三、『錬金術師』・5
4
「何でこう問題ばかり起こすかねえ……」
本部棟、リードマンの私室。机の向こうでリードマンがぼやいた。
「向こうが悪いんです!」
「僕が悪いんです!」
ウィルとリーズリースは同時にこたえ、顔を見合わせた。それからまた同時にリードマンに向き直った。
「待機指示が出ていたのに強行着陸しようとしたんですよ!」
「僕が上手く召喚機を動かせなかったからぶつかってしまって!」
「なのに救助を断った上に眷属を召喚してきて!」
「それから〈スプリガン〉で怪我をさせてしまって!」
「挙げ句、ウィルには暴力を振るったんです!」
「ファン・メイヤン正召喚士には大変、申し訳なく思っています!」
「はあ……」
リードマンが嘆息した。
「どっちなの? 私はウィル君がよろけて着陸ルートに入ったと聞いてるけど?」
「練兵場から退避中だったんです!」
「そして、よろけてぶつかったんです!」
「あなたは黙っていて!」
「はいっ!」
リーズリースがウィルを睨むと、彼は口をつぐんだ。
「召喚機の運用規定に照らせば優先権は向こうにある。発令所が気を利かせてくれただけで、本来、飛行型の着陸を優先させるのは当然だし、《
「それは教授の仕事が遅いからでしょう!」
「それに事故発生のとき、責任者の君は現場を離れていたという証言もあるけど?」
「そ、それは……! ウィルの構成について双子たちに相談に行ったからで……! そもそも一番、監督しなければならないのはリードマン教授じゃないですか! 大体! 他にもスペースがあったのにどうしてわざわざ練兵場に着陸する必要があるんです!?」
「練兵場の方が格納庫区画に近いからねえ」
「そんな勝手な都合がありますか! 第五師団に抗議してください! 私たちは悪くありません!」
リードマンは紙片を手に取った。
「向こうは事を荒立てるつもりはないって。相手がワン・グゥオフで助かったよ。奇跡的に向こうの機体には目立った損傷は無し。オクタ・ドールもハッチが歪んだくらいだから、これで手打ちということになった」
「ウィルは怪我では済まなかったかもしれないんですよ!」
「目立った外傷はほっぺたくらいじゃないか。話はこれで終わり。下がってよろしい」
リードマンはファイルに目を落とした。こうなるともう何を言ったところで聞くつもりはないし、おそらく耳に届いてもいない。
「行きましょう、ウィル!」
「あ、あの、そういえばまだ着任のご挨拶が……」
「こっちの話なんて、どうせ聞いていませんよ! 失礼します!」
ウィルの腕を引き、リーズリースは部屋を退出した。
本部棟の廊下。最初は〈デュラハン〉が顕在化しかねないほどだった黒い魔力が徐々に収まっていく。リーズリースは歩みを緩め、ウィルを振り返った。
「……本当に、体は大丈夫なんですか?」
「はい、ご覧の通りなんともありません」
左頬を腫らしたウィルが、にっこり微笑む。リーズリースは静かに息を吐いた。
「教授の言う通り、私の判断ミスです。あなたを一人にすべきではありませんでした」
「とんでもない! 僕が余計なことを申し上げたばっかりに姫様にまでご迷惑をお掛けして!」
「とにかく、今日はゆっくり休んでください。事故の処理は私がしますから、あなたは部屋で安静にしてること。お手伝いも断る。いいですね?」
「かしこまりました!」
◆
夜の格納庫。
掃き掃除をしていると、整備部の準召喚士が顔を見せた。
「おつかれさまー。そろそろ上がろうか?」
「僕はもう少しかかるのでお先にどうぞ。戸締まりはしておきますので」
「そう? あんなことあった後なんだから、あまり無理しないでね」
朗らかに返事をし、ウィルは掃除の続きを始めた。
やがて誰もいない格納庫は静けさに包まれた。〈スプライト〉が瞬く中、動いているのはウィルと妖精たちだけ。
ぺしぺし、靴が叩かれた。〈ブラウニー〉たちが集まって、何か抗議してくる。ウィルは微笑した。
「『妖精の輪』はもうちょっと待って、片付けが終わってからね」
『ヨーセイノワ! ヨーセイノワ!』
〈エコー〉がやまびこで抗議をし、それに合わせ妖精たちが足を踏み鳴らす。
「踊りは夜明けまでつきあうから、ね?」
妖精たちは額を寄せ合って何やら相談してから、不承不承頷いた。
掃除の続きをはじめたウィルの目に、重装試験ドールが映った。
重厚な装甲。そこに刻まれた無数の傷。それはリーズリースの二年間の戦いの跡だった。
ウィルは両手を組み、召喚機の前に跪いた。それから先ほど教会で捧げた祈りをもう一度繰り返した。
神様、ありがとうございます。僕の願いを聞き入れてくださって。あの人を今日までお守りくださって。
あの人は立派な召喚士になりました。異影にも負けないくらい強く、僕がいなくても大丈夫なくらいに。
神様、僕はこれからもあなたの教えに従い、一生懸命働きます。ですからどうか、これからもあの人に平穏をお与えください。
ウィルは立ち上がり、妖精たちに言った。
「さ、みんな、仕事の続きを……」
激痛に襲われたのはそのときだった。
「!」
背中を貫くような痛みに、ウィルは両肩を抱きかかえその場に崩れ落ちた。灼熱と極寒が同時に全身を覆い、たちまちに脂汗が噴き出す。
「くうっ……! ううっ……! ふっ……!」
声を殺すため、腕に歯を食い込ませた。痛みから逃げるよう、体をねじり、床を転げ回る。いつものように、ただひたすら、痛みが過ぎ去るのを待った。
「うう……ふう……は……はあ……はあ……」
どれくらい時間が経ったのだろうか。痛みは徐々に収まっていく。ウィルは涙と涎で濡れた床を見つめている自分に気付いた。
体を起こし、誰にも見られていないことを確認すると、安堵の息を漏らした。
妖精たちが不安げにウィルを取り囲んでいた。ウィルは彼らに弱々しい笑みを見せ、言った。
「大丈夫……大丈夫だよ。これが終わったら、もう、召喚機に乗ることはないんだから」
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