四、『鵺』・3
3
演習開始を知らせる[火球]が上空で爆ぜた。
その音が、第八師団所属正召喚士ヨハン・ヘイズワースの緊張を最高潮に高めた。
ヨハンは今回の演習においてチームの指揮をとることになっていた。
演習は師団同士の争い。だが、師団の中にも序列争いがある。執行部に力を見せ、評価を上げるための機会は希有だ。
「コール・〈セイレーン〉」
開始直前、ヨハンは素早く魔術を発動させた。
「二人とも聞こえてるか?」
〈セイレーン〉の[秘匿通信]を使い、僚機に呼びかける。森の中、それぞれ二時、十時の方角にいた僚機が了解のハンドサインを見せた。
[秘匿通信]。〈セイレーン〉の純化された声は、空気を介する音声とは違い、他者の精神に直接届き、その対象もヨハンの思いのままだ。通信を傍受することができないというのは集団戦において大きなアドバンテージとなる。
ヨハンの召喚機、構成名《
だが、この演習は隠密能力と索敵能力が物を言う。しかも今回の敵には戦闘に特化した武闘派師団が参加している。
《女帝の栄光》ディアドラ・アンティオペー率いる第三師団。
《暴食》ヤナ・ヤクシュ率いる第四師団。
《五百羅漢》ワン・グゥオフ率いる第五師団。
召喚師団の構成員は、その長である
先述の三名の佰候召喚師はその圧倒的な戦闘能力で知られ、その配下である
だからこそ、自分が指揮官に選ばれたのだ。情報戦は第八師団の得意とするところ。相手の得意な領域にはけっして踏み込まない。一方的に知り、連携し、寸断し、仕留める。勝ち目は十分にある。
前衛を務める僚機が立ち止まる。異変を察知したのだ。
『イヤッハアアアアア!』
轟音に顔をしかめる。何者かが上空で騒音を撒き散らしている。空に意識を向け、音の正体を探る。
『十時、飛行型召喚機、高速接近!』
僚機が敵を捉え、ヨハンもそちらに機体の感覚群を向けた。赤と灰色の機体が空を駆けていくのが見えた直後、
『[
赤い球体が撒き散らされた。〈火〉のエレメンタルの生み出した炎の魔術が、森林地帯にでたらめな爆発を引き起こした。
高速飛行可能な召喚機の数は限られる。さらに、こんな馬鹿みたいに目立つ機動をする召喚士はもっと少ない。
「試験機部隊か……!」
ハチドリのような形状。アデル・アルハザードの構成、《
「反撃するな!」
機体の防御を固めながら僚機に指示を出す。
罠だ。開始直後、全員が息を潜め、敵の姿を探っている最中、頭上に姿を晒すのは自殺行為だ。目的はこちらを炙り出すことにある。
第八師団は《錬金術師・熱風》をやり過ごす。
だが、他師団に堪えきれない者がいたようだった。
地上から上空に向かって、魔術の軌跡が伸びる。《錬金術師・熱風》はそれは予期していたように機体をロールさせ、射程圏から逃れた。
直後、一帯に[
ヨハンは遙か彼方から飛来する風切音を捉えていた。おそらくアイシャ・アルハザードの構成、《
攻撃はそれだけではなかった。
他の方角からも、攻撃が開始されていた。演習場のあちこちから、遠距離攻撃が撃ち込まれる。
攻撃はすぐに終息した。森は再び、静まりかえる。目標が撃破されたのか、逃げ切ったのか、それはわからない。各機は己が目標となる前に攻撃を止め、潜行に移ったはずだ。
「好き勝手やりやがって……!」
よりにもよって、自分が指揮を務めているときに奴らがいるなんて。
バローク召喚院で第十三師団の悪名は広く知れ渡っていた。
召喚機開発の奇才、アレフロート・リードマンが主宰する師団。通称『試験機部隊』、別名『傭兵部隊』。試験機の実地試験と称して各地のレコンキスタに戦力を送り込むのを生業としている。構成員は問題児ばかりで、派遣先でも問題ばかり起こしていると聞く。
《錬金術師》の双子は仲が悪いという噂だったが、こんなときの連携はしっかりと取れている。《錬金術師・熱風》が攪乱し、《錬金術師・瀑布》が遠距離から砲撃を行う。様々な実戦を経験しているぶん、こういった荒事は得意だ。
だが。
召喚機同士の戦闘にはそれ独自のやり方がある。
「試験機部隊の相手はするな。他師団の動向を探れ」
利用できるものは利用させてもらう。
試験機部隊の攻撃が目を引いているうちに、他師団に奇襲を掛ける。搦め手ならばこちらの領分だ。
「今の攻撃から座標を割り出してくれ。背後につき、隙を突く」
「…………」
「どうした?」
反応がなかった。気がつけば二機ともこちらの視界から消えていた。
「ステファン? クルツ?」
前進しながら呼びかける。〈セイレーン〉が機能不全を起こしたのか? そんなはずはない。こちらの魔術は二人を把握している。近づいて音声通信に切り替えるべきか? だが、どんな些細な行動が敗着に繋がるかわからない。
さらに前進したとき、自分の逡巡は最早、何の意味も持たないことに気付いた。
森の奥、破壊された僚機に絡みつくように、異形の召喚機が鎮座していた。
とても召喚機とは思えなかった。一つの形を持っていない。鳥、獣、爬虫類、形状を認識する間にもその姿は絶え間なく変化していく。
ヨハンはその召喚機の名前を思い出した。
《
八つの目が同時に《密使》を捉えた。
直後、あらゆる感覚がブラックアウトした。眷属へのダメージが魂へと伝わり、門が損傷する。
その衝撃は、まるで巨大な顎に食いちぎられたかのようだった。
◆
第五師団の正召喚士、ファン・メイヤンは全長五メートル超の機体を器用に木々の中に潜ませていた。
彼女の使用するドールは軽量型に手を入れたものだ。もともと最低限しかない装甲を外してさらに軽量化を施し、関節部は可動域を広げられている。搭載ネイオスは五基。見た目は小型だが使われている晶石は最高級品で、メイヤンの使役術に対応できるよう、深域帯での出力に特化したセッティングを為されている。細身でしなやかな機体だ。
それでも召喚機というものは決して小さくない。しかし、メイヤンは機体を森へ隠しきっていた。姿も見せず、音も無く、森を這いずり回る。
メイヤンの召喚機《鵺》は院内では強襲偵察機として認識されていた。
レコンキスタにおいて与えられた役割は、異影の支配地域を密かに侵攻し、急襲すること。
東方の四聖獣、〈朱雀〉・〈青龍〉・〈白虎〉・〈玄武〉。その禽獣たちの特性をメイヤンは卓越した使役術によって構成し、あるときは飛び、あるときは駆け、あるときは潜み、あるときは暴を振るう。静と動。陰と陽。深く静かに、そして烈火の如く蹂躙する。その変幻自在の構成に特定の形はなく、それ故に《
メイヤンは三機目の機体を墜とすと、瞬時に機体を再構成し潜行に入った。
四聖獣の力を索敵に集中させる。眷属の鋭敏な感覚が重なり合い、メイヤンの中に流れ込んでくる。
そして、目的のものをようやく見つけた。
《
どうして今まで目に入らなかったのか? あんな鈍重な機体、数キロ先からでも見えたはずだし、とっくに他の機体の餌食になっていておかしくない。
いや。
見えなかった、というより、気付かなかったというのが正しいのだろう。メイヤンでさえ、四聖獣の力を集中させてようやく認識できてはいるが、視覚に頼ろうとすると途端に木々に紛れてしまう。
おそらくは認識を阻害する能力、『奴』の眷属の力なのだ。
「行くぞ、
《鵺》は音もなく、森へと消えた。
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