第54話 まさかの展開 エリーザ・ラバーナ

 屋敷の前まで着いた。後ろを振り返りエリーザを見る。彼女は少し疲れているようだ。


「エリーザ様、大丈夫でしょうか? これより屋敷に入ります。決して頭を上げないで下さい」


「分かってるわよ! わたくしを何だと思ってるのよ!」


「では、くれぐれもよろしくお願いします」


 私は守衛兵に合図して門を開けてもらう。彼の動向がやけに気になる。どうやら気づかれていないようだ。すんなり門を開けてくれた。


「おい、ちょっと待て!」


 気づかれてしまったのかと思い背筋が凍る。


「何でしょうか?」


「この間の居眠りの件、くれぐれも御主人様には内密にたのむぞ!」


「言ったりしませんよ! 言えば私も罰を受けます」


「それは、どういう意味かい?」


「いえ、何でもありません。お気になさらずに」


 私は厩舎へ馬車を進めると、そこにはヨハンさんがいる。彼には気付かれてしまいそうなので、細心の注意を払わなければならない。


「おかえり、坊ちゃん」


「ただいま、ヨハンさん」


「随分と遅かったね。何かあったのかい?」


「不慣れだから道に迷ってしまって。場所も教えてもらえなかったし」


「それは難儀だったね。ゆっくり休むといい」


「そうもしてられないけど」


「もう少し話してたいところだけど、お嬢様の警護があるから失礼するよ」


「はい、あのヨハンさん。後で荷馬車使ってもいいかな?」


「かまわないよ。では行くとしよう」


 彼は馬にまたがり、この場を後にする。彼の姿が見えなくなるのを確認すると荷台に向かい木箱を取る。


「エリーザ様。私は、これから厨房に向かいますが絶対に出ないで下さいね」


「何回、言うのよ全く! 早く行ってきなさいよ」


 木箱は思いの外重い。向かっているが腕が限界なのでおろす。


 噴水の囲いに座って涼むことにする。水が高く噴き出している。その飛沫が熱くなっている体に降り注ぎ冷やしてくれる。


 来客の時間まではまだある。調理の時間も考慮に入れても大丈夫だろう。眠くなりそうになるのを我慢する。


「お兄ちゃん、おかえり」


「ただいま、ニコラ」


「おそかったね」


「そうだね」


「じゃあ、行くね」


 彼女は小走りで去って行く。果樹園にでもいくのだろうか、最近お気に入りらしい。もいできた果物をくれたりする。


 玄関の方をみると、馬車が横付けされていて護衛兵がユリアのお出ましを待っている。ヨハンさんの姿も確認できる。


 私は、これから起こるであろうことを思い憂鬱になる。意を決して、木箱を持ち始め屋敷の裏口へと向かう。


「只今、戻りました」


「どれだけ時間をかけているんだ! 全くオマエは使えない」


「申し訳ありません。道に迷いまして」


「ユリア様は、どうしてオマエを側に置いているのか」


「申し訳ありません」


「オマエは、学院で何を学ばせてもらっているんだ! 申し訳ありませんしか言えないのか」


「すみません」


「もういい! それをそこに置いて、さっさと出て行け!」


 私の心は折れきった。今日は何て日だ。ついてないにも程がある。これ以上は何も起こらないことを願うばかりである。


 私は厩舎へと戻る。早くエリーザを送り届けて、今日を終わりにしよう。


「エリーザ様。只今、戻りました」


「あら、遅かったじゃない」


「何をなさっているんですか? エリーザ様!」


 私の想像しなかった光景が広がっている。そこにはニコラがいた。何故なんだと頭を抱えそうになる。


「何してるって? ニコラに魔法を見せてあげているのよ。あなたが言ってたのは、この子でしょ!」


「そうですが、なぜニコラがいるんですか! 今日お約束した覚えはありません」


「ちょっと息苦しくて、新鮮な空気を吸おうと顔を出したのよ。ちょうど、そこをニコラに見られたの」


「エリーザ様。あれほどお願いしましたのに」


「私に何かあったら責任取れるの? 褒めてほしいものだわ」


「どうしてでしょうか?」


「私はニコラを見たとき閃いたのよ! 彼女があなたの言っていたメイド見習いだって」


「はぁっ……」


 それは機転が利くというのだろうか、たまたま結果が良かったとしか思えない。


 彼女の勝ち誇ったような表情を見ると、そうは微塵も思っていないだろう。


「それでね、彼女をおびき寄せるため、治癒魔法に興味あるかと尋ねたら頷いたのよ」


「……」


「それで魔法をチラッと見せたら、走ってきたから抱え上げて招待してあげたのよ」


 もはや彼女の発言と行動は人攫ひとさらい、そのものである。口が裂けても言う事はない。


「お兄ちゃん。このお姉ちゃん、すごいのよ」


 彼女がエリーザの膝を指さしている。見てみると、右膝の傷が消えている。正直、先程は話半分に聞いていた。


 これには思わず感嘆の声がでそうになる。同時に彼女に申し訳ない気分になる。


「ニコラ良かったね、降りようか?」


「どうして? お兄ちゃんも見せてもらえば良いのに」


「いやぁ……」


「しょうがないわね。特別よ、アンドゥー」


 誰も見せてくれとは言っていない。この様子だと、ニコラは目を輝かせて喜んだに違いない。かなり御満悦のようだ。


 一刻も早く見せてもらって、この場を離れよう。


「一度ぜひ見せていただきたかったんです。エリーザ様」


 もう良い機会だと思い込むことにする。どうやって、ニコラに会わせようか考えたが、思い浮かばなかったのだ。


 これ以上、思い悩むことはないのだ。これでエリーザとの関係を断ち切ることが出来る。


 令嬢と関わり合いになるのはユリアだけで十分だ。ふと、アンのことが思い浮かび鬱になるが、それを振り払う。


「そうでしょう。じゃあ、いくわよ」


 彼女が私を見ている。いや、睨んでいる。


「どうかなさいましたか? エリーザ様」


「はっ! どうかなさいましたかじゃないわよ! あなたニコラ以下ね」


 なにか彼女の怒りに触れることをしたのだろうか。私には心当たりがない。


「私、何かしたでしょうか?」


「ニコラちゃん、アンドゥーお兄ちゃんに教えてあげてくれる」


「お兄ちゃん、おねがいしますだよ!」


 せっかく涼んで下げた体温が上昇しているのを感じている。ニコラが、どうしたのと表情を浮かべている。


「お願いします。エリーザ様」


「よく出来ました」


 朝からの彼女とのやり取りを思い浮かべる。彼女は私に礼の一つでも言っただろうか。彼女に散々乱されたのと今の恥ずかしさから、私の頭は真っ白である。


 彼女が詠唱を始めている。すると、青い光か彼女の右手を包み始める。


 彼女が左膝に手をかざすと、見る見るうちに傷が癒えていく。


「すごい!」


 思わず声が出る。ニコラは目を見開いて拍手している。私もつられて拍手しそうになったが止めておいた。


「そうでしょ、そうでしょ。滅多に見せないのよ。これでも初級レベルよ」


 彼女は得意げである。決して言えないが、見せる相手がいないだろうの間違いだと思う。


「ニコラ、降りようか?」


「どうして?」


「エリーザ様は、もう帰らないといけないんだよ。ここに居たことは内緒だよ」


 彼女は、コクリと頷いてくれている。


「そうか、ざんねんです」


 私はニコラを抱え上げ降ろす。彼女はエリーザに手を振っている。これに対して、エリーザは笑顔で振りかえしている。


 彼女は、きつい目をしていると思っていた。その笑顔の中のその目は違っている。どうやら、いつも険しい顔をしているせいのようだ。


「エリーザ様、それでは出発致します」


「わかったわ、アンドゥー」


 私は御者席に座り手綱をとる。その時、ユリアの乗る馬車が、こちらへ向かってくる。

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