間章、召喚士たちの午後・3
3
演習翌日。
昼頃になってリーズリースが演習場の保全活動から戻ってくると、案の定、格納庫では整備士たちの人垣が出来ていた。
「……今度は何です?」
「あ、リーズリース! 見て見て! ウィル君のあの勇姿を!」
パディントン整備主任が指差す方を見ると、例の脱皮したての蟹を思わせる召喚機が、半透明の手を器用に動かしてアイシャの支援試験型ドールをきゅっきゅと磨いているところだった。
「
「……それは誰もやらなかっただけでは?」
呟くリーズリースの周りで整備班の
「見ろ、あの関節部を! 泥どころか埃一つ残ってないぞ……!」
「あの複雑な形状の召喚機に磨き残しなしで仕上げるなんて……!」
「それだけじゃない! あの装甲の輝きを見ろ……!
「ああ、ワックスが均一に伸びなければあの艶は出ない……!」
「あいつ……俺たちをあっさりと追い抜いていきやがった……!」
整備班が口々に勝手なことを言うのを死んだ目で聞いていたリーズリースの傍らで、パディントンはうっとり機体を見上げて言った。
「やはり天才だわ……! 整備部に来たらすぐにエースになれる逸材なのに……。リードマン教授、譲ってくれないかしら?」
「パディントン主任。ウィルには他にするべきことが山ほどありますので返してもらえませんか?」
「……汚れてる機体はまだいくらでもあるのに?」
「それは主任たちの仕事でしょう!?」
リーズリースの怒声に、整備士たちが一斉に抗議の声をあげていると、《
「リーズリース! 奉仕作業おつかれさまでした! すぐにお食事になさいますか? あ、それとも先に湯浴みとお着替えにいたしますか?」
獲物を拾ってきた鳥猟犬のようなウィルに、リーズリースはたずねた。
「……今日は安静にしているように言ったはずですが?」
「それが……その……じっとしているのが落ち着いていられなくて……。リードマン教授もお忙しくてご指示もいただけてないので、それなら皆様のお手伝いをと……」
「召喚機に乗れるのであれば、これから訓練にしてもいいんですよ?」
リーズリースが半眼になって言う。そこへ背後から涼やかな声が聞こえてきた。
「これから訓練か?」
「……ファン・メイヤン?」
振り返ったリーズリースは思わず声を上げていた。
切りそろえた黒髪。人形のような風貌。第五師団ファン・メイヤンがどういうわけか試験機部隊の格納庫へ入ってくるところだった。
リーズリースは敵意を隠さず、ウィルを庇うように前に出た。
「何の用です? ウィルに何かしようというなら私が相手になりますよ」
メイヤンはこちらにやってくると、切れ長の双眸を二人へちらりと向けてきた。それから息を大きく吸ってから一息にいった。
「私は偶然、時間があってここを通りかかったところだ。覗いてみたらお前が見えたのでな。それにしてもおかしな機体だな。二人乗りなのか? よし、せっかくだ。私が同乗して、訓練に付き合ってやる。乗れ」
「「…………え?」」
「…………」
リーズリースとウィルが固まっていると、メイヤンはオクタ・ドールに歩み寄り、開けっぱなしになっていたハッチに足を掛けていた。
リーズリースは我に返り、搭乗口に駆け寄った。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと何をしているんです!」
「……何だ?」
「『何だ?』じゃありません! 勝手にうちの機体に乗らないでください!」
「だから私に触るんじゃない……!」
すでに操縦席に潜り込んでいたメイヤンの白装束を引っ張る。
「今度は何を企んでいるんですか! 勝手に押しかけてこんな真似を!」
「……偶然、通りかかったと言ったはずだ」
「そんなわけないでしょう!? あんな棒読みの台詞で誤魔化せると思ったんですか……!」
「……う、うるさい! とにかく、私がこいつに術を教えてやろうと言ってるんだ! 黙って言う通りにしろ!」
「ウィルの訓練なら私が責任者です! あなたの手など借りません!」
「お前みたいに術が下手な奴に教わっていては時間を無駄にするだけだ!」
「な……!」
メイヤンは咳払いし、声を元の調子へと戻した。
「どうせお前にはこいつの力なんて何もわかっていないんだろう?」
「…………?」
リーズリースは怪訝な表情を浮かべながらも反論した。
「ウィルに才能があるのはわかっています。眷属を同時に八体持つことがどれだけ大変なことなのかも……」
「それがわかっていないと言っているんだ」
メイヤンは冷ややかにリーズリースを見やった。
「わかっていないからお前はあのとき手を出したんだ。お前が邪魔さえしなければそいつは……」
「あの! あの!」
突然、ウィルがリーズリースのコートを引っ張った。操縦席のメイヤンをそのままに、格納庫の隅へとリーズリースを連れて行く。
「……どうしました?」
「ひとまずここはメイヤン正召喚士のお言葉に甘えようと思うんですが」
「…………」
リーズリースの視線が、一瞬、冷たくなり、ウィルは後ずさる。
「い、いえ! このままだとメイヤン正召喚士は帰ってくれそうにありませんし、僕が大人しく言う通りにしたほうがいいかと思いまして……! それにリーズリースもお忙しいでしょうから……!」
「…………そうですか」
リーズリースはオクタ・ドールを一瞥する。メイヤンはハッチから猛禽のような眼差しを向けてきていた。
「わかりました。決めるのはあなたですから」
◆
ウィルは前部座席に収まりベルトを着けてから、おそるおそる後部座席を振り返った。
「やってみろ」
閉鎖された操縦席の薄闇の中、メイヤンの鋭い双眸が浮かんでいた。深夜の密林、藪の奥に潜んでいる野生の虎にじっと見据えられてるような重圧感。
げしげし、臑を叩かれる。足元を見ると、〈ブラウニー〉を始め小妖精たちがかたかた震えながら、ウィルの脚をべしべしと叩いていた。何でこんな危ない奴と二人きりになるのだ、と責めているようだ。リーズリース相手には平気で悪戯する妖精たちもメイヤンをからかうのは控えているようだ。
「どうした。構成を始めろ」
「あの、ファン・メイヤン正召喚士?」
「まどろっこしい。メイヤンでいい」
「……で、ではメイヤン。後ろのロッドには触らないようお願いします。危険ですので」
「わかった」
ウィルは右パネルからロッドを引き出した。祈りを捧げるように先端の晶石を手に包み込み、集中を開始する。操縦席にウィルの魔力の粒子が溢れる。
構成開始。魔力場展開。
手順通り、まず、視覚を確保するため一番ネイオスに門を開いた。
「コール・スプライト!」
〈スプライト〉を純化召喚。光を操る能力を拡大し、外光を操り、手元の晶石を介して、操縦席のパネルに外の景色が映し出された。
次に〈エコー〉による集音。〈ケット・シー〉、〈クー・シー〉による動力確保へと続く。
構成を終えると、いつものように機体を演習場へと向けて進ませる。
ちらり、格納庫付近を見ると、リーズリースの姿はすでに小さくなっていた。
ウィルは意を決して、口を開いた。
「それでですね、ご相談があるんですが。昨日のことは姫様には内緒にしていただけませんか? 僕も誰にも話さないと約束しますから」
「なるほど、あれは偶然ではないということか」
「……え?」
振り返り、ウィルは硬直した。
メイヤンが後部座席のロッドを手に、導霊系に魔力を送り込んでいる。パネルの風景の中に、七番ネイオスに宿った〈白虎〉縞模様がおぼろげに映っていた。
「な! な! な! 何をしているんですか!」
「ロッドは両手で保持しろ。魔力場が不安定になっているぞ」
「え!? は、はい!」
ウィルは操縦桿を握り直した。
「見間違いではなかったようだな。他人の魔力場の中でも干渉せずに召喚ができるとは。八体同時召喚といい、おかしな魔力特性だ」
「それはたぶん、僕の魔力が弱すぎるからで……」
メイヤンはウィルの弁解も聞いていないようで、今度は風景が映し出された内壁に触れた。
「この機体もお前同様におかしい。重く、重心のバランスも悪い。ネイオスは小型で出力も弱い。そう見せかけながら使われている晶石は良質で高度な純化に適し、深い領域帯までなめらかに出力できるよう丁寧に調整してある。佰候召喚師用のドールであってもここまでの手間は掛けてないぞ」
そこで再び、メイヤンはウィルへ鋭い視線を向け、尋ねてきた。
「お前は何者だ? 聖都で何をしていた?」
「…………」
ウィルは視線を逸らす。
「言いたくないのならいい。あいつに知られたくないというのなら黙っておいてやる。教えてやる義理もないからな。だが……」
後頭部に刺すような視線。
「お前にはもう一度、私と戦ってもらう。どちらの術が上か、はっきりさせてやる」
「僕、昨日、負けたばかりですよね……?」
「お前に力が足りないのは確かだ。眷属の力も、召喚機を操る技術もまだ未熟だ。だから、私が戦えるように仕込んでやる。明日以降も、暇を見て私が術を教えてやるからそのつもりでいろ」
「その、お気持ちは嬉しいのですが、あいにく整備班のお手伝いなどで手が塞がっておりますし、このドールの試験運転も辞退させていただこうと考えてまして……」
と、メイヤンが怪訝そうにたずねてきた。
「……まだ聞いていないのか?」
「え?」
「天涯回廊に発生した異影を制圧するため、いま召喚院にいる人員で合同部隊を編成し派遣することになった。私もお前たちもそこへ送り込まれることになっている」
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