第27話 激昂
【前話までのあらすじ】
ザイドの情報によって「ラマリ」がいかにマガラ国とルーナ国に重要なものであるかをアシリアは知った。さらにマガラ国でも「牢獄の魔道具」の名が出回っていることに、「牢獄の魔道具」とそれに関わる者は滅殺しなければならないのだと改めて思うのだった。
◇◇◇
【本編】
それはギガウが「ラークマーズの墓場」の調査に出かけてから12日目の昼のことだった。
スレイお勧めのセイブロンのお茶を提供するレイズ地区の飲食店。セイブロンのお茶は森の野草を干した簡単なお茶であるが、その朝の森のような爽やかな香りは、砂の地にいるエルフのアシリアには代えがたい心の癒しとなっていた。
『 —おいっ! 今、王宮の者が町で兵の徴収をしているぞ』
向かいの鍛冶屋の男が店に入って来るなり店主に声を大きく言った。
『 —いったい何があったんだ?』
『 —何でも砂漠からラークマーズの大群が押し寄せているらしい』
その言葉に花弁のようなアシリアの耳が動いた。
「おいっ! その話は本当か?」
アシリアは素早く鍛冶屋を捕まえて詰め寄った。
『いや、詳しくはわからないがサンガ地区では既に兵団が砂漠に向かっているらしい』
「くっ..」
アシリアは足早に店を出ると街を見まわした。確かにあちこちで王宮の兵が町の者に呼びかけている。
「スレイ! すまないが、馬を貸してくれ」
「いいけど、アシリア、まさか砂漠に出るつもり?」
「ああ、そうだ! あんな巨大な魔獣の大群が押し寄せればこんな国ひとたまりもない。私はまだ乗船許可証をもらっていないのだ」
「ダメだよ。砂漠に出たらアシリア弱っちゃうじゃないか」
「ここに居ても奴らが襲ってきたら同じだ」
「 ....わかった。僕が馬車を出すからアシリアは荷台に乗って体力を温存して」
「すまない。スレイ、頼む」
・・・・・・
・・
ラック砂漠には王宮からの騎馬隊と歩兵が隊列を組んで砂丘の上にいた。
スレイの運転する馬車も遅れて砂丘に到着すると、いきなり大きな砂嵐が巻き起こり視界を遮った。
砂埃がおさまっていくと対峙するように向かいの砂丘に黒髪の男がひとり立っていた。
「あいつは..」
「アシリアさん、あいつは確か追放された王族の男です。ですが.. 人ではありません。心臓の音も呼吸音もしない。何なのでしょうか?」
[ —私の名はヴァルドルだ。『深淵の手』のヴァルドルだ。今から貴様らの国を叩き潰す!]
「我はマガラ国騎馬部隊 総指揮か—— 」
ヴァルドルが右手を振り上げると、獲物を捕らえるアメーバのように大量の砂が指揮官に襲い掛かる。そして吞み込んだ砂がバサリと落ちると、干からびた制服を着たミイラが姿を現した。
—カ..カカカカ.... 口から乾いた音を鳴らしボロボロに崩れ落ちるミイラ。
[ —誰がしゃべっていいと言った。私の話の邪魔をするな!!]
その馬鹿でかい声と共に男の容姿が黒い瘴気に包まれ変化した。
頭からは異様に長く尖った角が二本生え、口元はラクダの口のようにだらしなく、ベッと吐いた唾は紫色だった。
[ —貴様らに問う。 貴様ら『ラグダム』という者を知っているか?]
騎馬隊、歩兵ともその聞いたことない名前に顔を見合わせるばかりだった。
ヴァルドルの足元から砂の棘が飛び出ると5人の騎馬隊員を馬ごと串刺しにした。
[ —私の質問に応えぬか!]
しゃべれば殺され、黙っていても殺す。何とも理不尽!
「そんな間抜けな名前の者など知らないわ!」
スレイが真っ青になった。
大声で言ったのはアシリアだった。
[ —変な気配があると思ったが、エルフか! 良い度胸——]
ヴァルドルが話し終わる前にアシリアの翠の矢が天空から無数に分裂し、奴の頭をめがけ降り注ぐ。
—ドガガガッ
地響きがするほどの音を鳴らし突き刺さる矢だったが、全てはヴァルドルが咄嗟に作った砂のシールドに防御された。
いや、全てではない。上からの攻撃と同時に放った本命の一本がヴァルドルの角をへし折っていたのだ。
[ —ククク.. やるな。ただのエルフではないらしい]
それを見ていた最前列の騎馬隊が意を決して、ヴァルドルを目指し砂丘を下った。
その瞬間に地中から巨大なラークマーズの口がいくつも現れ騎馬隊を飲み込んだ。
—ガギギギ と口の中の棘のような歯で騎馬隊を噛み砕く音が生々しい。
[ —人間などいつでも殺れる。だが、エルフ、貴様は私の角を折りおった。貴様の泣き叫ぶ声を聞かねば気がおさまらぬ!]
ヴァルドルが指を鳴らすと地表の砂が巻き上がり砂煙で視界が消えた。
[ —エルフ、何も見えないだろう。貴様には私の可哀想な角と同じ痛みを味あわせてやる]
—シャ
僅かな音共に長く鋭い砂の棘がアシリアをかすめるように飛んでくる。
腕をかすり、脇腹をかすり、内腿をかすめる。
まるでアシリアの体を舐めるように棘はかすめ、その度にアシリアの傷から血が流れる。
[ —ほう、これは美味だ。エルフの血がどのようなものか興味深かったが、人間のようなえぐみがない]
実際に棘を通じてヴァルドルはアシリアの血を味わっていた。そしてついにアシリアの肩に棘が突き刺さる。
「グァ....」
何にも負けない精神力を持つアシリアがこの世のものとは思えない痛みに顔を歪ませ声をあげた。
[ —んん~。満足、満足! ならば、今度はお前の全身に穴を開けて、その血を味わうとするか! 死ぬがいい!]
幾つもの長い棘がアシリアを目掛けて伸びた!
[ !! なんだ? 外した? 何が起きた?]
ヴァルドルは姿を確認するために舞い上げていた砂を地表に落とした。
[ —いない! どこだ? ギャアアアアアアア!]
ヴァルドルの片目が潰された。
[ —なんだ...と]
砂にくっきりと移ったヴァルドルの影に黄色の矢が突き刺さっていた。
「くっ、はずした!」
アシリアの声は空中からだった。
スレイは並外れた聴覚と嗅覚によってアシリアを見つけると、オレブラン(獣人)の脚力によってアシリアを抱いたまま跳躍したのだ。
[ —お、おのれ~]
「アシリアの矢で泣き叫んだのはお前の方だったな」
スレイは耳をと中指をピンと立てて言い放った。
[ —くそぉ。 私の影を攻撃して傷をつけるだと! なんだ、この矢は!]
「それは森の巫女だけが使うことが許される黄色の矢だ。物体を持たない敵を倒すための矢。残念ながら、少し外しはしたけど、お前の力はだいぶ弱まったはず」
[ —くっくく。だがわかるぞ。この矢、貴様も何かを犠牲にしているのだろう。貴様の力も弱まっているではないか]
瞬時に見抜くヴァルドルはさすが闇の従者「深淵の手」という強者だ。アシリアが初めからこの矢を使わなかったのは、使いたくなかったからなのだ。この矢はアシリアの霊力を込めて放つ、トドメの矢。何回も放つことなど不可能。ましてや放った後にはアシリアの生命力が半減してしまうのだ。
[ —しかし、角だけでなく私の目までも射抜くとは.... このぉおお! 忌々しい下等生物め! もうよい。貴様ら全員ラークマーズに食べられてしまえ]
激昂したヴァルドルが両手を煽り立てると、何十というラークマーズが獲物を捕らえる雷魚の様に一斉に砂から飛びあがり、騎馬兵団、そしてスレイとアシリアに向かって巨大な口を開けて襲い掛かる。
—ズガガガガン!!
凄まじい地鳴りが大地を揺らす。アシリアたちの前に巨大な岩壁が立ちふさがりラークマーズはその岩壁にぶち当たった。
続いて凄まじい重力によってラークマーズの体がひしゃげて潰れた。
炎のように浮かび上がる体の文字。岩の上に立つ男はチャカス族の戦士ギガウだった。
「貴様ぁ、よくも俺の大切な花を傷つけたな!!」
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