第55話 疑う令嬢 ユリア・メリーチ
私は緊張してきている。ユリアの乗る馬車が近づいてきているので俯く。ニコラが私たちを見送ろうと右側に立っている。
馬車が間近に迫っている。私は、このまま通り過ぎていくことを願っている。
「坊ちゃん。それでは言ってくるよ。帰ったら剣術の稽古だ」
私は顔を上げ彼を見つける。極力視界に馬車が入らないようにする。
彼は私に手を挙げている。これに対して私も返す。そして、再び俯いてやり過ごそうとする。
馬車が私の前を通り過ぎていく音が聞こえる。これで後は、エリーザをご自宅に送り届ければ、肉体的、精神的苦痛から逃れることが出来そうである。
私は頭を上げ馬車が門を出て行くのを見送ることにする。やっと、緊張から解放された。私は後に続いて馬車を出す。
「エリーザ様。門から出るまで、しゃがんでおいて下さい」
私は振り返り彼女を見ると頷いてくれる。前方を見ると、ユリアの馬車は門まで迫っている。早く通過してくれることを願う。
すると、ユリアの馬車が止まる。気づかれてしまったかもしれないと私に緊張が走る。思わず手綱を緩める。
見ていると、馬車の御者が降りてきて車輪を確認している。彼の隣に座っていた従者が、扉を開き何かを伝えている様子だ。
すると、彼が階段を設置するとユリアが降りてきた。彼女が、こちらに気づく前に門を出ようと馬車を進める。
従者が護衛隊長に話している。すると、彼は馬を返し、こちらに向かってくる。それにヨハンさんも続いている。
彼らは屋敷に向かうのかと思っていたが、私の馬車で止まる。
「アンドゥー、この馬車に車輪を積んでないか?」
そういえば、荷下ろしときにそれを確認している。
「ありますが、どうかなされたんですか?」
「御者が、左前輪の回転が気になるそうでな。走行に問題はないそうなのだが、万全を期したいと交換すると言っている。お嬢様が怪我をなさるようなことがあっては、一大事だからな」
「お嬢様の馬車に、はまりますか?」
「坊ちゃんは知らないかもしれないが、この荷馬車は、土台の構造的には一緒なんだよ。同じ所にで作られた物なんだ。これだって大変高価な物なんだ」
「そうなんだ」
感心して聞いていたが現実に戻る。これは、とても良くない状況に追い込まれている。背中の汗が流れる。
「坊ちゃん。持って行くよ」
私は慌てて降りる。
「僕が取ってくるよ。ヨハンさんはそのままで」
「そうかい? 悪いね」
私は荷馬車の後ろから乗りこむ。身を潜めているエリーザと目が合う。
彼女が姿勢を高くしようとしている。私は手を上下させて合図する。それに気が付いた彼女は、止めてくれた。
彼女は、うろたえている。彼女から見れば私もそうなのだろうと思う。私は車輪を持つが結構重い。
私は荷台の端まで引きずり、いったん降りる。それから、車輪を持ち上げ彼らの元へ届ける。
辛そうにしている私を見て二人は馬を降りる。前方に位置して護衛隊長が軽々と受け取ってくれた。
「隊長殿、私がお持ちしましょう?」
「いえいえ、ヨハン殿。ここは私が」
すると、隊長は馬車へと向かって行く。
「隊長さんはすごいや」
「もう少し鍛えないといけないな」
「お願いします」
彼も戻っていく。服を引っ張れる。振り返るとそれはニコラだった。彼女の側にいる人物に血の気が引く。
「ユリア……様」
「あら、どうしたのかしら? まるで、私がここに立っていては、いけないような表情をしてるけど」
「いえ、決してそのようなことは……ありません」
実際の所は、そうなのである。彼女を見たときは膝から崩れ落ちそうだった。
「何よ! 歯切れが悪いわね」
「いえ、そのようなことは」
「ところで、アンドゥー。荷馬車でどこへいくのかしら?」
「街へ買い出しにです」
「早朝に行ったんじゃないの? アルフォンソが帰りが遅いと嘆いたわよ」
「ああ、そうだった。果樹園に行くんでした」
「わーい。やったー!」
ニコラが嬉しそうにしている。これなら何とかなるかもしれない。
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