第35話 純白と灰色
【前話までのあらすじ】
救助した海賊ランシーンはアシリアの姿を見ると怯え始めた。アシリアを海の妖女に見間違えたのだ。ランシーンは西花海での恐怖体験を語り始めた。それは死を呼ぶ竪琴を奏でる妖女の話だ。アシリアはその妖女が姉のエレンフェだと確信した。
【本編】
キャスリン王国の港町タコバに着くと湾岸警備兵が貨物船を待ち構えていた。
キャスリンは基本的に観光客などの受け入れはしていない。船は全て国家交易の貨物船だ。
例外として島を観光する者は国の重要人物と太いつながりを持つお金持ちといったところだ。つまりペドゥル国のラリホ・ポーラ婦人のような人物だ。
それ故に乗船する者へのチェックはひときわ厳しかった。
下手に目を付けられることを嫌った貨物船リットン船長は、海賊たちを警備兵に押し付けると、そのどさくさに紛れてライスたちを船から降ろしてしまった。図らずともリットン船長はいい仕事をしてくれたのだ。
タコバの港町は観光地のような派手さはない。港には降ろされた積荷が置かれ、それを役人が検査するというつまらない光景が広がるだけだ。
店はというと食料や消耗品資を売るためのそっけない店ばかり。名産やらお土産などを試食付きで売られている店などないのだ。また、基本的に長時間におよぶ貨物船員の滞在も認められていない為、港町には付きものの酒場や風俗店などもおかれていない。
ただ、目立つのは要人客が来た時の為の趣味の悪い飾りのついた馬車だった。
「さて、ここからどこに行けばいいのかな? マイルさん」
やはり行動の口火を切るのはリーダー資質のあるリジ・コーグレンだった。
「ここではあまりに俺たちは目立ちすぎる。まずは近くの漁村に移ろう」
長年、密偵をしていたマイルは目立たない道筋を構築しながら歩いていく。それは貨物の影や建物の影、日の届かない場所などだ。
もう少しで脇道に入る手前、少しきつめの服に羽根のケープ、ひらひらと長いスカートを着装する男女二人組とすれ違った。衣装は全てが純白で統一されていた。
二人はライスたちに負けないくらい場から浮いた存在だった。
普通の街ならば白い服装でも民衆が着る清潔な白いシャツに紛れて、さほど目立つことはない。しかし、ここは航海の末、汗や潮で茶色く染まった不衛生な服を着るものが多い港町だ。
二人の純白はここでは綺麗すぎる存在なのだ。
スレイは二人が近づくまで全く気が付かなかった。スレイの鼻や耳の感覚は超が付くほど鋭敏だが、色彩感覚だけは劣っているのだ。彼には全ての色が淡くくすんで見えていた。
だからスレイは二人に気が付いた時、酷く動揺し、急いでフードを引き下げ、ギガウの大きな体の後ろに隠れた。
逆にスレイの慌てぶりが二人の気を引いてしまった。
—ガチャン!
「ああ、何でこんなところに花瓶が置いてあるんだ。うわっ、これは高価な花瓶かも!」
花瓶を割ったマイルは知っていた。密偵の類は、いろいろなものに過敏なほど気を尖らせる。だから突然、大きな音をたてられると、瞬時に気持ちが散漫になってしまうのだ。
二人はスレイへの関心がうすれてしまった。
しかし逆にマイルのスレイへの警戒は強まった。マイルの人を見極める嗅覚がスレイを濃い灰色と判断した。マイルはひとときもスレイから目を離すことはできないと思った。
しばらく海に沿った道を歩くと木の桟橋に小舟が並ぶ漁村が姿を現した。少し魚臭い作業小屋に入ると、この先の予定について話し合った。
まずは班に分かれることを提案したのはアシリアだ。
「ライス、まずは私たちそれぞれの目的を優先しよう。私は性格上少人数のほうが動きやすい。ギガウと2人で行動させてほしい」
「うん。わかった。それでいいよ」
「この国は所詮、島国だ。発展しているのは真ん中の城下町くらいなものだ。お互い集めた情報には、互いの目的に有益なものもあるだろう。情報を宿で交換し合うってのはどうだ?」
さすが諜報活動をしていたマイルの助言には説得力があった。
「あの、俺はみんなとは—」「お前さんは俺たちと一緒に来るんだ。俺はこの国の密偵をしていた。だから、俺たちと一緒にいたほうがいいだろう」
スレイが言い終わらないうちにマイルは言葉を重ね、決して『別行動をする』とは言わせなかった。
スレイの目的が何であれ『形のない宝石』という言葉に対して、反応を示した彼を自由にさせとくのは危険だ。怪しい者ほど身近な場所に置いておく。これは密偵として基本中の基本だ。
ただでさえ閉鎖的な島、よそ者6人で町に入るのは目立ちすぎる。城下町キャスリンへは、ギガウとアシリア、ライスとリジ、マイルとスレイの3班でバラバラに入ることにした。
落ち合う場所は宿屋モンタジュ。
マイルは夜までにスレイの本当の目的を見極めようと思っていた。
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