第13話 契約密偵
【前話までのあらすじ】
深夜、リジの住むコーグレン家の別宅に侵入したのは、ペドゥル国で興信所を営んでいたマイル・レッタだった。マイルは果樹園から引き揚げる2人の跡をつけてきたのである。その先にロス・ルーラがいるものと思ってのことだった。マイルはロスの死を告げられると、2人にロスから受けた以来とそのことによって引き起こされた事件について話し始めた。
◇◇◇
【本編】
「—というわけだ。俺にはロスさんが『形のない宝石』ってやつを探している理由は、まったく知らないけどな..」
「大丈夫よ。その理由なら私もライスも知っているから」
「そして俺はペドゥル国の役人に金をばらまいて『形のない宝石』を目撃したと思われるラリホ・ポーラ婦人との面談を取り付けたんだ。華貴族のゆるい幽閉とはいえ、苦労したぜ」
「ラリホ・バスね。一度、コーグレンの本宅で会ったことあるわ。貴金属を着飾っている嫌な女だったわ。今も相変わらず?」
自分で聞いておきながら、リジは別に興味などないというように、手ではらい退ける仕草をした。
「ああ、相変わらずなご婦人だった。もう死んだがな」
「え!?」
マイルは大きく息を吐いて話をつづけた。
「 ..俺はロスさんが来るまでに彼女の家で待機していた。突然の彼女の悲鳴に駆けつけると、彼女は無残にも皮だけになっていたよ。 あれは、長い鼻を持つ化け物だった。俺は奴らに囲まれ、死を悟ったよ。しかし、どこからか鐘の音が聞こえると、あいつら突然、目の前から消えたんだ」
それが退魔魔法『祝福の鐘』の音だということは、ライスもリジもわかった。
「あいつら、きっとラリホさんの皮を着て、ロスさんを待ち伏せするつもりだったんだ。なぁ、 『形のない宝石』ってヤバイ代物なんじゃないのか? ロスさんが襲われたのもそれのせいだろ?」
「ううん。ロスさんが襲われたのはまったくの別の理由だよ。でも、『形のない宝石』と無関係じゃない。マイルさん、あなたを襲ったのは『深淵の指ラムダグ』という闇の従者よ」
「闇の従者!? そんなヤバイ奴らとロスさんがなんで?」
「ロスさんの本当の名前は大魔術師リベイル・シャルト」
「俺は古い王国キャスリンの密偵だった。当然リベイル・シャルトの名も知っている。
伝説の勇者パーティの魔術師だ。 何言ってんだ? それがロスさんだって? 冗談を.. その人は600年以上前の人物だぞ?」
「本当のことなの。リベイル・シャルトは禁呪を使い600年もの長い年月をロス・ルーラとして孤独に生きてきたのよ。ただ、『形のない宝石』を求めて」
ライスは目に涙を溜めながら語った。そしてそれが真実なのだとマイルは思った。
「マイルさん、詳しくはライスの部屋にあるロスさんが書いた記録を読むといいよ」
リジの言葉にマイルは即答した。
「いや、俺は読まない。これ以上のトラブルは御免被る。おかげで俺はペドゥル国を追われているんだ。親父だって今はリヨンさんの貯蔵庫に身を隠している。俺たち親子は一生、ラリホ・バス殺しの容疑者として逃げ回らなきゃならない」
「 ..わかったわ。ならコーグレン家と取引しましょ」
「取引だ?」
「そうよ。あなたのお父様はヴァン国で新しい名前で暮らす。生活もちゃんと補償してあげるわ。このリジ・コーグレンが約束する。祖父のワイズだってあなた方には世話になっていたから反対などしないわ。いや、私がさせない。 その代わり条件がある。あなたは、私たちの密偵になるのよ」
「 ..は、ははは....密偵に嫌気がさしてキャスリン王国から逃げてきた俺に密偵になれだって? あんた冷徹女かよ」
「嫌ならいいのよ」
「誰が断ると言った。呑むぜ。その代わり親父を頼む。あの人とは血こそ繋がっていないが俺の親父だ。コーグレン家が約束を守るなら、俺はこの身をあんたらに預けよう」
「じゃ、契約成立ね」
リジはかつてロスがやったように手を差し出した。そしてマイルと固く握手を交わした。
「じゃ、早速調べて欲しいの。ラリホさんはどこで『形のない宝石』を見たのかを。例えばあの人が自ら馬に跨って旅したとは思えない。きっと馬車を使ったはず」
「ああ、それならすでに調べた。御者は行方不明になっている。おそらくはもう..」
「あいつら、罪のない人を次々と!」
ライスがロスのことを思い出し感情的になっていた。
「ライス、落ち着こう」
「でも、あいつらきっと『形のない宝石』の情報を潰していたんだ。今までもずっと、こうやって」
「2人とも、俺はやっぱり持ってる男なんだと思うぜ。そんな俺を雇うあんたらは運がいいんだ。俺には『形のない宝石』の在りかがわかっている。さっきはもう関わらないと思って黙っていたけどな」
「なんですって? それはどこなの!?」「いったいどこ!?」
リジとライスは同時に声をあげた。
「それは、始まりの3王国のひとつ南の島の王国キャスリン。俺がいた国だ」
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