第56話 追及令嬢 ユリア・メリーチ

「あら、ニコラ。よかったじゃない。ペアコット食べたいわ」


「うん。お兄ちゃん、どっちから行くの?」


「……」


「あら、アンドゥー。黙り込んでどうしたのかしら?」


 慎重に言葉を選ばないと大変なことになってしまう。一刻も早く馬車に乗り込んで、この場を離れるしかないと思う。


「ニコラが、これまでに行ったことのない場所に連れて行こうと思いまして、はい」


「そうなの、ニコラ暑いでしょ? こちらにいらっしゃい」


 彼女の持つ日傘にニコラが入る。私はユリアの馬車を見る。まだ作業を進めている。


「ユリア様。私たち、そろそろ出発しても宜しいですか?」


 私は彼女たちの背後に止まっている荷馬車を見る。


「まだ、修理が終わらないようなので、もう少しお話していたいのだけど。いいかしら? ニコラ」


「はいです」


「嬉しいわ」


 ニコラは彼女を見上げている。しばらく会話を続けている。私は上の空である。修理の状況をみているが、そろそろ終わりそうである。


「ニコラ、さっきから荷馬車を見ているけど、どうしたの?」


「ないしょ!」


「内緒とは、どういうことかしら?」


「ないしょは、ないしょですっ! ユリア様」


「どういう意味なの! アンドゥー」


「さあ……どういうことなんでしょうね……」


 冷や汗が出てくる。これは非常に不味い展開になってきている。心臓の鼓動が速くなっている。


「ニコラ、こんなに暑い中、今まで何をしていたの?」


「魔法をみせてもらったよ」


 その言葉を聞いて、ユリアは私を睨みつけている。


「アンドゥー!!」


「魔法書を読み聞かせしてました」


 私は咄嗟に言葉を発してしまった。


「ニコラ、魔法書を見せてちょうだい」


「おへやにあるよ。とってくるね」


「しなくていいわ」


 彼女の顔を見た私は、恐怖を覚えて咄嗟に顔を背ける。


「アンドゥー、いつから魔法を使えるようになったのかしら? 見せてみなさいよ!」


 私は頭を上げ彼女を見るが、これまで見たことのない表情をしている。私は全身の血の気が引いている。


「……」


「早くしなさい!」


 ニコラが泣きそうになっている。それを見たユリアは我に返ってくれた。


「ニコラ、誰に魔法を見せてもらったの?」


 これまで聞いたことのない優しく声で、彼女は尋ねる。


「おねえちゃん」


 思わず天を仰ぎ、終わったかもしれないと思う。しかし、私は僅かな可能性をニコラの返答に賭ける。


「それは誰かしら?」


「しらないおねえちゃん」


「どこにいるの?」


「ないしょ」


 そう言うと、彼女は荷馬車を見る。不味いと思い、ユリアの顔を見る。彼女は、それに気づいてないようである。


 私は胸を撫で下ろす。すると、従者がこちらに近づいてきた。


「ユリア様、修理が終わりました。出発いたしましょう」


「わかったわ」


 私は、この巡り合わせに感謝するしかない。これで何とか今日を乗り切ることが出来そうだと思う。


「それじゃ行くわね、ニコラ」


 私は彼女に一礼し顔を上げる。私は馬車の方を見るが彼女の姿がない。


「お兄ちゃん」


 私がニコラを見ると指を差している。その方向を見ると、ユリアが歩いている。私は背筋が凍る。


 彼女は荷馬車の後方に歩いている。私は手遅れだと思いつつ慌ててそこへ走り出す。


 私が彼女の背後に着くと、エリーザが目を点にしている。彼女たちは見つめ合っている。それが、しばらく続いている。


 ユリアが振り返り私を冷笑している。私は恐怖で固まり、目をそらすことが出来ないでいる。


「アンドゥー。いくら友人が侮辱されたとはいえ、攫さらってくるとは見損なったわよ。アンドゥー!!!」


 彼女は冷静である。それが、逆に私の中の恐怖を増す。


「何か言いなさいよ!」


 私は唾を飲み込み言葉を発しようとする。すると、私は右頬に衝撃を受ける。


 乾いた音が響き渡る。馬のいななく声が聞こえ、蹄の音がする。あっという間に、荷馬車は衛兵に取り囲まれた。

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