エルは職務を、全うした!
こんな無人島、しかも灯台に何故かピアノが一台。
軽く触れた程度で良い音を響かせることから調律も完璧だし、こんな潮風に曝されているのに痛んでもいない。
さらに海水が、この部屋まで侵入したり水没したりしていなかったことが室内を見ればわかる。
出窓のすぐ向こう側には海面から顔を除かせてワクワクとした瞳と揺れる青い髪、一糸纏わぬ裸の女の子と男の子があたしが響かせるピアノに喜んでいる。
ピアノに対しての情熱は沸き上がらなくても普通に演奏することは問題ない。
出窓があり解放されているとはいえ密室に近い石作りの部屋は音が反響している。
海面からパシャン! と飛び上がりその肢体を露にさせて再び海水へドボン!。
飛び込む姿に夢か幻かと唖然としたけど、その正体は下半身が鱗に覆われた人魚だった。
そんな人魚を目の当たりにしながらピアノを演奏することができるなんて、現世では絶対にあり得ない。
こんな貴重な体験を無駄にする事なくあたしはピアノを演奏していると
「カノン様、とても素晴らしい曲をありがとうございます」
と出窓の向こうでピチピチ跳び跳ねていた人魚とは違う人語を話す人魚、レティーが出窓から大量の収穫ブツを放り入れる。
「 海水が引くまであと数日でしょうか、先日沈没した船には生存者はいませんでした」
と、海底に潜っていた彼女。
当初あたしはエルにこの世界へ連れてこられ豪華客船に乗せられ、実はそれは幻や何かでそれが解けてここにいたのかと思っていたけどどうやら話は違うらしい。
あたしが乗っていた客船はどうやら航海中に沈没。
思い返せば、あたしがピアノを演奏する為の舞台を下調べに行こうとした時にまたもや変な感触があった。
どうやらエルはこの船が沈没する事を察知してあたしを守るためにこの灯台に飛ばした。
というのが全ての辻褄らしい。
頭のおかしいエルにしては仕事をしたんだなと、感心したんだけどレティーが回収してきたものの中にそれは紛れていた。
海藻やドロが付着してボロボロボロのなった黄色いジャケット。
あの頭のおかしいツアーガイドのジャケットだ。
「エル!」
あたしは回収してきたものを掻き分けて他にもエルが着ていたと思われるスカートや靴を回収したが、それ意外のほとんどは見つからなかった。
そう、エルはツアーガイドとしての役目を全うしたのだ。
旅行会社やツアーガイドの仕事とは誰かに楽しい旅行を企画して楽しんでもらうことや、良かったと思ってもらうだけではない。
旅行者もといお客様の生命の安全を守ること……。
そう、あの頭のおかしいツアーガイドが自分のことよりも旅行者であるあたしの命を守った結果となる。
思い返せば……。
これは可能性、もしかしたらありえたかもしれない事かも知れないけどエーデル島でのあの時。
そう、アリアがリバースヘッドの長老を刺したあと、アリアはあたしを刺したのかもしれない。
そう考えれば、エルがあの瞬間にあたしを強制送還した事に納得できる。
そう……。 エル、水野エルは仕事をしたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます