メッセージの謎1

 翌日、私と涼太君は「クローバー」という介護付き有料老人ホームを訪ねた。ここに、高橋綾美さんが入所しているのだ。

 受付で名前を言うと、すんなりと中に通された。前もってアポイントメントを取っていて良かった。

 スタッフに部屋の前まで案内してもらい、ドアをノックした。小さな声で「はい」と答えるのが聞こえる。


「失礼します」

 そう言って中に入ると、車椅子に乗った一人の女性が目に入った。首の辺りまで伸びた白髪を綺麗に整えた、スラリとした八十代くらいの女性だった。ピンク色のセーターを着ている。

「貴方達?私に会いたいっていうのは」

 その女性――高橋綾美さんは、穏やかに微笑んで問いかけた。

「はい、篠宮美也子と申します」

「連れの小峰涼太です。よろしくお願い致します」

「篠宮……乃利子のお孫さんね」

「はい」

「どういったご用件かしら?私に話せる事なら何でも話すわよ」

 綾美さんは、そう言ってにこりと笑った。


「あの事件についてね……申し訳ないけど、何もわからないわ」

 私達から事情を聞いた後、綾美さんは、本当に申し訳なさそうに口を開いた。

 綾美さんの話によると、事件があったと思われる時間帯は、綾美さんは経営者である上坂夫妻の自宅にいたらしい。店で飲んだ後、上坂夫妻の自宅に泊ったとの事だ。

「長岡さんは『パラディソ』の常連だったし、乃利子に付き纏っていたのは知っていたけど、まさか殺されるなんてねえ……」

 綾美さんは、頬に手を当てて呟いた。


「あの……高橋さんは、祖母と仲が良かったんですか?」

 私が訪ねると、綾美さんはしばし考え込んだ後頷いた。

「そうね。あの子は私より二歳年下だったから、妹のように思っていたわね」

 久住さんは、綾美さんが祖母を嫌っていたと言っていたが、それは勘違いだったのだろうか。


「あの子は本当に、放って置けない子だったわね。そそっかしいくせに、他人の為に頑張ろうとする子で。……あの子、背が低かったでしょう?棚の一番上にあるボトルに手が届かなくて、踏み台を店に置いてたんだけど、しょっちゅうその踏み台に躓いてたわね」

「そうだったんですか……」

 私がそう呟いたところで、部屋のドアがノックされた。


「おはようございます、高橋さん……あ、ごめんなさい、お客様がいらしたんですね」

 そう言って申し訳なさそうな顔をしたのは、二十代後半くらいの女性。ダークブラウンの髪をポニーテールにしている。水色の制服を着ているが、介護福祉士だろうか。

「いいのよ、三島さん。何か用かしら?」

 綾美さんが、微笑んで首を傾げる。

「お孫さん達がいらしているので、知らせに来たんですが、今は部屋にお通ししない方が良いですか?」

 綾美さんは、私達の方をちらりと見た。

「あ、私達はもうお暇するので、どうぞお孫さん達とお話ください」

 私は、慌ててそう言った。

「そう?また今度乃利子の話をしましょう」

 綾美さんの言葉を聞いて、私達は「失礼します」と言って部屋を後にした。


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