第54話 エルフと人の愛の物語

【前話までのあらすじ】


探し続けた姉・エレンフェに再会を果たしたアシリア。しかしそれは感動的な再会ではなかった。アシリアは『牢獄の魔道具』に関わるエレンフェを処罰するために探し続けたのだ。その罪は消えることはない。しかしそれでもエレンフェは自分が関わった経緯を妹・アシリアに聞いてほしかった。


【本編】


 —今からおおよそ800年前のキャスリン国


 キャスリン国はもっとも古い王国のひとつ。


 キャスリン国、第一王子エイダンはリヴェヴァリオ国の神儀六典の祭事に出席するためにキャスリン島から旅立った。


 長い旅の最中、エイダンは東の森を彷徨っていた。彼は森で毒性植物ラズの息吹を浴びてしまっていたのだ。


 一度眠ってしまえば二度と起きることはない。凄まじい眠気に抵抗していた彼もついに力尽きようとしていた。


 『父上、申し訳ございません。レナト、後を頼んだぞ』


 ・・

 ・・・・・・


 「眠ってはダメ。 起きて.. 起きてください」


 エイダンの口に苦いものが押し込まれ、唇に柔らかい感触とともに水が流し込まれた。


 彼が再び目を覚ましたのはふかふかのユラリ木の葉の上だった。


 エイダンが目覚めるとそこに美しい女性を見た。


 「 ..女神レイス..様?」


 「よかった。目が覚めましたね。私の名はルミラウェです。あなたにはエルフの秘薬を与えました。もう少し休んでくださいね」


 彼女は森の住人エルフ族だった。


 本来、人間の前に姿を現すことを避けるエルフ族。しかし彼女は森の植物、動物、人間にも分け隔てなく愛情を注ぐような女性だったのだ。


 エイダンはひとめぼれだった。彼女の明るくあたたかい笑顔に心を奪われたのだ。


 それ以来、彼は何度となく大陸に船を出し、森でルミラウェの名を呼んでは彼女との穏やかな時間を過ごした。


 やがて、種族の壁を越え2人は相思相愛の関係となったのだ。


 エイダンはキャスリン国の王の座を弟レナトに譲り、ひとりの男としてルミラウェと結婚したいと申し出た。


 王は怒りよりもエイダンの選択を哀れんだ。エルフとの結婚など愚か者としか言いようがない。そこには残酷な『時の流れ』があるからだ。


 「エイダン、お前はわかっているのか? 例えルミラウェと結ばれようとお前の方が早く死んでしまうのだぞ」


 「父上、それは違います。私は自分の死を迎えるまで愛する女性と共にいることができる幸せ者です」


 王は愚かな息子の結婚を許した。ただ、王家を名乗ることは許さなかった。


 2人はキャスリンの西の森、蝋燭岩の見える海岸で愛を誓った。


 森の中に家を建て2人の生活が始まった。


 畑を耕し、自分たちの食す分の狩りをする。


 王家の生活とは打って変わって慎ましい生活だった。


 時には漁夫の手伝いをして魚介類をもらい受ける時もあった。


 実は森のエルフのルミラウェは魚介類があまり好きではなかった。しかしエイダンが海に潜った時の話を聞くのが大好きだった。


 色鮮やかな珊瑚の周りに花びらが舞うように泳ぐ魚たち。彼は森の様子になぞらえて海の中の話をするのが上手だった。


 「今度、ルミラウェも一緒に潜ってみないか?」


 「そうね。でも、私はエイダンの話が好きなの。私の知らない海の話をもっと聞かせて」



 エルフのルミラウェにとってエイダンの一生は短い。しかしその一生をかけて愛を誓ってくれたエイダンを愛おしく思っていた。


 ルミラウェは彼の一生を自分の腕のなかで見届けようと思っていた。



 やがて5人の子供を授かった。



 愛する妻と子供に囲まれ、家の中は賑やかになった。


 ルミラウェは子供たちが泣くと竪琴を奏でてくれた。それはエルフの森に伝わる古い子守歌だ。


 ある日、エイダンが畑仕事から家に帰ると、子供たちの泣き声が聞こえた。


 そろそろ竪琴の音色が聴こえる頃だろう。


 エイダンは道具の手入れをしながら楽しみにしていた。彼もルミラウェの奏でる子守歌が大好きだった。


 しかし、いくら待っても竪琴の音はしない。子供たちは泣くばかりだった。


 『変だな?』と手を止めて、様子を見に行く。


 そこには竪琴を床に落とし、うつ伏して倒れるルミラウェの姿があった。


 「ルミラウェ、ルミラウェ、どうしたのだ?」


 「あぁ、あなた、ごめんなさい。少しめまいがして」


 その日からルミラウェは布団に伏す日が多くなった。それでも子供たちの健やかな寝顔をみるためルミラウェは竪琴を鳴らしていた。


 ルミラウェの具合が悪くなり始めて二カ月が過ぎようとしていた。


 その晩、床を別にしていたルミラウェがエイダンの眠るベッドへ忍び込んできた。


 「ルミラウェ、具合はどうだい?」


 「うん..」


 彼女はエイダンの胸に顔をうずめると、その肩が震えていた。


 「どうした、ルミラウェ?」


 「 ..ごめんなさい、エイダン。私、わかったの..」


 「何を謝るんだ。何がわかったと言うのだ?」


 ルミラウェはより強くエイダンの胸に額を押し付けた。


 「私が何になってしまうのか.. わかってしまったの」


 「な、どういうことだ? 『何になるかが..』とはどういうことだ?」


 エイダンの腕を掴んでいたルミラウェの力が抜けると、彼女は静かに語り始めた。


 「私たちエルフにとって森はとても大切な家族。その理由は私たちが森の樹より生まれるからなのです。エルフは皆、それぞれ母なる樹を持ちます。エイダン、私はきっと樹になってしまう。子を産んだ私は、きっと母なる樹へと成ってしまうわ」


 「そ、そんなことあるか。お前は、少し体調を壊しただけだ。お前はこの先も私と子供たちとこの森で暮らすんだ。そして私を見送ってからも、子供たちと幸せに森で生きていくんだ」


 必死で否定するエイダンにルミラウェはそれ以上何も言えなかった。ただ、そうあってほしいとエイダンの胸に顔をうずめながら頷くだけだった。


 翌朝、ルミラウェの姿が家から消えていた。代りに蝋燭岩の見えるエイダンの畑に、1本の樹が姿を現した。それはまるで愛する夫と我が子を抱擁するために手を広げる姿のようでもあった。


 時を経て、その樹は「キャカの木」と呼ばれた。


 5人の子供を連れてエイダンはキャスリンの城を訪れた。キャスリンの王と王妃は母を無くした孫を不憫に思い、城の近くにエイダンの家を建てると、乳母を派遣してくれた。


 ―60年の時が経ちエイダンは寿命を全うした。


 彼の墓は、彼が生涯をかけて作り上げたキャカ畑の見える丘に建てられた。春になると城の周りは一面黄色い花が咲き乱れ、やさしくさわやかな香りであふれるのだ。それはルミラウェの髪の香りそのものだった。


 エイダンの弟、レナト王はエルフと人間の深き愛を偲び、春になるとキャカの花見をすることを国の風習とした。


 その時、5人の子供は8歳になっていた。エルフの血をひく子供たちは人間よりはるかに長い人生を生きることになっていた。


 ―それからさらに150年。


 子供たちはそれぞれ家族を持ち、類まれな技術を持ってキャスリン国の建造物、芸術、そして錬金術を発展させた。


 キャスリン国で彼らはルミラウェの一族と呼ばれていた。


 大きな財を持つ彼らは自分たちの血族でなくても、人間からかけ離れたハーフエルフに理解があるものに仕事を与え身近に置いていた。


 だが、それは国にとっても国民にとっても一大勢力に見えてしまった。やがて、『キャスリン国はルミラウェ一族に支配される』という根も葉もない噂まで立ちはじめる。


 ―それは貧しい生活をするひとりの少年が投げた石から始まった。ハーフエルフへの差別だ。


 ルミラウェの子供たちは高潔な父、どこまでもやさしい母の血を引く者、仕事を減らされようと迫害を受けようと耐え、今までの財を切り崩し生活をしていた。


 しかし大きな事件が起きたのだ。心無い者がエイダンの墓を破壊し、キャカの群生に火を放ったのだ。


 ルミラウェの一族はキャスリンの国を出ることにした。150年以上の時が経とうがルミラウェの子5人は王家一族。その時のキャスリン国王は旅にでる彼らに最大限の援助をした。そして、彼らの住む地をキャスリン国の姉妹国としてリヴェヴァリオ国からの加護を受けられるようにと約束をしたのであった。


 一族は長い旅路の末に最果ての森のさらにその先の森にリキルスを建国した。


 彼らはある魔法使いの力を借り、リキルス国を強力な結界で囲むと、誰にも気づかれないように忘却の魔法をかけた。


 そしてキャスリン国の王家に感謝の言葉と一節の詩を書いて送った。


 『想い出の海をキャカの枝とともに花畑を見るのだ。竪琴の音に子供が鳴きやむ時、白鯨がリキルスの入口へ導こう』

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