第16話 水の格付け

【前話までのあらすじ】


港町ケロットから馬車で砂の国マガラに辿り着いたギガウとアシリア。少年スレイの正体は最果ての森のオレブラン(獣人)であった。彼が2人を馬車に乗せたのは親切心ではなかった。この国では親切はない。全てには対価があるのだ。スレイは手持ちの魔石全てを請求したのだった。しかしスレイにも良心はあった。2人に少し魔石を返すのだった。

◇◇◇


【本編】


—砂の国 マガラ—


 スレイの家は、積み重ねた石の上に木板を乗せ、そこに重石を乗せているような粗末なものだった。


 しかし、そんな家でもアシリアやギガウが文句を言うことなどなかった。


 アシリアは森の中で眠り、ギガウも山育ち、2人に贅沢などは無縁だからだ。


 「スレイ、親はいないのか?」ギガウが聞いた。


 「親ね.. 父さんと母さんは、きっと今も『最果ての森』で暮らしているよ。僕は2人の反対を押し切って森から飛び出したんだ」


 「寂しくはないか?」


 「寂しくなることはあるよ。でも、もう慣れたよ。僕はこう見えてもギガウよりもずっと年上なんだぜ。さすがにエルフのアシリアにはかなわないけどね」


 「ギガウ、オレブランやエルフは長い命を持っている。だから私たちは終わりから数えることをしない。そのぶん、人より寂しさを感じることは少ない」


 「そうそう、でも僕はこんな見た目でもギガウの3倍くらいは生きてるよ。アシリアは... まぁ、エルフにしては若いほうだね」


 「 ..驚いたな」


 「ギガウ、それでも私が お前と今を生きていることに変わりはないだろ?」


 アシリアはギガウの眼を見つめていた。それはギガウに認めて欲しいと願うような眼差しだった。


 「ああ、そうだな」


 アシリアとギガウはしばし見つめ合っていた。


 「うほんっ! ねぇ、ところで、2人はこの国に用があるんだろ?」


 「 ..ああ、そうだ。悪いがこの国の裁定所というのはどこにあるんだ?」


 「この国にはそんな機関はないよ。この国は砂漠から見たとおり、国と言っていいものかわからないほど小さい。なんせ、水の近くにしか町を広げることが出来ないからね」


 砂の国マガラは西に位置するライ山脈に広がるルーナ国の姉妹国である。もともとはマガラ国より派生したルーナ国であったが、今やマガラ国はルーナ国に物資を供給するために存在するような国となっている。


 スレイは水瓶の蓋を取りそこからお椀に水を掬ってくれた。


 しかしその水の量はお椀の底をうっすらと覆う程度しかなかった。


 それを少し恥ずかしそうにスレイは2人の前に差し出した。


 「スレイ、お前は飲まないのか。うん。あまり喉乾いてないからね.. あっ、やっぱりちょっと少ないよね。そうだ。魔石もらったからこれで買って来るよ」


 そういうとスレイは走って家を出て行ってしまった。


 スレイの家の中は家具というものはなく、私物は木箱に入れて重ねているような状態だった。


 しばらくすると手に持てるほどの水瓶を抱えてスレイは戻って来た。


 「ほら、これで乾いた喉を潤してよ」


 スレイの腰ひもを見ると魔石をいれた袋がなかった。


 「スレイ、お前、魔石はどうした」


 「う、うん。この水がそうだよ。この砂漠では何より水が大切なんだ。今日は奮発して買って来たよ。さっ、飲もう! 僕も飲むぞぉ!」


 「お前、この水にまさかあの魔石をすべて使ったというのか」


 「仕方がないよ。ライ山脈での水の精製が少なくなったせいで、この地区の水脈は制限されているんだ。国で行っている節水ってやつ」


 「だが、それでもあの全ての魔石でこれだけって、足元みられたのではないか?」


 スレイは笑うばかりだった。


 その時、スレイの家の前に近所の住人が訪れた。


 「スレイ、いるかい?」


 「あっ、タラばあちゃん」


 「スレイ、おまえ—」「ああ、ちょっとあっち行って話そう、ばあちゃん」



 しばらくして、スレイが帰って来るとアシリアが言った。


 「お前ほどのお人好しはふたりめだ。お前、近所に水を分けたのか?」


 「なんで!? そんなことないよ」


 「隠すことはない。エルフの耳もお前ほどではないが良いんだ。お前とばあさんの会話は聞こえたよ」


 「だって、俺なんかはまだいいけど、あのタラばぁちゃんみたいな人たちは大変だからね」


 「そうか.. スレイ、なぜ俺たちに隠そうとする?」


 「別に人に話す事じゃないよ。それよりもさ、後で街を案内するよ」


 そういうとスレイはフードを深くかぶり馬車の準備をした。


 「最果ての森」を離れ国から国へ移り住んでいたスレイは、森の香りがするアシリア、土の香りがするギガウが居るだけで、浮かれていた。


 最初こそ、悪びれていたが、今は客人を喜ぶ子供のように、自分の住む街を案内したかったのだ。


 マガラの国は大きなライ山脈を囲むようにできていた。国王やその王族、または金持ちの貴族が集まるサンガ地区には、宮殿のような建物や豪華な家ばかりが立ち並んでいる。そして施設や会社などで働く富裕層がレイズ地区に住んでいる。スレイたちのような末端で働く貧困層の住処はクタ地区に集められていた。


 地区に立ち入ることに特に制限はないが、クタ地区の住人がサンガ地区に入ることはほぼなかった。綺麗な街にある公園の噴水が作り出す虹はサンガ地区の豊かさを物語るようでもあった。だがそれに反して、そこにある差別は酷いものだった。子供ですらクタ地区の人間に石を投げつけるほどだ。例外があるとしたら、スレイだ。


 「よぉ、スレイ。お前がここにいるなんてめずらしいな。またうちの荷物を頼むよ」


 「はい、アブドさん」


 サンガの街を歩いていると、スレイは度々身なりの良い人に声を掛けられていた。時にはわざわざ馬車を止めてまでスレイに声をかける人物もいた。


 むしろスレイに対して冷たかったのはレイズ地区の人間だった。中には『クタの人間の癖に調子に乗るな!』と罵る輩もいた。街並みは中流階級の住宅地が続いていた。住宅にはそれぞれ、その家用の井戸が掘られていた。歩いている最中、アシリアの靴が水を踏んだ。どこかの家の汚水が道路に流されていたのだ。


 そしてクタ地区は石で粗末に作られた家がひしめいている。それは砂と風を防ぐ場所と言った方がふさわしいものだった。ところどころにある井戸を覗いたが、水があるようには感じなかった。


 それぞれの地区の案内が終わり、家に帰ると、ギガウがある疑問をスレイに尋ねた。


 「スレイ、お前はなぜこの地区にいる? お前の身なり、サンガ地区との交流、そして所有する馬車からして、お前は少なくともレイズ地区に住んでいてもおかしくない。お前にはそれなりの仕事があるのだろ? なぜ、このようなクタ地区に住むのだ?」


 「 それは.. だって、僕がいなくなったらタラばぁちゃんとか困るだろ。そもそも僕はレイズ地区では嫌われているしね。見たでしょ? 僕への冷たい眼を」


 「なぜレイズ地区の人々だけがお前に冷たいのだ?」


 「それは、僕がレイズ地区の住人の仕事を奪っているからなんだ。僕は馬車で運送するけど、どの運送人よりも早く届けることが出来る。なぜなら、僕の鼻・耳・方向感覚にかなう運送人などいないからだ。だからサンガ地区の金持ちたちは大切な荷物を僕に運ばせるんだ。早い・安全・確実に。これが僕の基本方針さ」


 ギガウとアシリアはサンガ地区、レイズ地区、クタ地区の人々のスレイに対する態度に納得できた。


 「ところでだ、スレイ。ここの国の水脈が少なくなっているというのは嘘だぞ。俺は行く先々で、地の精霊に教えてもらったから確かだ」


 「..うん。知っていたよ。それは何となくね。この国では何よりも水に大きな価値を付けている。だから水を自由に使えるかどうかは、この国の人々の格付けを意味するんだよ。クタ地区が使える水はごく少量の汚水が混じる水だけなんだ」


 「なら、このギガウに任せろ。このクタ地区に水の心配など不要にしてやる」


 そういうとギガウのタトゥが水色の光を灯しはじめた。


 ギガウがその場に両手を着くと—ゴンゴンゴンと下から突くような振動がしばらく続いた。


 「スレイ、井戸の中を見てみろ」


 井戸の中はじわじわと水が染み出すように満たされていった。


 「す、凄い! 水だ! 水があふれている」


 「 静かに! スレイ、この地区の人にも言うんだ。この水のことは他言しないように」


 「うん」


 スレイが井戸の水を掬っていると、クタ地区の人々が集まってきた。


 ギガウは、この地下にある水脈を押し上げ、井戸の水が、他の地区に流れ出ないように岩の栓をした。


 奇しくもそれはマガラ国の水脈管理委員の中にいる精霊使いと同じことをしていたのだ。その精霊使いは魔石をあしらった腕輪をつけていた。

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