間章、召喚士たちの午後・2

    2


    懲戒処分通知


 リーズリース・ディ・グレンクラス(第十三師団所属正召喚士)


 貴殿の第十一回戦術演習における規律違反及び危険行動に対し、執行部は十八時間の奉仕活動(演習場保全作業)を命ずる。


 以上


    ◆


 執行部からの通知書を手に、リードマンはぼそりと言った。

「あれ? 君に言わなかったっけ? 問題起こすなって」

「納得できません!」

 リードマンの私室では、リーズリースの不服申し立てが行われていた。

「何故、私だけが懲罰されなければならないんです!」

「演習に乱入した挙げ句、相手のドールを損傷させたんだ。当たり前じゃないの」

「ウィルが戦闘不能だったのに向こうが攻撃を続けてきたんですよ!」

「ネイオスは使用不能になっていない。ルール上は失格になっていない」

「メイヤンはあえてそうしなかったんです! ウィルを嬲りものにするために!」

「人間の心の中までは証明できないからねえ……」

「ふざけないでください!」

「じゃ、演習場の清掃活動頑張りたまえ。以上、下がってよろしい」

「…………! 失礼します!」

 拳を握りしめながらドアに向かったリーズリースが足を止めた。振り返ったとき、その目からは怒りが消え、代わりに不安と疑念が入り交じっていた。

「……教授はどうしてウィルを聖都から招いたんですか?」

「どうして? 言ったじゃないか新型機を任せるためだって」

「ウィルが召喚機に乗れないこと、本当は知っていたんじゃないですか?」

「彼がそう言ったのか? 謙遜も過ぎれば、というやつだな。佰候召喚師候補が乗れないわけがないだろ? 実際、あれだけ乗れているのに」

 リーズリースは机の前に戻り、尋ねてきた。

「ウィルは聖都で何をしていたんです?」

「彼のファイルは渡したはずだろう?」

「ファイルに書いてあった以外のことです。何か知ってるんじゃないんですか?」

「もし知っていたとして私が必要な情報以外、君に渡すと思うかね?」

「…………」

「それに知りたかったら本人に聞いたらいいじゃないか。幼馴染みなんだろう?」

「……失礼します」

 今度こそ、リーズリースは部屋を出て行った。

 しばらくして、再びドアがノックされた。リードマンはファイルを閉じ、外に声を掛けた。

「どうぞ。うちの召喚士への抗議だったら手短に……」

「失礼します」

 入ってきた人間の顔を一瞥してリードマンは眉間に皺を寄せた。執行部の男はいつものように感情も見せず、余計な挨拶もなしで、用件だけを告げてきた。

「佰候召喚師アレフロート・リードマン。執行部による緊急招集が発令されました。至急、『長卓の間』までお越しください」

「……今度は執行部か。おまけに『長卓の間』とは。どうも嫌な予感がするな。用件を先に教えてもらえると心の準備ができるんだが」

「本件は機密事項に指定されました。ここではお話しできません。どうぞご用意を」

 執行部の男は慇懃にそう言った。


    ◆


 バローク召喚院、大聖堂地下。

 リードマンが『長卓の間』に足を踏み入れた途端、重苦しい空気に迎え入れられた。湿気と冷気が立ちこめる石造りの一室。バローク召喚院の最奥に位置するこの部屋には、物理的な防諜機能だけではなく、対召喚術用の晶石があらゆる箇所に設置され、常に強力な魔力場が展開している。

 重い空気の原因は物理的・魔力的要因によって引き起こされている、だけならどれほど良かっただろうか。

 この重圧の根源は中央に設えられた長卓にあった。

 それ自体は変哲のない卓で、長辺にそれぞれ十三の椅子が並べられている。

 西側の辺、それらはバローク召喚院の中核、佰候召喚師のためのものだ。レコンキスタの時代、その類い希なる力によって王侯と同等の権利を認められた新領の支配者たち。

 一方、長卓の東側は執行部の領域だ。西大陸各地の王家、政府、教会勢力といった旧領から派遣された代表者で構成され、召喚院の運営・監督を担っている。

 この場所こそがバローク召喚院の意思決定の場、すなわち、西大陸最大の武力を動かす中枢であった。旧領と新領の支配者たちの数多の権力闘争の残滓が部屋に染みつき、四方から押し寄せてきているかのように思えた。

 リードマンが入っていくと、席に着いていたアンティオペーが振り返った。

「遅いぞ、執行部の連中よりはまだましだが」

「失礼、演習の後始末で手間取ったので」

 言いながら、リードマンは新領側の末席に向かった。

 佰候召喚師たちに用意された椅子、その半数以上が空席だった。いるのは四人だけ。演習時に滞在していた四人の佰候召喚師だけだった。

 第三師団長、ディアドラ・アンティオペーは苛立ちながら。

 第四師団長、ヤナ・ヤクシュは長卓に突っ伏して眠り。

 第五師団長、ワン・グゥオフは腕を組んだままむっつりと黙って。

 それぞれのやり方で執行部がやってくるのを待ち受けていた。

 一方、執行部側はまだ誰も来ていない。

「今日は何の集まりなんです?」

「さあ、『ここでは言えない』の一点張りだ。おまけに呼び出した挙げ句に待たせおって」

「……その人が来てから、まだ五分くらいだけどね」

 卓に突っ伏していたヤナ・ヤクシュが突っ伏したまま言った。

「佰候召喚師の時間の価値をどれほどと思っている? この五分間で金一つまみほどはあるんだぞ。なあ、ワン?」

「すぐに金の話をするのは品がないぞ」

「何を他人事のように言っている、この破戒坊主が。聞いているぞ。あちこちで布施を掻き集めて黄金の仏像をこしらえたそうじゃないか」

「…………」

 ワン・グゥオフは瞑目し、咳払いをした。

「揃っているな」

 やがて、反対側の扉から執行部の男たちが入ってきた。こちらも通常の会議よりも少なく、三名だけだった。

「で、何なのだ? つまらん用なら手間賃だけ貰って帰るぞ?」

「では、前口上は抜きにして用件に入ろう。昨日、第十二師団、エミリオ・サルトリオから救援要請があった。天涯回廊の彼の領地において異影の大量発生が確認された」

 今回の議長役らしい僧衣姿の男が卓に資料を置きながら告げた。

「『異海』の大規模侵食が起こりつつある、ということだ」

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