行為をしていると自覚しているからだった。
エレンフェは続けて自分がこの国に来た経緯を語った。
—今から60年前の北の森
その森の中で私を呼ぶ声を聞いたのです。
『―エレンフェ。 エレンフェ、いるなら姿を現してくれ』
それは数年前に闇の従者に囚われそうになった私を聖剣『水を走る剣』で救ってくれたキャスリン国のアアルク王だった。
『―アアルク王、お久しぶりです』
『― ..おお、エレンフェ、出て来てくれたな。 ..久しぶりだ』
アアルク王は出会った頃の向こう見ずな若さは消えていました。でも当時の熱く優しい眼差しはそのままでした。
『―どうしたのでしょう』
『― ..うむ。実は不躾だが、君に頼みがあるのだよ。話を聞いてくれるかい?』
それは『森の大精霊をリキルス国の森に移り住ませることはできまいか』というものでした。当然、私はお断りをしました。本来、森の精霊を移すには、森に危険が迫っているとき以外は行うものではないからです。しかしアアルク王の願いは強く、私は理由だけを聞いたのです。
それはリキルス国の森の大精霊が穢れを発症して死に絶えてしまったというものでした。
大精霊がいなくなってしまっては4人のハーフエルフは魔法を発現することができない。そして大精霊を介して創りだされた元素魔力はリキルス国の結界を維持するためには必要不可欠だったのです。
『―アアルク王、もし結界が壊れてしまったのなら、それは仕方がないこと。そんなことで大精霊たちを移動させるなんてお断りいたします。そもそも大精霊が穢れを起こしてしまったのは結界が原因でしょう。精霊は自由を好むものなのです』
『―エレンフェ、君の言い分はわかる。しかし事態はもっと深刻なのだ。この結界が壊れてしまうと、リキルス国が死んでしまうのだ』
とある魔法使いがリキルスに張った結界はあまりにも強い結界でした。その結界はリキルス国と結界外の時の流れにまで影響を与えてしまうほどだったのです。
リキルスの時の流れは結界外の1/10
リキルス国は建国して既に70年の時が流れていました。それは外の世界と700年もの時差を作り上げてしまったのです。
700年はハーフエルフにとっても年齢を重ねるに十分な時です。しかしリキルスの国民はエルフの血より人間の血のほうが濃い者が多くなっていました。
いきなり結界が壊れれば時の津波に飲まれ、国民の大半は消滅してしまう可能性がありました。
私は仕方なくアアルク王の頼みを聞き入れたのです。
そして精霊と話し合い、なるべく力の強い精霊たちの移り住みの儀式を行ったのです。
私は精霊を詰めた魔石を持ってこの国へ来ました——
「 ..で、このあり様か。 姉さん、あなたが連れて来た精霊は何処にいるんだ。私は、この国にきて魔石に閉じ込められた地の精霊しか見ていない。姉さんはだまされたんじゃないのか?」
「私は.. 仕方がなかったの.. 私の連れて来た精霊では、古の大精霊の代わりを果たすことが出来なかった。だから彼らは魔石に入ったままの精霊を必要としたの」
「じゃあ、初めから魔石詰めの精霊が目的だったの? アシリアの言ったとおりエレンフェさんはだまされたんだ。アアルクさんがそんなことをする人だったなんて、残念だよ」
「ライスさん、違うのよ。アアルクは何も知らされていなかったのよ。だから、アアルクは..」
その時、扉が開いた。
「母さん、そんな奴らに俺たちのことなどわかるはずもない。あまりしゃべらないほうがいい」
「誰だ、お前は!?」
アシリアは咄嗟にルースの矢を向けた。
「私は息子のカランドです。そんな物騒なものはしまってください、アシリアさん」
「ふざけるな、お前の母親はルミラウェだろ」
「いいえ、母さんは生まれ変わって私たちのもとに帰ってきてくれたんです。そうですよね、母さん。みなさん、今日は母さんの大切な儀式があるんです。もうお帰りになってくださいませんか?」
「ふざけるな!」
「アシリア、お願い。今日はもう帰って。言うとおりにしてちょうだい」
アシリアの持つ弓はキリキリと音を立て、今すぐにでも矢を放ちそうだった。
「アシリア、出直そう」
ギガウが促すとアシリアは息を吐いて弓矢をおろした。
「さぁ、精霊たちが上で母さんを待っているよ。行こう、母さん」
カランドに塔の扉へ促されるエレンフェは悲しみと後悔が入り混じった表情で振り返った。
「アシリア.. ごめんなさい」
エレンフェは扉の先にある暗闇の中へ消えて行った。
**
ライスたちが屋敷から外へ出ると、そこにはミーアが待ちかまえていた。
「さぁ、みなさま、あちらへ」
城門へ向かう途中、塔から竪琴の音色が鳴り響いた。
ライスが塔を振り返ると、後ろを歩くアシリアの頬が濡れていた。ライスは視線をそらし、また前を向いて歩いた。
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