第11話 港町ケロット

【前話までのあらすじ】


祠を包む林の入口に貼られた1枚の式紙。そこから召喚されたのはルシャラと名乗る銀髪の女性だった。彼女はロス・ルーラが式神の技術をライスに受け継がせるために残した保険だったのだ。「お前は式紙の技術が必要か?」と問われたライスは、ロス・ルーラが残した魔法も果樹園も式紙もそしてその宿命さえも受け継ぐことを誓うのだった。

◇◇◇


【本編】


いくつもの山と森を越え、果てしない広さのラック砂漠。森のエルフのアシリアには決死の旅だった。どうあっても姉妹国である王国キャスリンへ行き、水の国リキルスの行き方を知らなければならない。アシリアとギガウはひたすら南の海を目指していた。そしてついに潮の香りのする風が二人を迎え入れたのだった。


—ラック砂漠~南の沿岸—


 一晩歩き続け、何とか沿岸に辿り着いたアシリアとギガウだったが、海沿いに都合よく舟などあるわけもない。


 それよりも森で暮らすエルフのアシリアと北の山で暮らしていたギガウにとっては海というものを見るのが初めてだった。


 「なんて広さだ。この水だまりの向こう側が見えぬではないか」


 そんな言葉しかアシリアは吐き出すことが出来なかった。


 「ああ.. 俺は勘違いしていた。海という所に行けば、すぐにでもキャスリン王国が見えるものだと思っていた」


 「私は海というものを初めて見たが、ギガウ、お前もなのか?」


 「ああ、俺は親父の話でしか聞いていなかったからな」


 「どうしたらいいのだ? 泳ぐにしてもこんなに広ければ溺れてしまうぞ」


 「そうだな。とりあえず海に沿って歩いてみよう」


 幸いなことに海沿いには林が続いていて、アシリアが歩くのには好都合だった。また、林の木々は地下水脈から吸い取った水を幹や枝のコブに蓄えていた。そのコブにナイフを入れれば、簡単に水を飲むことができるのだ。


 およそ4時間も歩くと、2人は休憩した。歩いている最中に見つけた木の実と砂漠にすむ砂ウサギを捕まえて、食事をした。


 2人の間はとても静かなものだった。もともとアシリアは人と関わらない性格だし、ギガウも山で父親と静かに暮らしていたからだ。


 「 ..ギガウ、お前は何も聞かぬのだな。私がなぜこの旅をしているのかを」


 「『牢獄の魔道具』から精霊を救うためだろ? 俺はライスがなぜ『氷のアシリア』と呼ばれるお前を慕っているのかわかったよ。お前の殺しは穢れてしまった精霊を想ってのことだ。今回の旅も、それに関係しているのだろ」


 「 私は.. 私は、ライスが言うような者ではない。精霊を解放するのは私の責任だからだ」


 「責任?」


 「『牢獄の魔道具』には、おそらく私の姉が関わっている.. 私たち姉妹は森の巫女なのだ。精霊の声を聞き、穢れを取り除くのが私たちの役目だった。森の穢れは魔獣を生んでしまうから」


 「俺たちチャカス族の役目に近いな」


 「そうかもな。しかし、精霊を守るべき者が精霊殺しをするのは、やはり森の『恥さらし』だな」


 そう言うとアシリアは目を塞ぎ自嘲していた。


 「お前が誰に森の恥さらしと言われていようが、大地はそうは思っていない。このチャカス族の末裔、ギガウは本当のお前を見ている」


 「 ....腹も満たされた。少し眠っていいか」


 「そうだな」


 アシリアはギガウに背中を向けて眠りについた。ギガウからは彼女がどの様な顔をしていたか見ることはできなかった。


 ・・・・・・

 ・・


 その後、一時間ほど海岸沿いを歩くと、塔を持つ町が見えた。


 その場所は港町ケロット。


 「アシリア!」


 「ああ、あれだ!」


 アシリアとギガウの見る先には、海に浮かぶ大きな船が何艘も繋がれていた。


 町に入ると、行商人たちで溢れていた。旅人が訪れ、自然にできた町というよりも、交易のために作られた施設といった感じだった。


 とはいえ、血気盛んな海の者が集まれば、物資を補給するための店から酒場や歓楽に溺れる場もある。


 物見高い行商人が多く集まる町で、行き交う人々の視線はエルフのアシリアに注がれていた。いつもは、それを嫌って葉の陰に身を隠している彼女だが、今はそんなことを気にも留めず、ただ、港に係留された大きな船に向かって歩を早めた。


 船の近くには荷物の積み下ろしを指揮している男がいた。


 アシリアはその男に近づくと言った。


 「この船でキャスリンへ向かってくれ!」


 人にものを頼むことを得意としないアシリアらしい言葉だった。


 「何、寝言言ってやがる! 邪魔だ! あっちへ行け!」


 肩を突かれたアシリアがナイフを手にしようとすると、すかさずギガウが間に入った。


 「すまない、私たちはキャスリン王国へ行きたいのだが、船に乗るにはどうしたらいいのだろうか?」


 流石に大きく屈強なギガウの肩を突くなど出来ない。男はたじろぎながら答えた。


 「ど、どうしたらって、キャスリンへ行くにはマガラ国の許可が必要だ。あんたら、見合うもの持っているか?」


 「見合うもの?」


 「金だよ。それかそれ以上に価値あるものだ。マガラは物々交換の国だ。それがなきゃ、許可証はもらえない。まぁ、あのエルフがいろいろしてくれるなら、こっそり乗せてやらんでもないがな」


 ギガウは男の耳元に顔を寄せると小さな声で言った。


 「今度、俺の大切なものを侮辱したら、首をねじ切るぞ。仕事に戻れ」


 男は真っ青になり、うわずった声で積み荷の指揮を続けた。


 「ギガウ、奴は何と言っていた」


 「すまない、アシリア。俺たちはまたラック砂漠を戻らねばならないようだ。ライ山脈の麓にあるマガラ国で許可証をもらう必要があるそうだ」


 「そ、そんな..  仕方がない。ギガウ、しばらく目をつぶっていてくれないか?」


 「何をするつもりだ? 脅そうとするのならやめておけ。目的を忘れるな、アシリア。キャスリン王国で俺たちは手がかりを掴まなければならないのだろ? その為にはトラブルは避けなければならない」


 「だけど、ギガウ..」


 ギガウにはわかっていた。エルフのアシリアにはもう砂漠を渡るだけの体力も精神力も残されていない。


 「 ..ごめん。泣き言はダメだな。よし、戻ろう」



 『乗るかい?』



 その声のする方を見ると、レイク2匹を繋いだ馬車から少年が声をかけて来た。


 「あんたたち、マガラへ行くんなら乗っていきなよ」


 「いいのか? 少年」


 アシリアが聞き返すと、少年は被ったフードを直し、微笑みながら馬車へ促した。


 「助かる。ありがとう」


 アシリアとギガウはホロ付きの馬車に乗り、砂漠の国マガラへ向かう。

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