第8話(上)タタカイ

   ▼



「臭いとは思っていたが、ここまでとはな」

「カラクリダンゴめ、ついに正体を現したようだ」

「行くぞ」

「無論である」



   ▼



 鬼の船!


 現れた……マザーシップ・インストレーションの白い背中を突き破って!


 橙の閃光が一瞬、モニターを通して見えたと思えば、白い破片が綿毛のように吹き上がり、その合間から鬼の船が姿を見せた。


 三本の衝角に。


 赤黒い船体は。


 逞しかった。


「ハッハハ」


 ――声が響いた。

 吹き出すような笑い声だ。


「アカオニ!」

「待たせたな」


 包み込むような心地よいハスキーな声が、脳に染み渡る。

 この声が聞けるのを、私は望んでいたんだ!


「ありえません!」


 KIBIキビが割って入った。


「ドローンによる拘束は確実だったはずです。いったいどうやって――」

「そうだな、確実だった」


 アカオニがさらに遮る。


「だがいま、ドローンどもが拘束しているのは私たちの抜け殻だ。大喜納モモを蘇生させたノウハウを活かし、クローンを用意していたのさ。記憶の伝送にはすこしばかり時間を要したが、計画通り事は済んだ」


 つまり、いま通信で話しているアカオニは、モモと同じジョールイということか。元となった肉体はすでに活動を終えている?


「そんな作業をいったいどこで――」

「疑問ばかりだな。お前の頭上に浮いているものはなんだ?」

「だいたいその船も! ……ああ、そんな! メインエンジンのひとつから応答が消えています。私のマザーシップ・インストレーションに、なんてことを!」


「ふん、貴様は俺の産出計画をスキームと呼んだな? 成し遂げてみせたとも、悪巧みスキームを」

「アオオニもいるのか!」


 力強い声音がスピーカーを通して聞こえた。どうやらふたりともあの鬼の船にいるらしい。


「おい人間、ぼうっとするな」

「制御を奪われているんだ!」

「言ったであろう、面倒を見てもらえと――」

「カビたダンゴに頼ることなどなにもない!」


 静寂。


「ハッハハ、その通りだとも」

「ふん、言うではないか」

「どういうつもりですか!」


 そして一斉にしゃべり出した。


「大喜納モモ!」KIBIが続ける「あなたは蘇生後からやり直すのが懸命でしょう。救難艇からサルベージしたデジタイズ意識に上書きします。あなたが、あなた自身の使命を再認識するためにはやむを得ない措置です」

「黙れカラクリダンゴ。人間、コンソールの裏側にキーシリンダーを埋め込んでいる。俺のを使え」


 聞いてすぐにコンソールデスクの裏へ上半身を滑り込ませた。たしかに鍵穴がある。


「アオオニ殿、私の船にいったいいくつ小細工を仕込んだのです? あなたは早急に処分しなければなりませんね。各艦、あの船を撃沈してください」


 三隻のスラスタに火が灯った。


 その直前にモモは鍵を回した。


 ダイジントウは動かない。


「ダイジントウ? ダイジントウの反応がありません! アオオニ殿、まさか!」

「だから、言ったであろう。見えている脅威があらば、対策を取れとな。俺たちを産んだ頃よりすでに貴様はいかがわしかったのである」

「なんと! 許されません! 許されません! この敵性宇宙機を速やかに撃沈してください! ダイジントウは管制ブロックだけ残して処分を!」


 ダイジントウ搭載人工知能を中枢コンピュータから物理的に切り離したのか。そんなことが……いや、艦の復元を手掛けたアオオニならば仕込めるシステムだ。


 もしもモモが蘇生されず、ダイジントウが無人なままだった場合。


 人工知能の切り離しには通信を要し、電波を発すればKIBIに悟られる。生体中枢命令官オーダーマン用の管制ブロック導入に合わせて、電子制御を介さない物理キーでの切り離しを行えるよう仕組んだのだ。


「ありがとう、アオオニ」

「ふん」


 操縦桿による操艦は久しぶりだ。

 体が激しく動いてもいいように、腰が座席に吸着する。


 KIBIと人工知能の制御から離れたダイジントウは重力に引かれ、マザーシップ・インストレーションから離れつつあった。


 モニターのHUD表示をオンに、主機が発電する電力とエネルギーの配分調整を行い、全砲門を半自動制御に切り替える。


 サイドスラスタ出力とヨー方向をコントロールするフットペダル、簡易的な推力制御と前進後進をコントロールするスラストレバー、ピッチとロールを自在に操り複数のスイッチが備わる操縦桿、瞬間的にそれらを動かし動作を確認。


 いける。


 ダイジントウ、頼むぞ。


 三隻を沈め制宙権を得る。宇宙空間における抵抗手段を奪い、KIBIを我々に従わせる。


 そしてそのKIBIからひとつずつ、丁寧に、あらゆる権利と高等な頭脳だけを切除するんだ。滅却艦隊とKIBI双方のつながりがどこにあるか不明な以上、これは細かな神経を使う手術となるだろう。


 KIBIを完全に停止させるわけにはいかない。意識を持たないコンピュータに戻すのだ。


 モモには、人類の叡智と努力の結晶と謳われたKIBIをどうこうする知識はないが、クローン体の培養を成功させたアカオニとならば、きっとできるはずだ。


 いや、やらなければならない。


 さもなくば、新人類は産まれながらにしてその未来が閉ざされてしまう!


 モモは引き金を引いた。



   ▼



『大破・応答なし 一番砲塔』

『中破・エネルギーライン微弱 四番砲塔・八番砲塔・十二番砲塔』


 HUDの警告に冷や汗を垂らす。


 鋭鋒機の突撃を正面上方から受け、上甲板最前の一番砲塔が破壊された。


 吹き飛んだ一番砲塔の跡がモニターからの光景を妨げている。砲塔に直結している小型副機関は一時的に停止させて、隔壁や各パイプラインの閉鎖といった延焼防止策を講じてから再稼働。別のユニットへエネルギーをまわしている。


 他の砲塔へも鋭鋒機の突撃を許してしまい、砲撃はできても動かないか、砲塔内が被害に遭い満足な出力を得られない状況にある。


 小型機に対応する対空砲なんてものはダイジントウには無い。あったとしても、強固なシールドを持つ鋭鋒機を数十ミリのビーム砲で撃ち落とすのは無理だ。


 鋭鋒機の特徴は群れていること。ぎりぎりまで引き付け、重プラズマ砲で一網打尽にするのが最善策だった。鋭鋒機さえしのげれば……。


 被害は負った。

 だが、デカキギスは仕留めた。


 交戦距離が五〇キロメートル以下と近いため、拡散砲撃はできない。通常照射でも自艦に被害が及ぶ。指向性の強い収束砲撃を使用した。


 五射。デカキギスを沈黙させるのに必要な砲撃だった。


 一射目が上甲板前方から左舷へ斜めに貫いた。二射目と三射目が艦後方を焼いて推力機関を破壊し、四射目が檣楼を根元から抉り返した。五射目で艦体中央を撃ち抜き、真っ二つに割った。


 デカキギスは破片を撒き散らしながら、分かたれた片方は宇宙の彼方へ、もう一方はゆるやかに地球への落下軌道を取る。


 次だ。

 スゴエンコウが見えない。


 一〇〇キロメートルほど離れた位置で鬼の船とオオシバが互いの後方を奪い合っている。鬼の船にはどうやらまともな遠距離武装が無いらしく、衝角攻撃を狙っていた。オオシバは速力と機動力があるものの、肝心のプラズマ魚雷が低速なために確実に撃ち込める位置を求めていた。


 残りの一隻がいない。


「もう十分でしょう、大喜納モモ」


 KIBIからの通信。マザーシップ・インストレーションは武装に乏しいようで、元の位置で静観している。


 来た!


 スゴエンコウがデカキギスの残骸の裏から、最大推力を発揮して猛スピードで接近してくる。艦の全長の三倍近くもあるジェットが、スゴエンコウを第一宇宙速度まで押し上げる。


 モモはすぐさま回避行動に。速度よりも、すれ違い様に斬りつけようと真横に寝かせられた斬艦刀が目に入った。


 サイドスラスタまでも目一杯に噴射し、辛うじて回避。


「あれにも何か細工はないのか」

「こんなこともあろうかと」


 戦闘中にもかかわらずアオオニが返す。


「と、そんな言葉がいつでも出てくるわけが無いであろうが。この船を隠蔽できただけでも褒賞に足るとも」


 では自力で切り抜けるしかないか。


「ともに地球に降りましょう、大喜納モモ。ここ数週間の記憶を捨てるだけです。そして地球の回復に真摯に取り組んでいただければ、この度の行動と発言について不問としましょう。お望みとあらば、あなたの細胞から別の人間を培養します。新人類として撒く種ではなく、あなたの友人および恋人としての人間です。私としても、超成熟社会の研究ができますので、ぜひともご協力いただけると嬉しいのですが」

「気持ち悪いことを言うな!」


 更なる突撃を回避する。突撃に合わせて砲撃しているが、スゴエンコウの正面装甲は重プラズマ砲の収束砲撃を耐えていた。


「君は宇宙の開拓と人類の発展を支えるべく産み出された人工知能のはずなんだ。文明の後退を望んだ地球回帰主義的思考は削除するんだ!」


 人工知能は失笑した。


「後退ですって? まったく見当違いです。地球回帰とは、技術を排し自然へと還ることではなく、まして後退などありえません。緩徐と言うべきです。一〇年、二〇年での性急な技術革新が抑制されるに過ぎず、市井の変化はゆっくりとしたものになるだけなのです。


 あなたは地球を猿の星と勘違いしていませんか。


 野良犬が駆け回る山野でもありません。


 狩猟鳥を追い回す猟場でもないのです。


 人類の安息の地です。


 人類は地球において適切な繁栄を享受すべきです。人口の調整、計画的な産業、政治、すべて人工知能と自動機械が賄います。貨幣制度は旧時代のものとなり、人は衣食住を望むままに叶えられます。


 執政を人に任せてしまえばこの維持はできませんが、高度な人工知能に託せばその限りではありません。実際、いくつかの植民星では人工知能による統治が成功していましたし、その経験から私が産み出されたことは明白です。


 ああ、人工知能による管理などと驕るつもりはありませんよ。主権は人類にありますから、人工知能が誤った選択をした時のために、それを正すための活動が許されています。万が一にも無いでしょうが。


 よろしいですか、人々から不足が排除されるのです。ええ、人間の精神が産む欲には際限がありません。ですが、小欲知足という言葉があるように、欲のベクトルを制御していくのです。


 食べたい時にいつでも好きなだけ食事ができますし、愛情がわけば相手も子どもも用意されますし、仕事がしたければ人工知能の領分からいくらか分け与えられます。この程度の平易な欲は十全に補われるべきです。また、手厚い医療サポートにより健康的な肉体が維持され、いよいよ物質世界に飽きればデジタイズ意識体へ移行し、データの海の中で肉体の限界を超えた欲を満たせます。


 極楽の維持こそ、知的生命体の忘れ得ぬ到達地点だったのです」


 べらべらとふざけた理屈をこねるな!


「そんなものが栄華なものか! 人間がその程度で満足できる生命体なら、とっくの大昔に滅んでいた! 太陽の恩恵を受けて生き、星々を見上げた瞬間から、人類は宇宙への渇望を抱いてきたんだ。閉じこもって生かされるなど、到底受け入れられない!」


 今度は嘆息が漏れ聞こえた。


「外界に希望があると夢想を抱くのが知的生命体の悪い癖です。命をかけて何かを成し遂げる時代は終えるべきだったのです。宇宙などは仮想空間と脳神経系電位操作、前庭器官操作でご満足いただけるでしょう。人類の発祥した地球から、一歩も出る必要はありません。人類は地球に対する永久の愛を胸に生き、死すれば肉体を地球へと還すのです。


 おお! 命に与えられた美しいプロトコルではありませんか!」


『注意 注意 注意 九番砲塔・十番砲塔 大破』


 地球回帰主義の妄言に気を取られ、左舷中央二基の砲塔に斬艦刀がかすめた。


 ダメージコントロール……の猶予がない!


 衝撃に動きが鈍った瞬間をスゴエンコウは見逃さなかった。大推力に物を言わせ急反転。広げられた腕部の慣性に連れられぐるりぐるりとロールしながらも、全身のサイドスラスタを輝かせて無理やり艦首をこちらに向けてきた。


 被害の少ない後部砲塔群で迎撃する。


 確実に直撃するほとんどの砲撃は、しかし装甲と三本の斬艦刀によって打ち払われる。


 鬼類を滅ぼした青白のプラズマが、無残に散らされていく。


 いったいなにと戦わせられているんだ、ぼくは!


 メインスラスタ最大推力での離脱は意味が無い。向こうの方が速い。


 原子力飛行船に味わわせた恐怖がこんなところで牙を剥いてくるとは。


 距離一八〇キロ……一五〇キロ……一〇〇キロ……。


 等倍モニターでは光点に過ぎなかったスゴエンコウが、拡大もなしにその姿が見えるようになる。


 斬艦刀が二本、溶解してちぎれかけている。回避機動を取りつつこのまま撃ち続ければ、斬艦刀を折れるか!


 その前に取り付かれ、こちらが叩き折られるか。


 ロールしながら切り払いを続けるスゴエンコウの回転がぶれた。ちぎれた斬艦刀が彗星のようにすっ飛んでいく。


 いまだ!


 主軸に重プラズマ砲を――。


 チェーンソー!?


 スゴエンコウが新たに取り出したのは、青白く高速回転する刃を持った、全長二〇〇メートルほどの鎖鋸型削岩機。小惑星などの岩石惑星を粉砕するために作られたというのは建前で、技術の流出によりエネルギーシールドが正規軍以外にも備わったのを危惧した、全装甲対応型艦対艦近接武装。


 そんなものまで復元する必要があったか、アオオニ。


 あれはかすめただけでも不味い。エネルギーシールドのないダイジントウに刃が当たれば装甲が破断され、広がる亀裂が艦全体にひずみをもたらし、瞬く間に爆裂する。


 これが戦術格闘艦! 気体生命体との戦いでは無用とされたが、対艦戦闘では無類の強さを誇る艦種か。


 万事休す……!


「大喜納モモ!」


 鬼の船が。


「アカオニ!」


 土手っ腹に衝角を突き立てた。


 深く突き刺さるそこは武器庫。

 武装をいくつか消費して空きっ腹だったというわけか。


「撃て!」


 リバーススラスタで離脱する鬼の船が残した裂け目に、砲撃を叩き込む。


『警告 プラズマ魚雷接近』


 次はオオシバか!


 赤熱するスゴエンコウを盾にその場から離脱を図った。プラズマ魚雷はスゴエンコウに命中してもろとも爆散する。


 わずかに振動を感じた。


 重力制御で揺れるはずのない管制ブロックにいるのに。


 戦闘のダメージがいよいよ奥にまで達しようとしている。


「大喜納モモ、いけません。このままではもう、あなたを残す手段を執れそうにありません。お願いです、ただちに戦闘行為を停止し、マザーシップ・インストレーションにお戻りください」


 無視する。記憶を元に戻すなどまっぴらごめんだ。


 それにオオシバに背後を取らせないための回避行動で精一杯なのだ。メインスラスタに頼っていると、旋回能力に勝るオオシバにあっという間に真後ろを取られる。生き残りのサイドスラスタをフルに活かしながら、艦後方を滑らせた円旋回、細かいローリングとピッチングを混ぜたきりもみ、様々な機動を織り交ぜる。


 オオシバの放つプラズマ魚雷は低速で、迎撃は容易い。収束砲撃を魚雷にぶつけるだけで消滅する。だが、こちらのオオシバを狙った攻撃も命中には至らない。豊富かつ高出力のサイドスラスタを用いたオオシバの機動は、寄ってきたり離れたり、こちらの様子をうかがうように速度を緩めたかたと思えばびゅんと飛び跳ねたり……機敏そのもの。


 鬼の船も衝角攻撃の機会を見つけられずにいる。


 どちらかがオオシバの注意を引いて、マザーシップ・インストレーションに乗り込むという手段も一考した。だが制宙権を得られていないまま乗り込んでも、ドローンにあっという間に制圧されてしまう。


 宇宙におけるKIBIの抵抗手段を奪わねば先に進めない。


「私だって本当はこんなことをしたくないのです。あなたを速やかに処理し、次のジョールイを設けてもよいのですよ? そうしないのは、産み出されたあなたの生命を尊重しているからです」


 呆れる。


 アカオニとアオオニはそれに値しないと言ったようなもの。自ら協力者として産んでおきながら、『道具』でしかないと考えているわけだ。


 知性を未来のために使おうとする彼女らを知ろうとせずに、予め定めた枠組みに押さえ込もうとしている。


 人間のように知性ある者たちは、動物や道具といった先に存在する枠組みから自然と溢れ出ようとするのだと思う。枠組みとは、知的生命体を取り巻く苦難であるのだ。苦難を理解し、打ち克つあるいは受け入れてきた。


 これで、KIBIが新人類をどのように扱うかは判明したな。


 のやつに文明は任せられない。


 原因不明なまま放棄せざるをえなかった北フェルミバブル探査船団とは違う。


 次に産まれてくる地球の文明は守ってみせる!


「返事をしてください、大喜納モモ! ああ! あなたを蘇生させたのは誤りでした! 結局のところ、あなたも離郷の末に無宿人と慣れ果てた愚か者どもと同じなのですね」


 また地球回帰主義の妄言か。

 聞き飽きたぞ。

 すぐにファクトリー・リセットをかけて、分解してやる!


「なぜあなたが戻ってきてしまったのです? 北フェルミバブル探査船団のKIBIは重大なミスを犯したようです」


 待て。


 なんで探査船団の話が――。


『警告 プラズマ魚雷接近』

「モモ!」



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