第5話(下)アオオニ

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 星系戦艦ダイジントウ。


 人類軍の戦艦としては、恐ろしく小さい旧式艦。


 全長四〇〇メートル、艦幅五〇メートル、最大艦高一二〇メートル。イノウエ式放射機関の小型化に成功したハ号艦本イノウエ式缶を搭載。乗員は一〇〇名程度、だったが、後の改修で生体中枢命令官オーダーマン一名もしくは無人での運用ができるようになった。


 その改修で武装が大幅に追加。元は甲板にしかなかった三連装重プラズマ砲が両舷八基、船底三基の計一四基に増加。艦首には気体生命体を滅する極光砲。動きの遅い静的目標に対する制圧火力が強化された。


 モモとアカオニは艦を取り囲むメンテナンス・アイルに立ち、あの病室の壁にも似たつるりとする真っ白な船体を見上げる。


 星系戦艦という艦種は、西暦二七〇〇年前後、人類がまだ太陽系を出たばかりの頃に表れ、それぞれ五つの星系に存在した防衛艦隊の旗艦を担った。しかしながら人類以外の外敵は想定しておらず、その役割は治安維持と中央政府の示威にある。


 ……秩序をもたらすための、見た目だけの英雄的軍艦。これ以降は、深宇宙探査と防衛力の双方を備えたディー・エス・エクスプローラーやコンテナーが主流となり、純粋な戦闘艦はしばらく登場しない。


 とはいえ当時最先端だったハ号艦本を実装しているし、各砲塔に独自にエネルギーを供給する小型副機関を搭載した上に、新素材による砲門で弾切れや放熱を気にせずいくらでも撃ち続けられる新型砲塔の当艦は、次代の宇宙艦艇の礎となった。


 改修が行われたのは、気体生命体との戦乱の最中だったはず。星系戦艦の就役から約五百年後の三二〇〇年代半ば。最初の五つの星系内で周遊するだけだった星系戦艦は、大規模改修を経て矢面に立たされる。


 気体生命体を無に帰す艦首極光砲は強力だったが、しょせんは小さな旧式艦。無人艦として敵中枢に突入する玉砕か、市民を守る盾となって轟沈するのが彼女らの最期。


 五隻すべて失ったことで、モモのような生体中枢命令官オーダーマンや一部の軍事マニアだけが知る艦種だった。


 筈なのだが、まさか生き残りがいたとは。

 同情の念を禁じ得ない。


「おぉい! 遅かったなぁ!」


 甲板から何かが落ちてきた!


 ああ……もう、うろたえまい。


 青い肌の鬼!


 獅子のような髪を掻き上げて胸を張る女は、アカオニよりも筋肉に恵まれた体躯。胸元を大きく露出しているのを除けば、一九世紀の紳士服に似る。意匠の少ないデザインで、尻に載って広がるテール・コートに裾幅の広いズボン、分厚いヒールのロングブーツ。首元のトラ柄のスカーフは目立つ。


 アカオニのそれよりも雄々しく伸びる角は、額の正中ではなく右に寄っている。左目は垂れ下がる前髪で隠れ、右目には金鎖を揺らすモノクルが嵌められていた。


 筋肉質な胸を大きく張って、モノクルの奥にあるギラギラとした目がこちらを見下ろす。


 ピックで氷を突くような足音のアカオニといい、この二人はいったい全体どうなっているんだ。膨大なファッションデータは無視して、博物館から調達したのか? 盲目的な地球回帰主義者を想起させるな。


 かくいうモモは、印刷されたばかりの難燃性の上下一体型密着スーツ。必要十分だ。


 コートの下衿をぐいと引っ張って、角張った手を突っ込んだと思えば、取り出したのは小ぶりな懐中時計。

 眉をぴくりと引き上げた。


「俺が人間を叩き起こしてから――つまりはそこのアカオニが悠長にやっていた時から――なんてこった二七時間も経過しているではないか。どうやら人間様はもうひと眠りとしゃれ込んでいたようであるな」


 口を大きく開けて喋るから、鋭い歯が何度もちらちらと見える。


「のんびり屋だから、クソッタレどもに滅ぼされるのだ」


 なんだと。野蛮なのはどちらか!


「おぉ、そう可愛げに見つめるな、人間」


 隣のアカオニが前に出た。


「黙れ、アオオニ。動かしたばかりのクローン体だ。食事と睡眠をさせて一日かけて起こす必要があると言ったろう」

「はん? まるで赤ん坊……おっと、それで違いなかったな。産声もご立派であったとも」

じゃれるな。艦を見せろ」

「ふん」青い鬼は鼻で笑う「艦だと?」


 青肌の鬼が、握りこぶしをごりごりと船体にすりこぐ。


「敬仰しこうべを垂れよ。かの役儀こそ、娑婆をむしばむ畜生を鬼籍に還すもの。後生を願う剣である」

「剣?」

「おうとも、人間」


 敬えという言葉とは裏腹に、青い鬼は船体に拳を突き続けた。


「こいつは化け物を打ち払う神器となるのだ。荒くれ軍艦ではなく、破邪の刀剣として次代の精神を支えてもらおうではないか」


 ダイジントウは両舷がほぼ垂直で、甲板と船底は平たい。先が細く、メインスラスターにかけて緩やかに広がる艦影は、なるほど短刀もしくは槍の穂先にも見える。第三ミレニアム中期の軍艦に特徴的な、切り取った羊羹のような後甲板と船底の艦上施設が、尚のこと鍔か反しに似ている。


「とくにあの極光砲とかいう兵器。平べったいビーム状の弾体らしいな。刀剣で突きをするみたいであろうよ」


 鋭角三角形の艦首は、装甲を二枚貼り合わせたような形状で、間に薄い隙間が空いている。これこそ気体生命体を屠ってきた艦首極光砲であり、青い鬼の言う通り、その様は鋭い刃を放つようであったという。


 しかし。


「極光砲はアラカン・マテリアル製の透鏡を通した一種のレーザー光線で、ほとんどの物質に対して貧弱なんだ。光でセンサー類を紛らわす程度でしか使えない。残念だが鬼との戦いには無用だな」


 しかも透鏡は一発で交換が必須という非効率な構造。目眩まし用途でも対艦発光弾に劣る。塵の集合体である気体生命体を相手にした、古い時代に限られた兵器である。


「ふん、つまらんな。真に残念である。そのなんちゃらマテリアルも態々磨いたというのに。重プラズマ砲撃で我慢するしかないであろうな」

「高出力のプラズマも地球の環境に影響を与える」

「面白いことを言う。有機生命体ひとつを根絶やしにしようというのに、人畜無害な兵器があるというなら、是非ともご教授願いたいのであるが?」


 なんとも気に食わない言い様だ。


「それにしても? 謝辞のひとつもその小さやかな口から出ないとはな」

「なんのために」

「無人艦だったところを、人間が乗るからとうんたらかんたら用の管制ブロックを準備したのであるぞ。貴様の着ていた宇宙服もなんと、組み直してやった。喜ぶといい」

生体中枢命令官オーダーマンだ。君が艦を?」


 艦の周囲には、作業用多関節アームを搭載したドローンが飛び交っている。モモの知っている型なので、KIBIキビの用意したもののはず。船体整備だけでなく、警備や清掃その他雑務をこなせる人間サイズの汎用ドローンだ。


 機械的で正確なディテールを持ち、合理的な美しさがある宇宙艦に鬼が関わっているとは考えられない。宇宙艦を手掛けたのはKIBIで間違いない。


「よもや、死に絶えたはずの人間を乗せようなどとは、カラクリダンゴも思わなかったであろうな。俺がいて幸いであったとも」

「人間はまだ滅んでいない」

「衝動的に実の無い不服を垂れるでない。カラクリダンゴはそう捉えていないのであるぞ。だからこそ、俺が協力する羽目になっているのであろうが」


 協力……この鬼もまた協力者を名乗るのか。


 猛々しいとはいえ醜悪でないのは、KIBIの遺伝子設計によるもの。アカオニに比べれば、圧縮知育で見た筋骨隆々の狼藉者の雰囲気を引き継いでいる。下っ腹に響く強圧的な声には慣れそうにない。


 KIBI、どうせなら人格形成まで調整の手を伸ばせばよかったものを。フールプルーフを意識した危険性のない思考の育成は、人工知能工学において鉄則だろうに。道具としての性質を確定する大事な作業のはずだ。


「からくりだんごじゃない。KIBIと呼ぶんだ」

「茶菓子と誤って噛み砕いてしまいそうなのために、なんとも甲斐甲斐しいではないか。軍艦どもにもカラクリダンゴの息の掛かった艦載人工知能を備えている。最後まで面倒をみてもらえ」


 軍艦どもだと?


「もういい、大喜納モモ」


 アカオニがこちらの肩に手を置く。


「いま我々のいるこの施設は、火星でKIBIが新造した、宇宙艦用マザーシップ・インストレーションなのだ。あの星で朽ちていた何隻かの戦艦再建のために造られた」

「つまり、ダイジントウ以外にもあるのか?」


 青い鬼にアカオニがあごで指示を出す。


「見せるぞ」

「無論である」


 ダイジントウを取り囲むメンテナンス・アイルの最上階へ。エレベーター内の高さは十二分にあるものの鬼二人で窮屈で、柱みたいな四本の脚の隙間に入り込まねば、モモは一緒に上がれなかった。スポーツマンとボディビルダーに脇を固められている気分。


 高い体温に囲まれて暑い。


 船渠の天井近く、ダイジントウを見下ろせるフロアまで来た。


 青い鬼が指を振れば、天井の照明が一斉に灯った。


「これは……」


 隔壁で分けられた船渠に、ダイジントウの他に三隻の船が並んでいた。


 手前、全長二五〇メートル程度の高速排撃艦はオオシバ。


 薄茶で、円筒形をしているように見えるが、実際には中心の駆逐艦に四つのサポートユニットが張り付いている姿。ダイジントウよりも千年後にできた攻撃艦で、重力特異点発生装置を使用したサポートユニットにより、爆発的な加速で戦域を駆け巡り対消滅魚雷で攪乱を行う。無人化された高速排撃艦は、即応可能な要撃艦として有人コロニーや衛星型データサーバの防衛にあたっていたが、外敵がいないためただの飾りと化していた。


 その奥のダイジントウよりも百メートル大きい、ずんぐりむっくりした戦術格闘艦はスゴエンコウ。


 五本の戦術腕を持ち、斬艦刀などの対艦近接武装を用いて格闘戦を仕掛ける血の気の多い戦艦だ。特筆すべきはその防御力で、重力制御を用いた抗重力反応装甲は、物理弾頭だろうとエネルギー弾頭だろうと半端な火力では撃ち抜けない。戦術格闘艦は三一〇〇年頃の艦種だが、気体生命体との戦争では役に立たず、ほとんどが解体された。


 一番奥、円形の艦橋が複数重なった、木耳を思わせる檣楼しょうろうの航宙戦闘空母デカキギス。


 両舷には蜂の巣状に発進口がびっしりと敷き詰められており、それぞれのリニアカタパルトから小型機を一斉に発艦させる。後尾には、尾羽のように細長い飛行甲板を有しており、大気圏内においても小型機の発着艦が可能な他、発進口を使えない爆撃機等の大型戦闘機の運用を可能にしている。四隻の中では一番巨大だが最も古く、小型機がまだ有用であった時代の艦艇である。


 星系戦艦ダイジントウ。


 高速排撃艦オオシバ。


 戦術格闘艦スゴエンコウ。


 航宙戦闘空母デカキギス。


 どれも、モモの産まれた頃にはとっくに時代遅れになっていた産物。


「よくもまあこんな骨董品を用意したものだ。この程度の戦力で鬼どもを討滅せよと言うのか」


 モモが言うとふたりの鬼は互いに目を合わせ、片方は思わずといった風に一笑をし、片方は鼻で笑った。


彼奴きゃつらにこの艦と戦える戦力は、ほとんど残ってはいないさ」

「クソッタレどもの主戦力は原子力飛行船である」

「宇宙に飛び立つ技術すら失いつつある獣どもが相手だ」

「撃砕には造作ないであろう?」


 その話が本当なら、この四隻で地球に行けば――。


 うち捨てられた道具が再び日の目を見るのは、思いがけない境遇によってその役割が必要とされた時だ。


 人類の産み出した軍艦は、創造主の消えゆく想いを守りつつ、力を行使する。

 きっと、忠実に。


「それは……殺戮になるな」

「情け無用だぞ、大喜納モモ」


 わかっているとも。


 鬼、征伐せん。



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