第28話 パーティ
【前話までのあらすじ】
マガラの国にラークマーズの大群が押し寄せる。それは『漆黒の手』と呼ばれる闇の従者ヴァルドルの仕業であった。ルースの矢でヴァルドルの角を折ったアシリア。恨みを買ったアシリアは奴の執拗な攻撃にさらされる。しかし、それはギガウの大地を割るような怒りに火をつける行為だった。
◇◇◇
【本編】
傷つき血を流すアシリアを見たギガウの怒りは地の底から沸くような怒りであった。
巨大なラークマーズが潰れてしまうほどの圧力がかかってもヴァルドルは地に膝を着いた程度だった。
[ —これは驚いた。一瞬だったがこの私が地に膝を着いてしまった]
使役した魔獣を潰され、自分にも攻撃をされたヴァルドルは、既に冷静さを取り戻していた。
そしてヴァルドルはギガウを見据えたまま、新たに呼び寄せたラークマーズに乗ると、岩の上にいるギガウの高さに移動した。
[ —その体のタトゥ、貴様はチャカス族だな]
「チャカス族を知っているのか?」
[ —ああ、知っているとも。ルメーラ国で最も闇の従者に抵抗した種族だ。まだ残っていたのか.. 今の力は凄まじいものだった。賞賛に値する。だが、もうダメであろう? チャカス族は力を引き出すために自分の魂を使う。そして今貴様は灼熱の中にいるはずだ]
「チャカス族の戦士は決してそれを公言しない。それを知る貴様は何者だ?」
[ —私はヴァルドル。かつてはチャカス族の戦士リドと呼ばれていたこともあった」
「穢れ者か!?」
ギガウのその言葉にヴァルドルの眼が血走るような怒りを見せた。
[ —穢れだと! 誰のせいでそうなったと思っている]
ヴァルドルの体に黒い文字が浮かび上がる。それはギガウの体に刻まれているタトゥにそっくりだった。そして手を地にかざすと、ギガウが乗る足元の岩壁が地面に埋もれていく。
「 ..」
[ —何をしても無駄だ。この地は私が縄張りを引いている。地の利は私のものだ。さて、今度のミミズどもの攻撃をお前は防ぐことが出来るかな、ギガウよ?]
ヴァルドルの言葉どおり地中から新たなラークマーズの大群が顔を出した。
「ふん。くだらない」
ギガウは両手を地につけると赤く光る縄張りを張り巡らせた。
[ —上書きなど出来るわけがない。私の強い縄張りを無理やりなぞれば、貴様の精霊はどうなるかは知っているだろ?]
「 ....」
ギガウの鼻から血が滴り始めた。その姿を見てアシリアが叫んだ。
「や、やめるんだ、ギガウ! ダメだ。それ以上は」
「安心しろ、アシリア。今すぐあいつを沈めてやる」
ギガウの縄張りがヴァルドルの縄張りをわずかに浸食しはじめた。
「ぐっ! (精霊フラカ、あいつを許せないだろ? 俺は許せない)」
ギガウの眼や鼻から流れ出た血が砂の大地に滴ると、その場所からわずかに瘴気がではじめた。
「もうやめるんだ、ギガウ!」
叫ぶアシリアにギガウは安心しろと笑顔を浮かべるだけだった。
アシリアの悲痛をしゃぶりあげ、光悦な表情を浮かべるヴァルドルが指をさした。
一匹のラークマーズが巨大な口を広げ、アシリアの背後から姿を現した。
スレイがそれを察知するが間に合わない。
[ —ククク。ギガウゥ、大切なものを無くして、お前も闇に飲まれるかぁ? 私のように]
「ア、 アシリア..」
ラークマーズがアシリアを飲み込もうとした時、凄まじい炎の竜巻がラークマーズを包み込んだ。
—グゲゲゲゲゲェェゲ
声なのか、焼かれる音なのか、もだえ苦しむラークマーズが炭となって砂に崩れ落ちた。
アシリアを乗せた白虎が宙を飛び越え、ギガウのもとへ歩み寄る。
[ —何が起きたのだ!?]
ヴァルドルは動揺を隠せずにいた。
「また私の仲間を奪おうとしたな。許さない..」
炎の熱でゆらめく空気の中から姿を現したのはライスだった。
空がキラリと光るとヴァルドルは驚き後ろに飛びのいた。
パサパサと乾いた音で砂に転がったのはヴァルドルの角だった。
「見た目は少し人に戻ったかしら?」
—バフッ! メイドの服が風に舞い音を立てる。
[ —くそ! 何者だ]
角を斬られた頭を押さえながらヴァルドルは叫んだ。
「お前たちを倒すため来たメイド騎士と果樹園の魔法使いだ」
聖剣「空の羽」をヴァルドルに向けて、リジ・コーグレンは口角を上げながら不敵に言った。
「ラ、ライス!? それにリジ・コーグレン.. なぜ?」
「アシリア、 会いたかったよ。でも、まずはあいつを倒そう」
ライスはアシリアを力強く抱きしめながら言った。
「 ..ああ、そうだな。ギガウを頼めるか」
ライスは力強く頷いた。
白虎が空高く跳躍するとその背に立つアシリアがルースの矢をラークマーズに目がけて放つ。
アシリアは思った。ライスとリジが一緒にいるだけでどれだけ心強く、自分の中に力が沸いてくるのだろうと。
しかし、アシリアは気が付いていなかった。ギガウを想うアシリアの純真に応えるように、ライスが抱擁した時、静謐の魔人ダリも彼女を抱きしめていたのだ。
—ルカ・メドレス—
ライスが唱えると、黒炎がギガウを包み込んだ。そして、地の精霊フラカに溜まった穢れは全て燃やし尽くされた。
「これは!? 何ということだ!」
ギガウの体のタトゥの文字が力強く黄金に輝く。
「さ、ギガウ。あいつを倒そう」
「ああ!」
その様子をひとしきり観察していたヴァルドルは理解した。目の前にいる弓矢使いのエルフ、チャカス族のギガウ、メイド服を着た騎士、そして果樹園から来た魔法使いは、天敵なのだと。そして『深淵の指ラムダグ』はこの者たちと接触したのだと。
[ —そうか.. 貴様らか! 私の指であるラムダグを消し去ったのは]
「 ..違うわ。深淵の指を倒したのは、偉大な魔術師ロス・ルーラよ! そして私たちはその意思を継ぐ者よ! 覚悟して!」
ライスは鞄から式紙を取り出すと宙に放ち、六芒星の耳飾りを指ではじいた。
—ここに怒りあり、その声に応えよ—
紙が激しく燃えると大きな影が現れ、ギガウの中に入った。
ギガウの筋肉かミシミシ音を立て張り裂けんばかりに大きくなっていく。
「ギガウ、あなたの敵なのでしょ?」
ギガウが両手を地面に叩きつけると、凄まじい勢いで炎の網がギガウ中心に広がっていく。
ヴァルドルの張っていた縄張りを一瞬で消し去ってしまった。
[ —ぐああ!! 何だこれは!?]
ラークマーズの大群が一斉にヴァルドルに襲い掛かり、—ガリガリバリバリという無残な音が鳴り渡る。
しかし次の瞬間、ラークマーズの体が破裂すると、飛び出した闇がひとつに固まり、ヴァルドルの姿が再生された。
[ —こんな下等な砂ミミズどもに私がやられるわけがなかろ——]
「無論!!」
ヴァルドルの頭上からギガウの持つ縦槌(たてつち)が振り降ろされると、ヴァルドルの右半分がはじけ飛んだ。
体の半分を消し飛ばされたヴァルドルの唇は震えていた。それは人間であった時以来、感じたことのない感情だった。
逃げようとするヴァルドルだったが体が動かない。
ルースの矢が影を打ち、ヴァルドルは砂漠に縫い付けられたのだ。
「あなたをこのまま逃すことはできない。最後にあなたに教えてあげるわ。私の師であるロス・ルーラ。彼の本当の名は大魔術師リベイル・シャルトよ」
ライスは黒い業火をヴァルドルに放った。
[ —リ、リベイル・シャルトォォ.. ]
ヴァルドルが真っ白になって崩れ去ると、タトゥだけが宙に漂っていた。そして何かを言い残すように文字が並ぶと塵となった。
それはチャカス族の文字だった。意味はギガウだけが理解した。
『—ありがとう—』
この言葉は穢れから解放された精霊の想いだったのか、それともチャカス族の戦士リドの想いだったのであろうか。
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