第59話 退かない令嬢 ユリア・メリーチ
「あら、エリーザさん。大変だわ」
ユリアはメイドを呼び布巾を持ってこさせると、エリーザのスカートを拭いている。
「……ごめんなさい。ユリアさん」
「お気になさらないで」
彼女は申し訳なさそうにしている。目の焦点が合っていない。余程ユリアの言葉に動揺しているのだろう。
「エリーザさん。このままでは、いけないわ。私の服をお貸しするわ」
「申し訳ないわ、ユリアさん」
「遠慮なさらないで」
彼女はエリーザの腕を強引に掴むと、自分の部屋に連れて行く。しばらくすると、ユリアは着替えたエリーザと共に戻ってきた。
「ユリアさん。私そろそろ、おいとましますね」
「あら、そう準備させるわね」
もはや、ユリアには彼女の意図を汲む気はないようだ。
「アンドゥーさんに送っていただきます」
「アンドゥーに任せるなんて出来ないわ。エリーザさんに何かあってわいけないもの。採寸を済ませてから、そのままお送りするわ」
「……」
エリーザは私に助けを求めるような目をしている。しかし、ユリアの性格を知っている私には、どうすることも出来ない。彼女のことが気の毒でならない。
ユリアは彼女の手を取り立たせている。もう、彼女も諦めたようだ。しかし、その足取りは重い。
「アンドゥー、あなたも付いてきなさい!」
ニコラがユリアを見上げている。
「ニコラも行きたいの?」
彼女が頷く。すると、ユリアは彼女たちに見られないように、私を睨みつけている。
「アンドゥー。本来なら徒歩だけど、ニコラが疲れるでしょうから馬を使いなさい!」
彼女の優しいお心遣いに感謝しないといけないんだろうかと思う。私は厩舎へ行き、ニコラを馬に乗せてあげる。彼女はご満悦のようだ。
衛兵は隊列を組んだままでいた。この暑い中、ユリアに振り回されて大変だなと思う。私は後方について、彼女の馬車に続く。
ユリアに無理矢理一緒に乗せられているエリーザは、どのような心境なのだろう。まぁ、良い心地ではないのは断言できる。
そういえば、ここに来てから街へ行くのは、ニコラは初めてではないかと思う。彼女は嬉しそうに見回している。
彼女は私に指さしながら、何のお店と聞いてくる。私は、それに答えてあげる。一軒一軒尋ねてくるので疲れるが、彼女の新鮮な気持ちを害してはいけないので続けている。
すると、前方から騎兵の一団がこちらに向かってくるのが見える。王都警備隊である。
その前を息絶え絶えに走っている男が見える。それは、エリーザを襲っていた小太りの男だ。今日のこれまでの元凶だ。私は怒りがこみ上げてきた。
しかし、ニコラがいる。彼女を危険に晒すわけにはいかない。
すると、隊列の中からヨハンさんが馬を走らせる。素早く馬から降り、あっという間にそいつを取り押さえる。そこに駆けつけてきた警備隊に引き渡す。
私は、そいつがエリーザを襲った賊であると報告した。ヨハンさんにも、そう話した。彼は自分を見失わず、冷静な判断が出来たと言ってくれた。
もうすぐ、服の仕立て屋につくそうだ。後は彼女たちの採寸が済んで、エリーザを送り届けさえすれば解放される。もう少しの我慢である。
ようやく店に到着した。すると、店の前に馬車が二台停まっている。一台は見たくもない馬車であったが、もう一台も見覚えがある。
私が溜め息をつく。するとニコラが、どうしたのという表情を浮かべている。
「なんでもないよ。ここで待っていればいいだけ」
「ふーん」
ユリアが、エリーザと馬車から降りてきた。彼女が二台の馬車を確認すると動きが止まった。そして、振り返り私と目が合う。嫌な予感しかない。
「ニコラ、一緒に行きたい?」
彼女は満面の笑みを浮かべて頷いている。ユリアの優しい一面を見る。私は胸をなで下ろす。彼女を誤解していたようだ。
「アンドゥーに一緒に来てくれるか聞いてごらんなさい?」
「お兄ちゃん、ニコラと行ってくれる?」
彼女の純真な瞳で見つめられては、決して嫌とは言えない。いや、言ってはいけない。
しかし、ユリアは機転が利くというか卑怯というか、どっちかと考える。先程の彼女に対する思いを頭の中から消去する。
「行こうか? ニコラ」
「うん」
私たちは二人の後に店に入る。そこには、予想通りマチルダとアンがいた。私は目眩がする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます