第58話 取り繕う令嬢 ユリア・メリーチ

 エリーザが降りてきた。しどろもどろで、彼女はユリアに説明している。ユリアは冷静さを保って聞いているが、内心はどうなのだろうと思う。


 エリーザは慎重に言葉を選び、落ち着きを取り戻しながら話すようになってきた。ユリアは、それに相槌を打ちながら聞いている。


「事情は分かりました。エリーザさん」


「……」


 エリーザは、まだ怯えてるようだ。ユリアは私を見ているが黙ったままである。その様子をヨハンさんが見守っている。


「坊ちゃん。お嬢様は勘違いしてしまったようだ。あの状況では無理もない。あんなに取り乱したのも、坊ちゃんを思ってのことだよ」


「……そうかもしれないね」


 こう彼に言われては、このように返事するしかない。私はユリアを見るが、その表情を読み取れないでいる。


「お嬢様、何か言われては?」


「……」


「お嬢様、いかがなされました?」


「アンドゥー! なぜ早く言わなかったのよっ!」


 彼女は右手を上げたが、すぐに下ろす。そんな態度を見せられて、私は何も言い返すことが出来ない。


 八つ当たりもいいとこである。状況では勘違いするのも仕方ないと思う。それにしても、私は複雑な心境である。


「申し訳ありません、ユリア様」


「謝って済むと思っているのかしら? エリーザさんに御迷惑をかけたのよ! 謝りなさい!」


 彼女は罰が悪いのだろうと汲み取る。こうなってしまっては、彼女の言葉に合わせるしかない。


「エリーザ様、大変申し訳ありませんでした」


「アンドゥーさん、別に私は……」


 彼女は戸惑いの表情を浮かべている。すると、彼女は視線を逸らせる。


「アンドゥー、誠意が足りないわ! きちんと謝りなさい。エリーザさんは納得してない様子よ」


「ユリアさん……」


「アンドゥー、早くなさい!」


 私は納得は出来ないが、今のユリアの対しては感情を無にした方が得策であると判断する。


「エリーザ様、この度は御迷惑をおかけしました。大変申し訳ありませんでした」


 彼女は、どう受け答えしたらよいか戸惑っている様子に見える。私は彼女に対して深く頭を下げた。


「エリーザさん、当家の使用人を許していただけるかしら?」


「……えぇ……はい、ユリアさん」


 彼女は、か細い声で答える。彼女が自発的に答えたと言うより、ユリアに言わされた様なものである。


「許していただけるのね。ありがとう、エリーザさん。アンドゥー、エリーザさんの広い心に感謝なさい! 私なら王都警備隊に今頃突き出してるわよ」


 彼女なら、やりかねないと思う。どうやら、感情を無にすることは出来てないようだ。あまりにも理不尽である。


「ありがとうございます、エリーザ様」


「あぁ、あのう……」


 彼女は返事に戸惑っている。すると、彼女は頷いてくれる。


「良かったわね、アンドゥー」


「はい、お嬢様」


 私は、彼女の名前を呼ぶのも嫌になってきている。今日が早く終わってくれる事を願う。


「エリーザさん、お疲れよね。屋敷で休まれては?」


 その言葉に、彼女は一瞬露骨に嫌そうな顔をした。彼女は瞬時に元の表情に戻す。


「あのう……」


「さあ、遠慮なさらずに」


 ユリアは彼女の手を取り促す。私は、この光景と似たのを先程見た気がする。エリーザが振り返り私を見ている。どうすることも出来ない私は、彼女に申し訳なく思う。私は唯々立ち尽くしている。


「アンドゥー、何してるの? 付いてきなさい!」




 私たちは屋敷の応接間に来ている。私は扉の近くに立たされている。エリーザに紅茶と菓子が給仕されている。


 私は、部屋を出て行くメイド長に睨まれる。今日の私はは踏んだり蹴ったりである。


 ユリアが茶を彼女に勧めている。エリーザは飲んでいる時間があれば、一刻も早く帰りたいと思っているに違いない。その証拠に、彼女は何度も私を見る。


 その度に、私は視線を逸らせる。彼女は食材を先に届けるよう言ったことを悔いているに違いないと思う。彼女はユリアの勧めに渋々応じ飲み始めている。


「ところで街で何をしていたのかしら? エリーザさん」


「えぇ、ちょっと用事で……」


「護衛も馬車も無しなんて、不用心だったわね」


「そうですね」


「もしかして、舞踏会のドレスの採寸かしら? 待ちきれなかったのね」


「まあ……」


「これから、私も採寸に行く予定でしたの。エリーザさんも御一緒にどうかしら?」


 エリーザは飲みかけていたカップを手から放す。それが彼女の太股に落ちスカートが濡らす。放心状態の彼女は、それに気づいていない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る