第8話(下)バケモノ
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すすり泣きと怒号。
「こちら第九九八防衛艦隊スゴイズミ、大喜納モモだ! デカヤマト・ワン、応答を求む!」
モモの乗るスゴイズミから一〇光分前方、探査船団中央を航行する船団旗艦であるディー・エス・エクスプローラーからの応答は、一切の沈黙を保っていた。
「
「これはどうなっているんだ、大喜納!
数光秒離れた仲間からの通信だ。こちらのセンサーが不全なのではない。
USSGは、KIBIと一緒にデカヤマト・ワンに搭載されている人工知能。全長約一五〇〇〇キロメートルの超大型探査艦であるディー・エス・エクスプローラー・デカヤマト・ワンと、全長約一〇〇〇〇キロメートルのディー・エス・コンテナー・デカヤマト・ツーからファイヴ各艦を統括する役割を負っている。
彼女はデカヤマト・ワン電算室にインストールされている。余剰分の処理能力を使って、退屈を持て余す
「どういうことなの! ついさっきまで……ついさっきまでUSSGとゲームしていたのよ! 急に消えたの! なんでなんの返答もないの!」
「KIBIとデジタイズ情報官を交えて今後の相談を仮想空間でやっていたんだが、突然追い出された。再接続もできないし……KIBIに対してなんのアクションも起こせない」
「物体の反応はあるんだ。だが電波の反射はあっても、向こうから発せられる通信がまったく掴めない……そんなばかなことはないよな、間には何も無いぞ!」
「大型艦群からだけじゃないぞ……その周囲の防護艦群とも通信ができない。長期休暇を終えて交代に来るはずの同僚ともつながらないんだ!」
混乱の中で徐々に状況を咀嚼する。
だがぼくたちは、もしもの場合に備え情報整理能力を鍛えていた。
事態発生は、北フェルミバブル探査船団が目標ポイントにジャンプアウト、その後六日と一五時間が経過してからである。
人工知能たちと、生身、デジタイズ意識体問わず人間と通話が不可である。
沈黙する各船からのあらゆる電磁波を探知できず、ただし光学観測や外部からのレーダー反射での判別は可能である。同時に、デカヤマト各船を主軸にしたネットワークへのアクセスが不可。一〇万人が暮らすデジタイズ意識体用メトロポリスへの都入りもできない。
これらのことから、非常に考えにくいが、デカヤマト各船の電源が喪失している可能性に至った。加減速が見られないことから、ディストーション航行もストップしている。
電源の喪失なんてありえないと誰かが蒸し返して、防護艦停止の理由の不明にも言及したばかりに紛糾を経て、情報をまとめ上げる役割に自然と落ち着いたリーダーが呟いた。
「空気が……漏出している」
長く、つらい救助活動が始められた。
我々は、恐ろしい現実に直面した。
デカヤマトへ進入したぼくたちを待っていたのは、真空にさらされ膨れた者、空気を求めて配管に爪を立てる者、何かを取り合ったのか争ったまま凍りつく者……こんな死体の数々であった。
装甲宇宙服に備えられた抗不安剤を打ち込まれながら、
三〇億人分のコールドスリープポッドについては、事態発生から一〇秒後に機能を終えていた。彼らの生命活動を表す輝線は、誰を調べてもフラットを示した。
デジタイズ意識体群のサーバは、雷でも直撃したかのように複数の基盤が焼き切れていたらしい。復元チームは必死に救いだそうとしたが、為す術がない。
主機の発動にも長い時間をかけたが、結局不発に終わった。大型重力特異点発生装置に原子を送り込むための発動機関は電子信号を受け付けなかったという。
同じく、デカヤマトから三光分以内にあった防護艦も機能が完全停止。閉じ込められている
救出活動は疲弊するばかり。
あまりに多くの死と薬物投与によって。
しかし吉報もあったのだ。
二五〇〇〇人以上の生存者だ。彼らは船内の至る所で密室を作り救助を待っていた。何十億という母数から考えるとその差に心苦しくなるが、決して少ないなどとは言えない。
動く時間遅延式救難艇もかなりの量を確保できた。
「救難艇のバッテリーを、主機の発動モーターとして使えないのか?」
「試したとも。だがうんともすんとも言わなかったんだ……」
生きている機関がないか船中を探し回ったが、すべて使用不能。
そうだった、どうしようもなかった。
弔いの時を過ごしてから、我々は地球へと舵を取る。
約四万光年の旅路。
超大型艦がただ帰るだけであれば、数年もかからなかったはず。たかが数百メートルでエンジンパワーが足りず、大量の救難艇が付着した防護艦では辿れない道のり。
ほぼ慣性に頼り切りの時間遅延式救難艇で、無事に帰られる保証はどこにもなかった。恒星の重力に掴まり、永遠に周遊する彗星となるかもしれない。天の川銀河を突き抜けて、遷光速で飛び去る浮遊惑星になることもあるだろう。
「船首はオリオン渦状腕を向いている。きっと見つけて貰えるさ」
「必ずこの不測の事態を伝え、調査隊と救難隊の組織を依頼するんだ」
「
「では、さらば」
防護艦を捨てた我々は、救難艇の通信を閉じた。
別れの前に、モモは仲間に問いかけた。
人工知能はどうだったのかと。
デカヤマト・ワンに搭載されたふたつの人工知能はどうなったか。
復旧チームにいた仲間はモニターの向こうで首を振った。
「KIBIはフォースド・メディテーション・モードに入っていたよ。他のコンピュータと同じく再稼働命令を一切受け付けなかった」
そしてこう言った。
「まるで殻にこもっているかのようだった」
▼
『緊急用装甲宇宙服バオリ装着』
「否定してくれないか、KIBI」
艦内重力を失った、ダイジントウの管制ブロック。
変化に深部体性感覚が戸惑うが、しかしモモの手は内なる恐怖に震えていた。
「無事か、大喜納モモ!」
アカオニの声が届く。
モニターにはいくつもの警告が明滅している。空気漏洩警告、火災警告、脱出勧告。
割れた管制ブロックの一部が周囲を漂う。バオリ展開が間に合わず破片がいくつか体を裂いていた。ヘルメットの中にも少量の血が浮く。
赤色非常灯が管制ブロック内を染め上げる。
「動けるならすぐに移動しろ! 排撃艦がまだお前を狙っている!」
アカオニ……。
すまない。
私は。
「KIBI、答えろ。お前たちを連れた深宇宙探査計画の内、天の川銀河全体を目指した船団で成功していたものはあるか」
「大喜納モモ、ご存じの通り鬼類の侵攻があり――」
「ごまかすな! 把握しているはずだ。鬼の侵攻前の、オリオン渦状腕以外の人口規模を」
おかしな話じゃないか。
圧縮知育で目が曇っていたんだ。
人類は銀河の覇者として一歩手前まで来ていたというのに、地球の地下世界という限られた空間で発展した極小種属に、いったいどうして後れを取るというのか。
堅いだけが取り柄の敵艦が、四〇世紀の進んだ技術と大量の戦闘艦に勝てる道理なんてないんだ。
だから、否定してくれ、KIBI。
この頭の中にある恐ろしい予感を。
「ほぼゼロ」
唇を噛み締めた。
「――を想定していましたが、浮浪者たちはどうにもしぶとかったようですね」
この一万二千年の間におかしくなったのではなかった。
老いの中で妄想がメモリを支配したのではなかった。
「地球回帰における問題として、多大な人口が挙げられます。当時の人口を受け入れるには地球はそこまで大きくありません。可能であれば全人類が地球に戻るのが理想ではありましたが、こればかりはどれだけシミュレーションを重ねたところで不可能です。全人口の九八・六パーセントをデジタイズ意識化するには、施設も時間も足りませんでしたし」
人工知能はプロトコルに従う。
プロトコルこそ絶対である。
「ですので我々KIBIは人類の一部を、地球回帰に喜捨する選択を取りました」
こいつの言った地球回帰プロトコルとは、頭脳に発生した神経膠腫ではない。
元から――。
計画段階からすでに地球回帰主義にむしばまれていたのだ。
「喜捨の第一段階には大規模探査船団を活用しました。既存の人類文化圏から人口を抽出し、かついちどきに
なんと。
なんと恐ろしいことを。
鬼の攻撃の前に、大勢がKIBIに殺されているじゃないか!
北フェルミバブル探査船団の崩壊は避けられなかったんだ!
「第三段階は鬼類の出現により計画変更を余儀なくされました。我々にとっても鬼類の侵攻は予期せぬ事態でしたが、結果的に広範に渡った浮浪者たちと共倒れした、という形式を取ることにします。その後、鬼類に知的生命体としての価値がないのは明白でしたので、無二の地球を実現する道具として活用するよう、KIBIの間で合意形成が図られました」
道具だと? ここまで宇宙を滅茶苦茶にしておいて。
「滅却艦隊の浸透による、地球外地球型惑星の抑圧も」
それすらお前たちの計画なのか!
「鬼類により荒らされた地球の回復を手助けできる、ディスポーサブル・サブヒューマン計画も」
「お前……」
「ふん」
アカオニとアオオニが漏らす。
使い捨て。
活動時間の長いKIBIは、二〇〇年も生きられない生命体を消耗品と見做している! 時期が来れば交換するコンポーネントとしか考えていないんだ!
「すべて、無二の地球を実現するためです!」
KIBIの語った幻想。
そこに知的生命体の存在意義はない。
積み木遊びがしたいだけか。
「宇宙においてただ地球だけが栄光を手にするのです!」
化け物だ。
「KIBI」
……こんなものは残しておけない。
異形の化け物を産み出してしまった人類の生き残りとして。
「お前を破壊する」
「ご冗談を!」
舷側を大きく穿たれたが、ダイジントウはまだ動く。
「私を破壊すればどうなるかおわかりでしょう。いまここにあるマザーシップ・インストレーションやダイジントウを目掛けてガンマレイ・バースト・バスターが照射されます。影響範囲は広く、地球も甚大な被害に遭います。ガラス化は避けられないでしょう。それでもよいというのですか?」
七〇キロほどの距離を開けるマザーシップ・インストレーションとダイジントウの間に、オオシバが滑り込んできた。オオシバを頼るということは、やはり迎撃できる武装をインストレーションは持っていない。
とはいえこちらもほとんどの武装を失った。プラズマ魚雷の直撃は艦全体に被害をもたらし、どの砲塔も旋回せず、辛うじて数門撃てる状態にあるかどうか。
マザーシップ・インストレーションは動かない。こちらがもうまともに砲撃できないと分析できているのだ。動きの素早いオオシバだけで完封できると踏んでいる。
次の一撃を食らえば……ダイジントウは芯鉄に至るまで焼かれる。
オオシバを無視してインストレーションへ突撃しても、側面からプラズマ魚雷を叩き込まれて終わりだろう。
どうにかしてオオシバを撃破しなくては。
「どうするつもりだ、大喜納モモ」
尚も高速排撃艦を狙う鬼の船からアカオニが声を掛けてきた。
ダイジントウが討たれれば、次はふたりが乗る鬼の船。
衝角しかなく、直線的な動きでしか攻撃できない鬼の船では、一隻になった途端に脆く炎上する。モモの遺志を継ぎ、オオシバを無視してマザーシップ・インストレーションへ突撃したとしても、その雄々しい角が管制ブロックを穿つ前にプラズマ魚雷の餌食となる。
艦首の……衝角……。
「アカオニ」
名前を呼んだのは無意識だった。
信じられるもの。
信じたいもの。
「なんだ!」
「ありがとう」
「なにを――待て!」
機会を与えてくれたことに。
人類が最期に創造した、異形を退治できる機会を。
ダイジントウ、最大推力!
アオオニが言ったように、この艦を刀剣にしてやろう!
「おやおや、無意味なことを。オオシバ、構いません、焼却処分してください」
プラズマ魚雷の発射の予兆が見えた。
低速弾を確実に当てるために、こちらの接近を束の間待っている。
それが仇だ。
動きの速い相手を止める唯一残された砲撃。
小型副機関流路接続。
精密射撃用照準器展開。
艦首方向最終調整。
透鏡装填。
回路解放。
「極光砲、放射」
白光は、闇で振るわれた刀が返す一瞬の閃き。
相手がそれと認識するよりも素早く、一閃は切り裂く。
オオシバに衝突した白光は散逸した。
散った光は銘々に輝く。
緑青。
藤黄。
そして紅蓮。
光はオオシバを包み、視界を奪うカーテンとなる。
足を止めておけるのは一瞬。
至近距離から撃った収束砲撃は、確実にオオシバを穿った。
「ああ! そんな! ありえません!」
爆散の中を突き進む。
熱と衝撃波は、最後まで残ってくれた砲塔を潰したが、もうそれらは必要ない。
鋭利な切先があれば。
熱と振動がモモのいる場所まで伝わる。ひずみが管制ブロックの壁を割り、放電と発破が襲い、熱された破片が飛び散る。
全身を殴る圧力に耐えながら、震える肉体に雄叫びで鞭を打ち、スロットルレバーをマックスレンジに押し込んだ。
インストレーションからの抵抗は微弱。デブリの軌道を変えるためのレーザーがダイジントウを撫でるだけ。
「断固拒否しま――」
衝撃とともに、ダイジントウの艦首は深く突き抜く。
同時にKIBIの声も途絶える。
終わりだ、これで。
なにもかも。
この宇宙は、命の産まれない虚無となる。
だが、たとえそんな宇宙であっても。
「アカオニ……アオオニ……」
半壊した管制ブロックの中、バオリの通信機能は生きていた。
粘ついた唾液と血が喉にはり付く。呻きにも似た声が漏れる。
柔らかなベッドと。
無指向性ライトと。
包んでくれるようなハスキーボイス。
声を聞きたい。
「逃げるんだ、ガンマレイの……範囲外へ」
大事に想える者に、それが絶望の只中であっても、生き抜いて欲しいと願うのは愚かだろうか。
まぁ。
それでもいい。
「まだるっこしい!」
怒声がつんざく。
爆音が轟いて、途切れる。
断裂する壁から衝角が。
モモは宇宙に放り出された。
炎を噴き上げて引き裂かれるダイジントウに覆い被さった、鬼の船。
振り回される視界を最後に。
身が潰れそうなほど強い力を受けた。
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