第10話 シャルト家の始祖は異世界人

【前話までのあらすじ】


ロスの遺品をとりに果樹園の祠に辿り着いたライスとリジは祠周りに『闇の従者』対策の結界が施してあることに気が付く。そしてその林のとある木に式紙が一枚貼られていた。ライスがそれに触れると式紙は白銀の髪をもつ女性へと変化した。彼女はルシャラと名乗った。

◇◇◇


【本編】


 祠の奥の洞窟へ入ると、リジ・コーグレンは岩となった勇者パーティの前で足を止めた。


 「これが勇者ソルト.. 魔術師リベイルの仲間たち..」


 顔の半分が醜い化け物の石像だ。


 しかし、戦士エミの閉じた瞼に悲しみを感じる。この辺の感覚はライスよりもリジの方が繊細なのかもしれない。


 真横で無表情でそれを眺めるルシャラ。リジは試しにルシャラに尋ねてみた。


 「ルシャラさんは、この3人を知ってたりするの?」


 ルシャラはリジに何の感情もないような瞳で言った。


 「知るわけがない。私は教えるだけの存在。リベイルの記憶のひとコマから作られた存在だ」


 「記憶のひとコマ?」


 聞き返すが、ルシャラはそれ以上、何も話さなかった。


 そんなルシャラの顔をライスはじっと見たまま黙っていた。


 本棚のある部屋に入ると、リジとライスはあらかじめ用意していた大きめの麻袋に本を片っ端から詰め込んだ。棚から本が無くなった時には、麻袋は4つにもなっていた。


 袋をうまく鞍に括り付けると祠を後にした。


 勇者パーティの石像は祠に置いたままだが、『闇の従者』に対して対策をしてあるこの場所はどこよりも安全なのだ。


 荒れ果てた果樹園を抜け、森の道に入ったところでライスがルシャラに質問をした。


 「先生、先生が教えた中で一番、優秀だったのは誰でしたか?」


 その質問を投げられたルシャラは優しげな表情に変化すると言った。


 「それはリベイルだよ。まったく覚えが悪くてな。だがあの子は努力することを怠らなかった。そのことに関しては、あの子は私よりも優秀だ」


 その言葉でライスは確信した。


 ロスが消え去る前に見せた本当の姿。白銀の長い髪。そして目の前にいる彼の記憶のひとコマから作られた式紙ルシャラ。


 ルシャラはロス、いやリベイル・シャルトの母親なのだ。


 そしてライスはもうひとつ質問をした。


 「シャルト家について教えてください」


 自分が慕ったロス・ルーラがどんな人であったのか? どんな環境で育ってきたのだろう。ライスの興味本位な質問だった。


 「ライスよ。もう勉強を始めるのだな。いいことだ。では、お前にシャルト家のことを教えてやろう——」


——

 我々、シャルト家は代々、式紙使いの家系だ。皆が、自分の強力な式紙をひとつ持っている。私にタマちゃんがいるようにな。だが、あの子はそれを持てなかった。あの子は自分に劣等感を覚えていたようだ。


 それを補うためあの子は、旅をするある女性から魔法を習ったのだ。


 式紙も魔法も研究と厳しい鍛錬によって積み上げていったのだ。立派だよ。



 ——ルシャラの顔は我が子を誇らしく思う母の顔をしていた。



 ああ、話を元に戻そう。


 シャルト家の歴史は古くはない。ご先祖様は違う世界からやって来たなどと言う者もいたが、本当のことかはわからない。ただ、シャルト家は白銀の髪と式紙の技術を代々伝えて来た。


 しかし、シャルト家は、『闇』との闘いに、その命を燃やしきってしまった。


 リベイルは、その最後のひとりだ。


 あの子は用意の良い子だ。


 自分がいなくなった後の為に私を用意したのだ。きっとその者に式紙の技術を伝えるためにな。



 —— そうか.. そういうことだったのか.. リベイル。だから、私を残したのだな。



 ルシャラは独り言を呟きながら、自分が残されたわけを理解したようだった。おそらくは、今までのルシャラの言葉は、意思とは関係ない自動的なものだったのだろう。ライスの質問に答えることで、ルシャラはリベイルの記憶をみているのだ。


 「ライスよ、お前に問う。お前に我らの技術が必要か?」


 「私はロスさんが残したもの、やり残したこと、全て受け継ぐつもりです。先生、私に式紙を教えてください」


 「わかった。ならば、お前には本来の式神を教えよう」


 「本来の?」


 「そうだ。リベイルの使っていたのは精霊の力を借りたものだ。その為、自然界に存在する姿をしたものが現れる。しかし本来の式神は自分の内なる力も使うのだ」


 「それだと何が現れるの?」


 「神だ」


 「神様!?」


 「伝えでは12人の闘神が姿を現すということだが、眉唾だろうよ。実際は魔獣を召喚できるくらいだ。戦いで使うには便利だろ」


 「う~ん.. 私は犬とか狐とかのほうが可愛くていいんだけど」


 「馬鹿者。まぁ、式神が使えればリベイルが使っていた式紙も使える。式紙は基本の応用みたいなものだからな」


 森を抜けると、遠くにブレンの街の高い塔が見えて来た。


 ライスに変わってリジがルシャラに質問をした。


 「ルシャラさんはずっとこの姿のままなの?」


 「いや、私はリベイルがこの式神に蓄えた力で存在している。用がない時は紙のままの方がいいだろう」


 「そう、じゃ、部屋は特別、用意しなくていいわね」


 「ああ、いらぬ。ライスよ、まずはリベイルが書いた本を読んでよく学ぶのだ。使い方は私が教えよう。お前の準備ができたら、触れて私を呼び出すのだ。いいか」


 「はい、先生」


 ルシャラは頷くと、ブレンの入り口で紙に戻り、ライスの手の中に納まった。


 そして、そのままブレンの街に入っていく2人だが、果樹園から尾行されていたことには、まるで気が付いていなかった。

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