暴力にも国籍がある;或いはどの支配形態でも搾取は発生している

 雨が降っている。冷たい死体は液状化リクヮデイションして流れ出す。人間を殺す魔法こと弾薬にもカネが掛かっており、戦争とは火薬の燃焼エネルギーを人肉に変換する経済エコシステムだ。分解者デコンポーザーによって喰われた肉は土に還り、自然の循環の一部になる。それは木炭・硫黄・硝石から窒素・リン酸・カリウムを作る錬金術だ。

 戦争が人間の感情と関わりがない事象であるように、企業法人も人間の感情と関係がない。組織や政治が個人に配慮し人々の都合を優先させることなど起こり得ない。

 彼らは悪魔だった。

 去る80年代は酸性雨とオゾン層破壊の時代だった。62年にレイチェル・カーソンが『沈黙の春』を著したのは記憶に新しいが、公害の歴史は14世紀の石炭の使用に遡る……もちろん18世紀の産業革命が口火を切ったことは確かだ。グローバル資本主義は大きな利益をもたらしたかもしれないが、同様に国境を越えた環境問題を生み出した。それは【インターナショナル】を謳う共産主義よりもユニバーサルだったかもしれない。カンパネルラが【地球市民コスモポリタン】を自称するのもこのためだ。

 赤道アフリカに属するアンゴラとザイール(注:現在のコンゴ民主共和国)はアフリカの中心だ。後天性免疫不全症候群エイズを引き起こすヒト免疫不全ウイルスの生まれ故郷も、ここ中部アフリカだ。

 ウワサじゃあ、チンパンジー同士の共食いカニバリズムが原因だとか。

 病原菌は交易や物流に従って蔓延する。グローバル資本主義がそうであったように、思想は言葉を媒介して伝播する。権威主義国家が言論統制や表現規制を行うのは思想信条の検疫なのだ。東西冷戦とは双方の思想の浄化戦争だったと言い直せるだろう。

 僕たちは互いで互いを消費し合う関係性だ。ヨーロッパの火薬庫ことバルカン半島は燻り続けている。資本主義経済と法人格。自然人と同じ主体として権利を認められている法人が人間を自己疎外し利潤を追求するということ。マルクスやレーニンなんかが言うところの“資本家による搾取”。ヘーゲルの言う“自己疎外”……自己の本質が外部化されることによって、自分自身が浮き彫りになり規定されてくるということ。

 だがどの支配形態でも搾取は発生している。先進国の発展は、後進国(君たちは倫理的正しさから発展途上国と呼ぶ)の搾取によって成立している……植民地時代からそれは変わらない。第三世界とは帝国主義や覇権主義の疎外された形態――僕らは君たちを規定するための外周にされているのだ。

 搾取は権力勾配によって、権力勾配は二項対立によって……そして、それらによって社会全体のシステムが形成されている。搾取というものはあらかじめ社会のシステムに組み込まれているのだ。生命活動とは、他者からの搾取や消費活動そのものだ。

 そして、それは権力関係――すなわち暴力によって達成される。

 僕の手に握られている【ブラック・ライフル】ことアーマライトAR-15を基にしたアメリカ製コルト9mmサブマシンガンは、イスラエル製ウージー短機関銃の弾倉を使用する。

 E=mc^2の関係式で知られる特殊相対性理論を発表したアインシュタインは、第三次大戦は知らないが、第四次世界大戦で人類は石と棍棒で戦うだろうと予言したとか、してないとか(カンパネルラの言うことだから、僕は眉唾で聞いている)。

 投石から始まったインティファーダにおいて、占領地を治安維持するイスラエル側は催涙弾、ゴム弾、そして実弾へ……蜂起・抵抗するパレスチナ側は火炎瓶、手榴弾、そして銃へとエスカレートしていった。

 物理学のことは何一つ分からないけれど、たとえ第十一次世界大戦が起きても人類は変わらずその暴力をエスカレーションさせているだろうと、僕は確信している。

 サブマシンガンのフルオート射撃によって9mmパラベラム弾の真鍮製の薬莢が銃身内のブローバック圧力によって排出されるたび、チャリンチャリンと地面に落ちた小銭のような音が響く。戦争は消費活動なのだ。【平和を欲するならば戦争に備えよパラベラム】の箴言を実践するにしても、金が要る。平和とは、ゆとりある豊かさのことだ。

 熱された銃身に雨粒が当たって蒸発し、ぼうっと魂のように白い煙が漂っている。

 僕が今、何をしているかって?

 僕は今、このシステムの一部となって一連の暴力行為に加担している。中部アフリカの東端で……流された血は雨に混じって大地に広がっていく。アフリカの赤土は染み込んだ血の色だ。

 死体から十字架ロザリオを漁っている奴も居た。殺された彼らも僕と同じキリスト教徒だったのだ。彼らは植民地時代の宗主国のベルギーやドイツによって、間接統治者の支配階級として置かれ、利用された。

 なんでも、鼻の高さと所有するウシの数が選定基準だったとか。遺伝子と所有する富や資本が物を言うのはいつの時代も変わらない。君らが差別の基準にする民族やら肌の色っていうのも、遺伝子――すなわち【血】というものに由来するらしい。

 同じキリスト教徒を殺すなんて! と僕は叫びたかった。だが声帯は震えなかった。死体によって固く握りしめられた十字架ロザリオを盗んだやつに僕は殴りかかったが、そいつは僕がその十字架を狙っていたものだと勘違いして、「こんなものが欲しいなら、くれてやるよ!」と叫んで、それを投げつけると……怯えて逃げ出した。

 この十字架のシンボルは血に濡れている。イエスさまは人間の抱える原罪を背負って、我々のために十字架の上で血を流されたのではなかったのか?


 カンパネルラは雨の降るテントの下で、傷付いた少年兵たちに手を当て触診し、あるいはモルヒネを打っている。

 それは神妙に執り行われる一つの儀式のようだった。すなわち世界から痛みを取り除くのだ。

 僕は神の愛と魂の不滅を信じている。人間には想像力があり価値を規定する主体だ。


 火炎放射器の燃料と、何かの肉が焼ける匂い。ガソリンは燃焼し武器兵器を運搬するトラックから黒い煙を吐き出して、地球は温暖化し、血は流され、地面に染みて、川を下り、海に流れて、蒸発した海水は雲となって世界中に降り注ぐ。

 或いは酸性の雨として。

 君たち先進国の人間だって、直接的だろうが間接的だろうが、この暴力行為に加担している。【地球市民コスモポリタン】を自称する武器商人であるカンパネルラはそう言った。僕はイスラエル製ウージー短機関銃の弾倉を、空になったアメリカ製コルト9mmサブマシンガンに叩き込んだ。

 穴は掘られ、臭い立つ死体は埋められ(腐敗を遅らせる石灰は使うなという命令があった)、旧ソ連製や中国製コピーのカラシニコフ突撃銃やロケットランチャー、汎用機関銃……それに加えて旧西ドイツ製三号小銃、ベルギー製軽量自動小銃の積まれたコンテナはトラックによって各地へ運搬され、それは全部それぞれの仕事なわけで、生活があるわけで。

 僕は弾薬箱に座り簒奪した十字架ロザリオを見つめながら、柔らかく熟しているザンジバル・アップルを齧った。

ファルファーラに会いたい)

と僕は思った。今どうしているだろうか。最後に見たファルファーラの姿は、沢山のチューブに繋がれていた。けれど思い出すのは幸せそうにパフェを頬張る横顔ばかりだ。その赤い果実にリンゴの味はしなかった。

 砂糖菓子の紛争ダイヤモンドによって武器兵器は取引され、身元不明の炭素の塊はカッティングされ加工され先進国の女性たちの最良の友となる。

 流行をサイクルさせるアパレル業界の商品はファスト・ファッションとして消費され、時代遅れの古着は善意および正しい倫理的意識によってアフリカに送られ廃棄され、現地の産業構造を破壊し、自然に還らない化学繊維は酷い腐臭を放っている。

 それは全て、僕たちや貴方がたの送る生活のシステムとサイクルの一部だ。

 リンゴの味はしなかった。

 ただ苦い鉄の味が口の中に広がっていた。

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