第33話 ホウダンウオ

【前話までのあらすじ】


無事にキャスリン国へ向けて船は出向したが、間もなくギガウがひどい船酔いに襲われた。体力を奪うほどの酷い船酔いの原因を取り除くために、アシリアは森の巫女の力を使うのだった。

◇◇◇


【本編】


 タトゥから地の精霊を取り除いたギガウの船酔いはすぐに軽減された。今ではほぼ普通に過ごすことが出来た。船員から風にあたり遠くの景色を眺めていた方が良いと言われた彼は甲板で過ごすことが多かった。


 一方、黄色魔石に一時住まいする精霊フラカは、ギガウの船酔いが伝わることがなかったので落ち着いて魔石のベッドで眠っていた。


 「ねぇ、アシリア。アシリアのお姉さんエレンフェってどんな人だったの? アシリアみたいに綺麗で優しい人?」


 積み荷の木箱に腰かけて海を眺めるライスはアシリアに尋ねた。


 「ライスが私の何を優しいと言うのかはわからない。でも、エレンフェは私と双子でありながら、私とは正反対のエルフだった。彼女はエルフでありながらも人が好きだった。いや、同族以外の生き物に対して惜しみなく愛情を注げるエルフだった。だから、森の巫女としても私よりも高みの存在だった」


 「そうなんだ。素敵なお姉さんなんだね」


 「ああ、エレンフェは私の自慢の姉だ」


 「ねぇ、森の巫女ってどんなことをする仕事なの?」


 「森の巫女というのは仕事ではないよ。生まれた時に与えられた使命なんだ。知っての通り私たちの生命は長い。その長い生命の中で、エルフは何かしらの使命を与えられている。その使命を時が終えるまで緩やかに行えばいい。ギガウが生まれながら大地を清めているのも私たち同様、精霊に近い存在だからだ」


 「そうなんだね。一生をかけてなんて凄いな。想像もできないよ」


 「そんなことはない。私たちは与えられた使命だが、人はそれを自ら見つけていくだろ? 私には及びもつかない事だ。エレンフェはそれが人の素晴らしさだと言っていた。ライス、お前を見ていて、エレンフェの言った意味が少しわかった」


 「そんなことないよ」


 「いや、お前はロス・ルーラの意志を継ぐことを自ら選んだじゃないか」


 「..うん」


 「ロスは今もお前の心に寄り添っているよ」


 「ありがとう」


 「森の巫女の使命を教えてあげる。私たち森の巫女は精霊と世界の結びつきを見守ることなんだ。船酔いするギガウの中で精霊フラカが同じ苦しみを感じ、それが最悪になっていただろ?」


 「うん」


 「精霊は住処と結びつきが強すぎて、その住処に影響されてしまう。そして結びつきが強いからこそ精霊はなかなか住処を変えないんだ。だから死にゆく木の中に住む精霊は、その木の寿命に引きずられて一緒に死んでしまうこともある」


 「とても不器用なんだね」


 「ああ、だから私たちはそんな精霊に他の住処を与えてあげるんだ。でも、その住処を愛する精霊は、想い出と共に運命をともに選ぶことも多い。だから私たちはその精霊の最期をみとってあげるのよ。あなたは素晴らしい時を過ごしたってね。エレンフェの奏でる竪琴によって精霊たちは安らかに消えて行けるんだよ」


 「とっても素敵な使命だね。アシリアも何か奏でるの?」


 「ライス、私とエレンフェは正反対なんだ。私の役目は住処につられて取り返しがつかないほどに穢れてしまった精霊を解き放つ役目。このルースの弓と矢で。私が奏でるのは精霊の断末魔さ。非情な私にお似合いだろ?」


 「そんなことない。だって矢を放つとき、アシリアはいつも涙を流しているじゃない! 私にはわかっているよ.. アシリアは誰よりも優しい心の持ち主だよ」


 ライスはアシリアを抱きしめた。


 「ライス、お前は本当に温かいな。でも、私はエレンフェを許すつもりはない」


 「え? 」


 「『牢獄の魔道具』。あれに精霊を入れたのはエレンフェだ。私はエレンフェを討たなくてはならないかもしれない」


 「そんな、ダメだよ」


 その時、リジの叫ぶ声がした。


 「みんな! あれを見て!」


 指さす方を見ると、遠くに煙を上げている船が見えた。


 『あぁ、ありゃ海賊船だ。放って置けばいい』


 船員が冷たく言い放つ。


 「え? でも、船には人がいるんでしょ?」


 『いいんだよ。あいつらは時々貨物船を襲っては大切な荷物を強奪するとんでもない連中だ。自業自得だ』


 「だめだよ、助けに行かなきゃ!」


 『あぁ、冗談じゃねぇ。そんな義理もねぇし。それにあいつらホウダンウオの群れに襲われているんだ。この船まで沈められちまうよ!』


 「ホウダンウオって?」


 『見てみろ、あの船の上で花火のように火が打ちあがってるだろ? あの魚は敵と認識したものへ突進しては、そいつが海の藻屑になるまで自爆し続けるんだ』


 海賊船の上空に、さらに激しく花火がうちあがった。


 「だったら、早く助けなきゃ!」


 『ダメだ。俺の船が向かうのはキャスリンだ。そんなに助けに行きたいというのなら、船から降りて、勝手に泳いで行くんだな』


 髪の毛を3つに結った船長が屈強な部下を連れて甲板にやってきた。武闘派の部下たちは指をバキバキならしている。



 ——「ライスの言う通りに、あの海賊船の所へ行くんだ」


 空中に放った木の葉に乗って、アシリアが船長の背後にまわり、その首に刃をあてた。



 「くっ.. いつの間に。 だが、それは出来ない相談だ。近づけば、今度はこの船がホウダンウオの標的にされてしまう」


 「大丈夫。私に考えがあるんだ。リジならきっとできると思うよ」


 ライスが笑顔でリジを見る。


 「え? 私?」


 船長に選択権はなかった。正面からやりあったとしても武闘派の部下など、ギガウに持ち上げられて、逆に海に放り出されるのは明白だ。


 船はなるべく音を鳴らさないように海賊船へ近づいた。


 海賊船は火の手が上がり既に傾き始めていた。そして、容赦なく海から魚が飛び出しては、海賊船に突撃して爆発する。ひとつひとつの威力は小さいが、とにかく数が多すぎる。


 — ヒュゥウ  ポポンッ


 そんな音が無数に聞こえて来る。


 海賊船の船員は近づいた貨物船に気が付くと大きな声で助けを叫び始めた。


 「助けてくれえ! 早く! 船を寄せてくれ!」


 待ち切れず数人が海に飛び込んだ。


 しかし、その水しぶきに反応したホウダンウオが船員に突進して次々と爆発していく。血の色に染まった海の中、船員の肉片に魚たちが貪りついていた。



 — ヒュゥウ ポポンッ



 ついに貨物船に向かって数匹の魚が突進してきた。


 『ああっ! 俺の船が!』


「静かにしろ」


 叫ぶ船長の首に再び刃を押し当てるアシリア。


 「リジ、きっとできるよ。今の精霊フゥならきっとできるよ」


 「わかった。やってみる」


 リジが貨物降ろし機の上に乗ると、屈強な船員がロープを掴んでゆっくりと海面まで降ろした。


 揺れる板の上でバランスをとりながら、ゆっくりと剣先を海に付け、リジは精霊フゥに語り掛けた。


 [ —精霊フゥよ。 天空のジャクがやったように海面を凍らせて!]


 — リィィン


 ガラスをはじいたような音が鳴った。


 海中から細かい気泡が広がっていくと、一気に海賊船一帯の海面が凍結した。


 ホウダンウオがその氷に激突して水中で爆発すると、その爆発が群れに連鎖していく。


 —ボァゴンッ!! 氷の下で大きな爆発が起き、オレンジ色の衝撃に氷がひび割れた。


 ホウダンウオの群れは爆発の連鎖で全滅したようだ。



 海賊船から氷の上を歩いて来る船員は3人しかいなかった。



 降ろされた縄梯子を登ってくる海賊たち。最後に上がって来たのは、片目に黒い眼帯、白い髭をたくわえた絵にかいたような海賊の船長だった。

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