第12話 侵入者
【前話までのあらすじ】
アシリアとギガウは厳しいラック砂漠を縦断し、海へ辿り着いた。そして港町ケロットにて大きな貨物船を見つける。船員に「乗せて欲しい」と頼むが、キャスリン王国へ渡るには砂の王国マガラの許可が必要なのだ。マガラへ行くにはまた砂漠を戻らなければならない。膝を折りそうになるアシリア。しかし、馬車に乗る少年から救いの声がかかった。
一方、祠からロスの本と式紙ルシャラ先生をブレンの街へ持ち帰ったライスとリジ。しかし、彼女たちは跡をつける影にまったく気が付いていなかった..
◇◇◇
リジの住まいで、ライスは祠から持ち出した本を部屋の棚に綺麗に並べた。
日記というか記録については年代順に並べてみた。
ライスが特に夢中になっていたのは、ロスの過去よりも魔法書の方であった。
自分が使えそうな火属性の魔法や今まで使った事がある魔法を紙に書きだしてみた。
[—ハリュフレシオ—]
そしてライスは小さな火を指先に出すと考えていた。
——
あの時、大魔法「祝福の鐘」を使ったためにラムダグという強者がロスさんを探しに来た。しかし、今までロスさんに教えられた魔法を使用しても奴らが来ることはなかった。奴らの魔法を感知する能力は決して高いものではないんだ。
あの「祝福の鐘」という退魔魔法に対して反応しただけだ。そうだ。だから奴らはあの魔法を使ったのが私なのに、ロスさんが使ったものと思い込んでいたんだ。
——
夕食も済ませ、既に深夜となっていた。
明日からルシャラに式神の特訓を受けようと思ったライスは、指先の灯を消すとベッドに入る。
天井を見ていると、肩を抱いてくれたロスの温もりを思い出した。
「ロスさん..」
ライスは布団を被ると目を閉じて眠りについた。
・・・・・・
「(いないか.. どこに身を隠した.. くそ.. 旅にでも出てやがるのか?)」
「動かないで」
侵入者の首に風が周り込んでいた。
侵入者が体の向きを変えようとすると、リジは言った。
「それ以上動くと、風があなたの首を落とすわよ。今の私に手加減はないわ」
「ま、待ってくれ。俺だ」
「その声は?」
「ああ、俺だよ。マイルだ。そっちを向いていいか?」
「まだだ。あなたが本物かわからないわ.... 『ノミの跳躍競争全記録』の値段は?」
「48000プレンだ」
「やはり、あのくだらない本にそんな値段を付けたのはあなただったのね、マイル」
窓から射し込む月明りにマイルが振り向いた。
「よう、コーグレン家のお嬢ちゃん、久しぶりだな」
「うん。今、明かりをつけるね」
リジが部屋のランプを灯すと、マイルは右腕に傷を負っていた。
「どうしたの? マイル?」
「ああ、ちょっとな.. ところで俺の気配に気が付くなんて腕を上げたな」
「うん。ちょっと仲間が使う能力を応用したの。この家の敷地内の空気に精霊フゥの『縄張り』ってやつを張り巡らせたの。だから人が歩く空気の流れを察知できるのよ」
「ほぉ、凄いな」
「ちょっと待ってて。今、薬と包帯を持ってくるから」
リジは1階の居間に薬箱を取りに行くと、ついでにライスを起こして戻ってきた。
マイルの腕に包帯を巻いていると、ライスが階段を登って部屋に入った。
「さ、話して。何であなたがここにいるの?」
「あ..ああ、実はちょっと探し物をロスさんに頼まれていて、それで.. 来たんだよ」
「それじゃ、ここに侵入した理由にならないわ」
マイルは観念したように話し始めた。
「わかった。俺は果樹園に行った。果樹園はあの様子だし、空には魔獣人が偵察してやがる。ロスさんの姿も見えない。やばいことが起きていることはわかった。俺が身を隠そうと思っていたところに丁度、君らが現れたんだ。だから君らの跡を付けて来た。ロスさんはいったいどこにいるんだ?」
「ロスさんはもういないよ」
「やっぱり旅に出てるのか。大切な用事があるんだ。場所を教えてくれないか?」
「違うんだ、マイルさん。ロスさんは死んでしまったの」
「は、ははは。そういう設定か。大丈夫だ。誰にも言わない。お願いだ、ライス」
「残念だけど、本当。もし、ロスさんに用事があるのなら、代わって私たちが聞くよ」
「そうか.. どっちだ? 俺が先だったのか? いや..まさか、俺は泳がされていたのか?」
「何を言っているの?」
「ロスさんと俺は奴らの餌に食いついてしまったんだ。君たちは関わるな。俺も姿を隠す。いいか、誰かが俺のこと尋ねても、今日のことは言うな」
マイルは急いで部屋を出ていこうとドアに向かった。
「待ちなさい!『形のない宝石』」
「何て言った!? リジ、なぜその宝石を知っている?」
「私だけじゃない。ライスも知っているわ。やっぱりそうなのね。『ロスさんの探し物』でピンと来たわ」
「 ..だめだ。これ以上踏み込むな。それのせいでロスさんは殺され、俺も殺されかけたんだ」
「何ですって!?」
「君らも危険だ。できれば、ハーゲルまで戻って警護を付けてもらうんだ」
「マイルさん、聞いて。私にとってロスさんは親切な人だった。父のようにたくましくて、兄のようにやさしくて.. とても大切なひとだった。私はロスさんの意志を継ぐって誓ったの。だから、知ってることを全部話して」
ライスのまっすぐな眼差しにマイルはその覚悟をみた。そしてかつては王国の隠密であった自分が狼狽えてたことを恥ずかしく思っていた。
「わかったよ。その前にリジ、君の『縄張り』って奴の警戒をもっと強めることはできるかい?」
グラスを指ではじく高く伸びやかな音がした。
「うん。まだ、できるって精霊フゥが言っている」
コーグレン家の敷地内につむじ風が吹き始める。
「じゃあ、ロスさんに頼まれたこと、その結果に起きたこと、そして俺の推察について話そう」
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