拝啓、政治的に正しい歴史修正主義者ども
アフリカの赤土は酸化鉄の色だ。ナミビアやアンゴラのヒンバ族の女性は牛脂と混ぜた赤土を全身に塗る……それは作物の育ちづらい、塩基や養分の抜けた酸性の土壌だ。植物の栄養は窒素・リン酸・カリウム――そして火薬の原料は木炭・硫黄・硝石。年間降雨量が多く森林地帯のある西アフリカでは、今でも乾季に焼畑農業が行われている。火はアルカリ性の灰をもたらし痩せた土壌を中和し、開拓地における作物の肥料となる。
アメリカの歴史――あるいはヨーロッパ人の歴史とは西方への進出だったと言える。西部開拓時代のフロンティア精神に始まり……ハワイ島、フィリピン、日本、そして中近東の紛争地帯……二回の湾岸戦争が記憶に新しいイラクやイラン、レバノン戦争におけるアメリカ大使館爆破事件……それからソ連に対するアフガニスタンへの軍事支援。
それが今じゃその銃砲の矛先がアメリカに向いている。ソ連撤退以降は各部族間での対立が続いており、サイクロン作戦で支援された400億ドルの資金はアルカイダの母体組織である
【私が植え、アポロが水を注ぎました。だが成長させたのは神です。】
(コリント人への第一の手紙 第3章6節)
リベリアはアメリカ植民協会によって西アフリカに作られた解放奴隷のための国家だ。隣国のシエラレオネのフリータウンにもまたイギリスの解放奴隷が数多く植民された。1980年の軍事クーデター……先住民族であるクラン族出身のサミュエル・ドウによって、近代的価値観を内面化した「黒い白人」と揶揄されるアメリコ・ライベリアンの支配は終わった。リベリアではマイノリティの白人には選挙権が与えられていない……ドウは自身のクラン族を優遇し、数百人のギオ族やマノ族を虐殺した。そのドウ大統領を拷問ののち処刑した
政治はそれぞれの票田や支持基盤に対してのみアプローチする。政治的正しさと社会正義は同義ではない。個人が自身の属性に名前を付け徒党を組むのは、政治に対してその存在をアピールするためだ。政治屋はハナから個人のことなど見てはいない。
「君は……東南アジア出身だったかな?」
病める陽射しに豪勢な内装の邸宅。西洋風の建築は旧い支配者の残滓だ。征服された豹の毛皮の敷物や象牙の置物などが征服者の権力を思わせる。
「そうです、将軍。お望みであれば、
「我が軍に近接戦闘術の指南を? まさにディフェンドゥーという訳か」
「市街地やジャングルにおける不意の遭遇戦に役立つのも確かですが……兵たちの士気の鼓舞にもなる事でしょう」
談笑もそこそこに“将軍”と呼ばれた髭面の黒人は本題に入った。
「カラシニコフが欲しい。それからウージーや
将軍は
「中国製の56式でしたら数をご用意できますが。お安くしておきますよ」
「中国製ねぇ」
将軍が難色を示したことは少し意外なようだった。「お安く」というアジア的価値観がやや気に障ったみたいだ。諸派閥や諸民族が紛争やクーデターの火種を燻らせている情勢では、心の奥底では寝首を掻かれることを何より恐れている。
「近年のものはあまり質が良くないと聞いた。兵たちに与えるならそれでもいいが、我が軍の中枢にはもっと性能の良いものを配備したいのだ」
要は、安心が欲しいのだ。だから信頼できる【カラシニコフ】や【ウージー】という聞き慣れた名前は耳障りが良い。美辞麗句を並べ立てる保険屋の営業と同じだ。「なるほど」とカンパネルラが合図を送るので、僕は黙ってライフルの入ったアタッシェケースを差し出す……彼がケースを開けると、コンパクトに
「ではこちらのチェコ製58型など如何でしょう? どうぞお手にとって、試してみて下さい……」
将軍はライフルを手に取り、銃床を展開して構えてみせる。
「随分と軽いな」
「そのぶん射撃時のブレも小さいのです。つまり精度が高くあります……弾薬はカラシニコフと同じものを使用します」
彼はウソは言っていなかったが、不都合なことも言わなかった。空の弾倉を装填し再び槓桿を引く。遊底は後退したまま停止する。弾薬の入った弾倉を装填し、初弾を薬室に送り込む。
「ソ連はどの衛星国にも自国のカラシニコフを採用させていたでしょう? この銃だけは例外です。ベトナムを始めインドネシア、イラクにアフガン、アンゴラやモザンビークでも使われています……PFLPや日本赤軍もテルアビブ空港で使用しました。実績は充分です」
けたたましく鳴り響く銃声。将軍は無作為に無秩序にあらゆる物を破壊しながら、一弾倉を撃ち尽くした。その顔は新しいオモチャを手に入れた子供のように満足げだ。
「贈答用に金色のモデルも用意できるか?」
「仰せのままに」
カンパネルラは汗ひとつかいていなかった。その笑顔は張り付いて仮面と同じだった。やがて仮面が自分の本当の素顔だと錯覚したまま死ぬのだろう。
ひとしきりそのファルスを弄くり回していた将軍は、ふと僕を見て訊ねた。
「彼は?」
「僕の用心棒です。名前をジョヴァンニと言います」
「イタリア系かね?」
「はい、ソマリアの生まれで。彼は
ふうん、と将軍はごく当然に、何でもなさそうに言った。
「彼は付かないのか?」
その時ようやく、将軍が僕を性的な目線で見ていることに気付いた。
二年前の五月十七日に
しかし、そもそもイスラム地域で同性愛を刑罰にしたのは植民地時代の宗主国であるキリスト教国家だ。イスラム圏じゃ昔から
「将軍、」
返答に窮していると、カンパネルラがおもむろに近付き、言った。
「僕ではご不満で?」
妖艶な彼の革手袋の甲が将軍の頬と髭を撫ぜた。周囲の兵たちは緊張したが、将軍は満更でもなく「いや……」と答えた。
権力者はどんな法にも縛られない。暴力装置であるファルスを所有し
つまりは神とのBDSMだ。西アフリカじゃ天然ゴムも採れる。まったく、そのうちの幾つがコンドームになり、そして性病を防いでいるのやら。
「どうしたんだい?」
帰り道で、ふてくされながら歩く僕にカンパネルラが訊ねた。彼の無邪気な視線に耐えられず僕は手話で尋ねる。
<将軍と 寝るの?>
「――なんだ、
僕は首を横に振ったし、頭を撫ぜてくる彼の手を跳ね除けようともした。彼は必要とあらば誰とだって寝る……それが僕には何だか面白くなかった。
カンパネルラはニコニコ笑っていたし、同じような顔をして武器も売り捌いた。或いは他者を誘惑し、
しかし彼はそれらの行為を全くの善意で行っていた。皆が
どこまで本気だったかは知らないが。
彼は寝る相手を選ばなかった。独裁者だろうが、テロや虐殺の首謀者だろうが、平民だろうが貧困者だろうが、そこに欲望と需要がある限り……求められるがままに、銃器という受肉化された個人の持ちうる暴力の形を売った。
彼は全体の利益を追求する根っからの
彼は、悪魔だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます