第57話 勘違いされる少年と気まずい令嬢 ユリア・メリーチ

 ユリアは四人の衛兵に取り囲まれて護衛されている。全員すでに剣を抜いている。殺気だっているのが分かる。


 エリーザは思いもかけないことに両手を頭にやって顔を隠している。小刻みに震えている。私でも、そうなるであろう。


「侵入者が出てこい!」


 護衛隊長が声を荒げる。彼は荷台に上がろうとしている。


「止めなさい!」


「ユリア様、どうしてです? この者は侵入者です」


「この方は私の友人よ。下がるのよ!」


「ですが……」


 彼はユリアの言動に戸惑っている。彼からしたら、この前にいる人物は侵入者でしかない。


「確認させていただけないでしょうか?」


「私が良いと言っているのよ。聞き入れてもらえないのかしら?」


 彼は渋々引き下がる。表情に不満が見てとれる。


「ヨハン以外の者は私の馬車に戻ってくださるかしら」


 彼らは戻っていく。ユリアは、それを見ていてる。彼らは持ち場についている。


「ヨハン、大変なことになったわよ」


「それは、どういうことでしょうか? お嬢様」


「アンドゥーが人を攫ってきたのよ」


「まさか?! 坊ちゃんが、そのようなことを」


「顔を上げてくださる? エリーザさん」


 エリーザは言われたとおりにする。彼女は、ひどく怯えている。


「この者は?」


「ラバーナ家のエリーザさんよ」


 その言葉を聞いて彼は驚愕する。


「どうして、ここにラバーナ家の御令嬢が……」


「だから言ってるでしょ! アンドゥーが攫ってきたのよ」


「何かの間違いでは……」


「この状況どう説明できるのよ! この私が嘘を言ってるというの?」


「決してそのようなことは」


「アンドゥーが、ここまで愚かだとは思いもしなかったわ。これじゃマチルダ以下じゃないの」


 彼女は興奮しすぎてて言葉遣いが荒くなっている。これまで、マチルダのことを呼び捨てにしてるのなんて聞いたことがない。


「お嬢様、少し落ち着かれては?」


「落ち着いてなんかいられないわよ! 明日から学院に行けないわ」


 私は徐々に冷静さを取り戻してきている。そして、彼女たちの会話がおかしいことに気づく。私が人攫いになっている。


 ふと、私は思う。そうであれは、マチルダを何回攫わないといけないかと。馬鹿なことを考えたとそれを打ち消す。


 私はエリーザを見るが呆然としている。ユリアは彼女の存在を失念しているようだ。


 ユリアと目が合った。すると、彼女の右手が私に迫ってくる。ヨハンさんが、それを止めてくれた。すると、声が聞こえる。それはニコラの泣き声だ。


 彼女は、その泣き声に我に返っている。彼女はニコラの元へ行き落ち着かせている。しばらくすると、彼女は泣き止んだ。


「坊ちゃん。本当かい?」


「違うよ!」


「アンドゥー! この期に及んでも認めないの! あなたは嘘だけはつかないと思っていたのに見損なったわ!」


 彼女の私に対する信用が、この程度のものだったのかと思うと虚しい。反面、こんなものだろうとも思う。


「さあ、エリーザさん。降りていらして」


 彼女は後ずさりして震えている。すると、ユリアが私を冷笑する。


「アンドゥー! エリーザさんの視界から消えなさい! 怯えてるじゃないの!」 


 それは別の理由であると言いたいが、この状況で言ったりしたら修羅場になることは疑いない。


 私は言葉通り荷馬車から離れる。ユリアはエリーザを説得してるようだが、なかなか降りてこない。


 ニコラが私に近づいてくる。


「ユリア様は、なんで怒ってるの?」


「さあ、なんでだろうね。勘違いだよ」


「かんちがい?」


「そう」


 まだ、エリーザは降りてこない。私は、もうどうでも良くなりつつある。すると、ユリアが近づいてくる。私は覚悟を決めて目を閉じる。


 しかし、どれだけ立っても痛みを感じない。私は、ゆっくりと目を開ける。


「アンドゥー! 私が叩くとでも思ったのかしら? 勘違いよ」


「かんちがい。ユリア様」


「何を言ってるの? ニコラ」


「なんでしょうか? ユリア様」


「エリーザさんが、あなたがいないと降りないって言ってるのよ。ちょっと来なさい!」


 私は彼女の後に続く。


「エリーザさん、連れてきたわよ。本当にアンドゥーが、ひどいことをしてしまって! 謝罪して欲しいのよね? 今すぐ謝らせますから。さあ、アンドゥー!」


「……」


「アンドゥー、まさか謝る気ないとか言わないでしょうね?」


 彼女は正義感に満ちた表情を浮かべながら腕組みしている。


「あのぅ……」


「どうしました? エリーザさん」


「勘違いなんです」


「勘違い? どういうことかしら? エリーザさん?」


 彼女のさっきまでの表情が、次第に曇っていっている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る