四、『鵺』・2

    2


『演習開始、五分前になりました。各機、構成を完了し、開始地点へ進入してください』

「うーし、ぼちぼち行くか!」

 アデルは操縦桿ロッドを握り込んだ。

 飛行試験型ドールはその名の通り、空中機動に最適化するように作られた世界最初のドールだ。軽量型ドールをベースに改良、あるいは改悪された機体。構造自体は軽量型ドールをそのまま俯せにしたもので、接地脚は腹部に、ハッチは上部にある。

 主動力となる大型中域ネイオスを二基、胴部・後部に配置。前部・右腕・左腕には繊細な作業に適した小型高域ネイオスが配置されている。

 全体として軽量化が施されており、装甲の類いは一切ない。空力を考慮したため凹凸が少なく、外観としては船に近い。左右に伸びた腕部は太い櫂を思わせた。

 何が問題かと言えば、高速飛行だけを考えすぎたせいで、その他の行為には全く向かないという点だ。装甲や安定性、火力が削られ過ぎている。地上戦などやりようもない。低速飛行さえ苦手で、出力が安定しなければ戦う前に墜ちる。まさに空飛ぶ棺桶である。

 アデルは導霊系、各ネイオス、全てのチェックを終えると構成を開始した。

「〈水〉召喚コール・ウンディーネ!」

 主にセンサーを担当する水の元素を前部ネイオスに召喚。これは〈風〉の一部機能と連携し、レンズのように光を屈折させ遠景を捉えると同時に、気圧の偏差を感じ取り、現高度、航行速度を割り出す。

「〈土〉召喚コール・ノーム!」

 胴部ネイオスに、〈土〉の元素が顕在化される。灰色の外殻がフレームを覆う。多関節であった腕部を包み込み、制御に不要な関節部は固定され、強度を確保する。

「〈火〉召喚コール・サラマンダー!」

 左腕ネイオスに顕在化された火の元素、機体を炎が纏わり付く。〈土〉が作り上げた外殻を焼成され、構造化合物と化す。

 本体の構成は完成。船のようだった外観はさらになめらかに、腕部は幅広く翼を広げた鷲のような形状になる。

 そして、仕上げ。

「〈風〉召喚コール・シルフ!」

 純化された〈風〉が後部ネイオスに宿った。

 風が吹き荒れる。軽量かつ剛性を保った機体は、暴風のような〈風〉の力を十分に受け止め、浮き上がった。

 これがアデル・アルハザードの構成、《錬金術師・熱風アルケミスト・シロッコ》だった。

 上空を高速で駆け抜け、地上に火術を振りまく様から名付けられた機体だ。

「イヤッハアアアアア!」

 景気づけの鬨の声とともに、機体は上空へと舞い上がる。愚妹が愚痴をこぼすのが聞こえるようだ。

 妹はこの構成を毛嫌いしているようだが、アデル自身も、この構成を気に入っているわけではない。

 飛ぶという行為。それは多くの特権とともに多くの代償を支払う。脆弱な骨格、無いも同然の装甲。構成も歪で、推力と機体制御のほとんどを〈風〉が担うため安定性にも欠ける。

 本来、彼の望むものは安定であって、空飛ぶ棺桶での日常的な自殺未遂などは最も避けるべきことである。

 ただ、身を守るためにはそれが必要だと思ったのだ。

 他人が知り得ないことを知り、危機からは先んじて遠ざかる。自分の身を守るためにも、守るべきものを守るためにも。

 安定のために選択した不安定。その苦労をあの愚妹は知りもしないだろう。

「いくぞ、《熱風シロッコ》!」

 アデルは〈風〉をコントロールし、戦場へと入っていった。


    ◆


「あーあ、やるしかないか……」

 アイシャはうんざりと操縦桿ロッドを握り込んだ。

 支援試験型ドールは、その名の通り後方からの作戦支援をするための機体だ。

 軽量型ドールを流用したアデルのドールとは違い、これは内骨格から新たに設計されている。ドール内部の容量を増やすに伴い、構造体は増強されており、標準型ドールよりも一回り大型になっている。リーズリースの重装試験ドールとは姉妹機となっており、鈍重な雰囲気は共通している。

 重装試験ドールは内部容量を追加装甲に費やしているが、支援試験型ドールはネイオスの高出力化のために使っている。五基搭載されている大型ネイオスは、出力と安定性を担保するために全て中高域出力にセッティングされ、それらを繋ぐ導霊系も十分な魔力に耐えられるよう強化されている。

 よって、重い。

 確かに安定して出力を上げることに成功はしたが、そのぶんネイオス・導霊系の重量は標準型ドールの五〇パーセント増しである。増えた出力分を重量増加分が完全に相殺してしまった形だ。遠距離支援用というより、使い道を探したら遠距離支援以外になかったという、本末転倒な機体である。

 アイシャはロッドを握り、魔力を介して、ネイオス・導霊系、全てのチェックを終えると、構成を開始した。

「〈水〉召喚コール・ウンディーネ

 応用召喚、〈水〉を性質変化させる。頭部ネイオスから発生した粘度の高い液体が召喚機のフレームを包み込む。機体の冷却系と運動伝達を担う水球が外部に形成された。

「〈土〉召喚コール・ノーム

 水球に〈土〉の外殻が精製される。これは装甲であると同時に、走行のための履帯でもある。

「〈火〉召喚コール・サラマンダー

 胸部ネイオスに〈火〉が宿る。発生した熱が内部の流体に動きをもたらし、外殻にも伝わっていく。

「〈風〉召喚コール・シルフ

 最後に〈風〉を召喚する。主な役割は索敵と通信。大気中の振動を捉えることで索敵を行い、また振動を操り[風声]を作り出す。

 これがアイシャ・アルハザードの構成、《錬金術師・瀑布アルケミスト・イグアス》だった。

 滝をそのまま球状にしたような外観から名付けられた構成名だ。巨大な岩石の表面を水流が白波を立てながら巡り、内部の熱量によって発生した水蒸気が辺りを包んでいる。

 全身を岩石で覆われている構造上、視覚による索敵は不得手だった。その代わり、頼りにするのは音だ。[感覚共有]によって聴覚に集中した途端、

「イヤッハアアアアア!」

 アデルの絶叫が耳をつんざいた。

「あの馬鹿……」

 操縦席の中、思わず呟く。

 軽薄な片割れ。兄と呼ぶのさえ恥ずかしい。

 一体、誰のせいでこんな機体に乗ってると思っているのか。

 アデルはこの構成を馬鹿にするが、自分だってこんなものを気に入っているわけではない。

 安定性を得るためには、いろいろ妥協しなければならないことがある。不格好な外観、遅すぎる速度。

 できるのであれば、もう少しスタイルのいい召喚機にでも乗って軽々とあちこち飛び回ってみたい。自分が望むのは気楽な人生であって、こんな鈍重な機体で転がっている場合ではない。

 ただ、身を守るためにはそれが必要だと思ったのだ。

 誰よりも危機からは遠く、何人にも打ち破れない盾を。自分を守るためにも、守るべきものを守るためにも。

 気楽な生活を得るために選択した不自由さ。その苦労をあの馬鹿血族は知りもしないだろう。

「頼んだわよ、《瀑布イグアス》」

 アイシャは機体を転がし、戦場へと入っていった。


    ◆


 数秒の間に双子たちは構成を終え、森へと向かっていった。

 一呼吸おいてから、リーズリースは言った。

「ウィル、準備はいいですか?」

「はい!」

 ウィルが操縦桿ロッドを握り絞める。リーズリースはいつものように指示を出した。

「構成開始」

「はいっ!」

 ウィルはロッドを握りしめた。銀のグリップが魔力に反応し、淡く輝き出す。薄暗い操縦席に、光の粒子のような魔力が漂う。導霊系に魔力が満ち、機体を震わす低い唸りと共に、召喚に必要な場が形成された。

「コール・〈スプライト〉!」

 第一ネイオスに〈スプライト〉を純化召喚。瞬間、操縦席の内壁が輝き、ガラス張りのように、外の光景が映し出された。

「コール・〈エコー〉!」

 第七ネイオスに〈エコー〉を純化召喚。頭上から、外部の音がやまびこのように降り注ぐ。外の光景にそのまま触れられそうな臨場感。それは自分が外に投げ出されたかと錯覚するほどだった。

「コール・〈ブラウニー〉! コール・〈レプラコーン〉!」

 第三、第四ネイオスに〈ブラウニー〉と〈レプラコーン〉。スクリーンに顕在化した腕が映し出された。粘土で作り上げたような生白い腕が地面を押さえ、機体の姿勢を安定させる。

「コール・〈ケット・シー〉! コール・〈クー・シー〉!」

 第二、第六ネイオスに妖精猫と妖精犬の四肢が宿る。腕と同じような抽象的な造形の八本の足が、ゆっくりと機体を持ち上げた。

「コール・〈スプリガン〉! コール・〈ピクシー〉!」

 最後に、第五・第八ネイオスに〈スプリガン〉と〈ピクシー〉が宿った。今のところ外観には変化はない。〈ピクシー〉は隠密性、〈スプリガン〉は防御能力を期待してのことだが、どれだけ効果を発揮するか、それは実戦になってみなければわからない。

「構成完了しました……!」

 必死に機体に魔力を送り込みながら、ウィルが報告する。

 これが今日のために作り上げたウィルの構成、召喚機《妖精の王オーベロン》。

 まともな武装もなく、ただ歩くだけの機体。一週間ではこれが限界だった。こんなもので戦場へ出ても敵の的になるだけだ。それでも……。

「行きましょう」

「はい!」

 開始地点へ向け、機体が動き出す。ウィルの代わりに、リーズリースは心の中で呟いた。

《妖精の王》構成完了。進攻を開始する。

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