第34話 海の妖女

【前話までのあらすじ】


リジが煙を上げて今にも沈没しそうな船を見つける。それは海賊船だった。敵に突進しては爆発するホウダンウオの群れに襲われていたのだ。貨物船の船長リットンの反対を押しのけ、ホウダンウオを殲滅して海賊船を助けた。そして生き残った3人の海賊を拾い上げたのだが..

◇◇◇


【本編】


 海賊たちは梯子を上り足元が安定したとわかると、拘束される前に動こうとした。


 しかし、そんなことはこちらも想定済み、要はどちらが早く相手ののど元に刃をあてられるかが勝負だ。


 —ヒュッ


 今のリジの剣速に適うものなど、そうはいない。


 「動くな!」


 リジの剣は首に充てるだけでなく、薄皮一枚を切っていた。海賊船長の首から滴った血が床に落ちる。


 とっさにナイフを捨て両手を上げた海賊たちを船員たちが拘束した。


 「俺たちをどうするつもりだ」


 『お前は海賊ランシーンだな。お前らなどキャスリンの湾岸警備兵に引き渡すに決まっている』


 「くそったれめ」


 ランシーンは貨物船リットン船長の靴に唾を吐き捨てた。リットンはランシーンの帽子を手に取ると、靴の唾をふき取り頭に返した。そしてライスを見ると言った。


 「こんな連中だ。だから助けなくても良かったんだ。海賊はどうせキャスリンで処刑される。今度からは私の船の上では、船長である私の指示に従ってくれ」


 ライスはシュンとして『すいませんでした』と謝った。


 これはこれでライスには良い経験だった。船の上では、例え力を持っていても船長の指示には従わなければいけない。


 「うわぁああ! 降ろしてくれ! 今すぐ降ろせ!」


 突然、海賊たちが大きな声を上げて騒ぎ始めた。


 『何だ! 静かにしろ! 船から叩き落すぞ!』


 「ああ、そうしてくれ! あ、あの妖女と一緒にいるなんてごめんだ!」


 海賊たちは姿を現したアシリアを見ると急に怯え始めた。

 

 「竪琴に魂を抜かれちまうよ! 早く降ろしてくれ!」


 その言葉を聞くとアシリアがランシーンに詰め寄った。


 「お前、今、竪琴と言ったか!?」


 「うわぁ、勘弁してくれ。何でもします! だから、どうか魂を食べないで!」


 「静かにするんだ。 私は竪琴の妖女ではない」


 「へ? ほんとに?」


 「ああ、私はただの旅をする者だ。それよりもその竪琴の妖女について聞かせてくれ?」


 「うん、うん」と首を大きく振るランシーン。


 いつもなら力任せに刃を突き付けるアシリアがランシーンにやさしく語り掛けていたのが意外だった。だが、アシリアにとってはそれだけ正確に知りたい情報だったのだ。


 「今から8年前だ。俺はもっと西の西花海の大きな漁船の漁師だった。深夜から朝にかけての漁が終わり、港へ帰ろうとした時、あの美しい竪琴の音が聞こえてきたんだ」


 「お前はその竪琴を弾く女を見たのか?」


 「あ、ああ。俺だけじゃない。俺たちは船をその音のする方へ進めたんだ。そうしたら、海の上に竪琴を奏でる女がいた。こちらに気が付くと妖女は何かを語り掛けてきた」


 「何だ? 何と言っていた?」


 確か『あの子に伝えて欲しい—』とか.. しかし、つぎの瞬間、大きな力で船が転覆させられたんだ。俺は運よく木片にしがみついたが、他の奴らは船と共に海の底へ引きずり込まれちまった」


 ランシーンは青い顔をして当時のことを語りながら、アシリアを見た。


 「似ている.. いや、似てるなんてものじゃない。その尖った耳に涼しげでどこか憂いを感じるその眼が」


 「エレンフェだ。間違いない」


 「でも、アシリアのお姉さんは水の国リキルスにいるはずじゃ?」


 「わからない。でもこの男が見たのは間違いなくエレンフェだ」


 『そのような話、俺も聞いたことがある。南海の貨物船の船長が、海から美しい音が聞こえるが決して近づいてはいけないと言っていた』


 リットン船長が思い出したように口をはさんだ。


 「西の海に南の海。どういうことだろう?」


 「とにかく、まずはキャスリン王国で水の国リキルスへの行き方を調べて、エレンフェの足跡をたどろう」


 ギガウの言葉にアシリアは頷いた。


 やがて遠くにキャスリンの島が見えて来た。島の中央にあるツルツル崖が太陽の光を反射している。それは天然の灯台だった。沖合の船はその光のおかげで島を見失う心配がないのだ。


 そしてツルツル崖の頂上にキャスリン城が建っていた。


 元キャスリン国の密偵であったマイルにとって5年ぶりにみる城の姿だった。


 遠く城を見つめるマイルの隣でオレブランのスレイが耳を隠すためフードを深く被った。


 「スレイ、いいな、それ。一着、俺にも貸してくれないか? 」


 スレイは無言のまま鞄からフードシャツをマイルに手渡した。


 マイルもスレイのように目が隠れるほど深々とフードを被った。

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