第64話 威圧する令嬢 ユリア・メリーチと怯える騎士

「アンドゥー。ニコラが暇そうだから中に入りなさい」


 彼女と目が合う。


「あら、当家の使用人が、なにか粗相でも働いたのかしら?」


「いえ……そのようなことは」


「あら、私に遠慮なさらなくてもいいのよ。その場合は、直接お謝りいたしますわ」


「……とっ、とんでもございません」


「そういう事実は、無かったという事で宜しいのかしら?」


「もちろんで御座います」


「それは、よかったわ。では、なぜ殴りかかろうとしていたのかしらね」


「……」


「この者は、私の専属の使用人なの。その者に危害を加えるということは、私に何かしたと同等なのよ。ただでは、済まされない事ですわっ!」


 男は青ざめて震えている。


「誤解です」


「それなら、よろしくってよ。下がっていただけるかしら?」


「はい」


 全速力で持ち場へ戻っていく。その姿は大変滑稽である。思わず、吹き出しそうになった程だ。


 彼女の発言を解釈すると、私は専属の実験台で、他の者がそうすることは許さない。それは彼女のみに許される特権であり、そうした者は徹底的に排除するという事である。


「アンドゥー! 早く来なさい」


 私は彼女の御命令に素直に従う。中に入るが、その光景にウンザリする。マチルダは、まだ採寸のことで罵倒し続けている。


 ここまで来ると、根気強いというより狂気の沙汰である。何が、ここまで彼女を突き動かせているのだろう。理解に苦しむ。


 外に出て冷静さを取り戻したのか、マチルダのやり取りを何度も見ているうちに、その理由を窺い知る。


 彼女は腰回りのサイズが納得できていない。何度も測らせている。ニコラがアンにしていたのとは、比にならないほど、強く締め付けさせているようだ。


 仕切りから出てきた店の者は、汗だくだくだ。必死で測り続けていたのだろう。もはや、それはただの我慢比べである。マチルダも出てきた。両者とも疲弊しきっている。


 そのやり取りで伸びきった巻き尺は、測りのていをなしていない。負けられない戦いが、続いているだけである。


 その様子を窺っていると、ニコラが私の元へ来る。


「どうしたんだい? ニコラ」


「あのね、お兄ちゃん。あのお姉ちゃんは、ユリア様とエリーザ様にお胸以外は全部勝っているのに、どうして帰らないの?」


「ニコラ、お嬢様たちの前では言わないように注意したよね!」


「ニコラ、お兄ちゃんの前でしか言ってないのに、どうして怒るの?」


 彼女のつぶらな瞳が潤んで、涙がその頬つたっていく。私は罪悪感に苛まれる。私は自己を失っている。


 私は親指で彼女の涙を拭う。彼女は感情が高ぶって、大声を出し始めている。


 私は慌てて屈み、彼女の両肩に手をおく。


「ニコラ、ごめん。許してくれるかい?」


 彼女は泣き止んでくれない。ユリアたちに目をやるが、呆れている様子である。私は自己嫌悪に陥っている。


「ニコラ、こっちへいらっしゃい」


 ユリアが呼ぶと、彼女は駆けよっていきユリアに抱きつく。彼女はニコラを抱え上げ落ち着かせてくれている。


 エリーザも彼女の髪を撫でて、なだめてくれていている。しばらくすると、彼女は泣き止んだ。ユリアは彼女をゆっくり床に降ろす。


 ニコラが私の元に向かってくる。私は謝ろうと待っていると、そのまま通過していきアンの座っているソファに腰掛ける。


 彼女は、ご機嫌斜めのようだ。もはや、この場に私も味方は誰もおらず途方に暮れている。彼女を見るが、そっぽを向けられる。


 その様子を見たアンが顔を横に向けたのは、笑っているのを見られたくないからなのだろう。私は地面を見つめて採寸が終わるのを待つしかない。


「アン様、あのお姉ちゃんは、いつまで測っているの? 帰りたくないのかな?」


 私は不味いと思い顔を上げる。アンは、その問いに首を傾げているが、口角が微かに上がっている。


 マチルダを見ると、ニコラを睨みつけているが気づいていない。それを察知したアンが彼女を抱きかかえ太腿に乗せて、マチルダを見ないようにしてくれている。


 その様子をユリアが、腕組みをしてつま先を地面に打ちつけながら見ている。さすがの彼女も、もう待ちきれないのだろうか。


 マチルダは彼女と目が合うが、すぐに逸らせた。


「もういいわ。今日の私の体は、むくんでいるみたいだから、日を改めて採寸するわ!」


 すると、彼女は、そそくさと店を後にして行った。彼女は一体何をしに来たのだろう。彼女の言っていたことが事実なら、すぐに帰ってもよかったし、従者に指示して来店を取り消させればよかったのにと思う。


 そのせいで私は、ひどい目に遭わされた。金輪際、マチルダとは、ろくな事しか無いので関わり合いを持ちたくない。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る