四、『鵺』・1


 今回の師団合同演習は三機一隊編成、七チームによる制圧戦方式で行われる。

 舞台は演習場内に指定された十キロ四方のエリア。各チームはそれぞれ周縁部に散らばり、開始とともに中央の拠点を目指す。森の中での隠蔽・索敵・戦闘を繰り返していき、最終的に拠点を一定時間占拠するか、終了時刻に確保していたチームの勝利となる。森林地帯での遭遇戦と拠点制圧を念頭に置いた模擬戦闘だ。

 模擬戦闘ではあるが、正召喚士は実戦と変わらない構成で臨む。死傷者を出さないため、ネイオス・導霊系が機能不全になった時点で失格となるルールではあるが、肉体的な負傷、召喚術の負荷による霊体へのダメージは当然のように発生する。

 敵は召喚機。異影との戦いとは全く質が違う。ある意味で、この演習は実戦よりも過酷なものだった。


    ◆


 演習当日。

「演習開始まで二十分、各正召喚士は指定エリア内にて待機してください」

 発令所には通常のスタッフの他、執行部からの立会人、今回参加する師団の監督者たちが集まっていた。

 彼らの見守る中、通信担当の準召喚士が信号用ネイオスを使い、アナウンスを続けていく。

「なお演習開始まで十五分を切りますと外部との通信は禁止となります。不正行為が発覚した場合、即時失格ですので注意してください」

「あはははは!」

 発令所に第三師団長、ディアドラ・アンティオペーの高笑いが響き渡る。

「余計な心配とはこのことだ! この第三師団麾下の精鋭に指示などいるものか!」

「うるさい……この人、なんで笑わないと喋れないの……?」

 隣にいた第四師団、ヤナ・ヤクシュが耳を押さえてつぶやく。そこへ通信士が声を掛けた。

「あの」

「何……?」

「先ほどから、こちらに第四師団からの通信が入っているようなんですが」

 指の指し示す方向を見ると、窓の外で極彩色の鸚鵡が必死に翼を叩いていた。

師団長ロード! 師団長! 聞こえてますか? 作戦指示がまだなんですが!』

 人語を発する鸚鵡に、ヤナ・ヤクシュはしばらく考えてから手を振ってみせた。

「頑張って勝って……」

『師団長!?』

 一方、第五師団ワン・グゥオフは通信用ネイオスに張り付いて怒号を上げていた。

「各員! 演習とは、己の技量を磨くためのもの。勝ち負けよりもまず、己との戦いだと心得よ! それからメイヤン! いいか? 騒ぎは起こすなよ! 聞いているのか! メイヤン!」

 騒がしい発令所とは違い、眼下の森は静まりかえっている。

 だが、すでに周縁部に散った召喚士たちは自分たちの位置を悟られないよう、戦闘準備を整えているはずだった。


    1


 天候は快晴。もうすぐ戦場となる森は穏やかなそのものだった。

 第十三師団のスタート地点は北側、建物群から最も離れた場所だった。

 演習場前の待機スペースにはすでに双子の召喚機コンキスタドールが鎮座している。リーズリースはオスカーに命じ《黒騎士ブラック・ナイト》を座らせた。構成解消、眷属送還。無事、オクタ・ドールを接地させると息をついた。他機から少し遅れてやってきたのは《黒騎士》に余計な刺激を与えないためだった。

 リーズリーズは前部座席のウィルに声を掛けた。

「開始まで少し時間があります。緊張せず、ゆっくり魔力を養ってください」

「はい……!」

 ウィルが返事をする。緊張の色は明らかだった。

「結果は問題ではありません。これまでやってきたことの成果を見せるだけです。力まず、自然体で」

「おまかせください……! リーズリースの指導に恥じない演習をご覧にいれます!」

「…………」

 二人とも、言葉が上滑りしていた。

 結局、事故以降、まともな訓練にはならなかった。消化できた訓練過程は半分程度。リードマンは相変わらずの放任主義で私室に籠もったまま訓練を見ることもない。この一週間でできたことと言えば、召喚機を構成し歩けるようになったくらいだ。戦闘なんてとても出来る状態ではない。

『なんだ。結局、一緒に来たのか』

『何? あんたもついてきたわけ?』

 双子たちの[風声ウィンド・ボイス]が同時に操縦席に届いた。

 来るべきではなかった。それは自分でもよくわかっている。同乗して手助けできることなど何もない。体重分、ウィルの足を引っ張るだけだ。

 それでも、とてもウィル一人を戦場へ送り出す気にはなれなかった。だから、機体をここまで運ぶことを理由に、同乗を選択したのだった。

 リーズリースはハッチを開け、外へ声を上げた。

「二人とも聞こえていますか? 作戦はどうするんです?」

 ウィルはもちろん、リーズリースにも演習経験はない。試験機部隊で一番の経験者は双子たちだ。

 やがて、[風声]に乗って返事がきた。

『俺は派手に暴れたあと被弾したふりして領域外に不時着するつもりだけど?』

『あたしは距離とって砲撃すると見せかけて近づかれたらうっかり領域外に出て失格になる予定』

「真面目に答えてください! ウィルははじめての演習なんですよ! ちゃんと指示をください!」

『『頑張れ!』』

 役に立たない……!

 双子が綺麗なユニゾンで責務放棄したところで司令所からの放送が始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る