三、『錬金術師』・3
2
最新召喚術の結晶、
その力の核となるのが純化召喚、そして受け皿となる
晶石内を仮初めの胎とし、眷属の有様を純化させる。存在の力を特定の機能に集中させることでより大きな力を引き出すのだ。
一方で、召喚機の運用には様々な機能が必要となる。
機体を動かすための動力。異影を打ち倒すため火力。それらを制御するためのシステム。周囲の情報を獲得するための感覚器官。攻撃に耐えるための防御機構。僚機と連携するための通信機能……。
そのような機能を満たしてはじめて、あの歪な人形たちは最新鋭の対異影兵器群となり得る。
特化と汎用。
召喚士はその矛盾の中で機体をまとめ上げなければならない。
いつ、どのネイオスに、どの眷属に、どの役割を担わせるのか?
その仕様を召喚院では『
◆
リーズリースの召喚機《
胸部ネイオスの〈デュラハン〉が上半身の制御、及び防御を、
腰部ネイオスの〈
頭部ネイオスの〈
右腕ネイオスの〈
《黒騎士》には通信機能はないし、また、索敵能力が高いとも言えない。見える異影を打ち倒すだけの構成だ。
もしリーズリースに高度な使役術があれば、〈大鴉〉の鳴き声を変化させ通信機能を確保することや、翼に存在の力を集中させ空を舞うことも可能だったろう。
また、柔軟に役割を切り替えることによって、例えば〈デュラハン〉の装甲を必要なときだけ展開し、それ以外の時には機体の制御に専念させるといった構成も出来たかもしれない。
使役力が劣るリーズリースにとって、構成もまた苦手な分野だった。ここまでウィルの構成案をいろいろと考えてきたのだが、自分だけではやはり限界があった。
相談できる相手がいるとすればそれは……。
◆
「で、ウィルの構成について、オレにアドバイスを受けたいと?」
「で、ウィルくんの構成についてあたしに相談したいと?」
格納庫。双子はそれぞれの機体を背に腕組みし、綺麗なシンメトリーで聞き返してきた。リーズリースは二人の前で体を小さくして続けた。
「はい。小妖精でも出力をあげる何かいい方法はないかと……」
「へえ」
「ふうん」
双子はあさってを見ながら、とんとん、頭を指で叩いた。
「ちょっと待てよ? この前、この姫様から何か聞いたような気がするんだけどなあ?」
「そうそう、あたしも記憶にあるわー。何か偉そうなこと言ってたような気がするけど?」
「ええと、『お前らの力など必要ない』だっけか?」
「近い近い。『わたくし、卑賤な民草の助けはいりませんですのよ?』じゃなかった?」
「似てる。そんな感じだった」
「そんな言い方じゃなかったでしょう!?」
「「何か言った?」」
「…………いえ、何も」
左右対称の嫌味に、リーズリースは目を逸らした。いつも何かしら言い争いをしている二人なのに、こういうときの息はぴったりと合っている。
本当は双子に頼るのは避けたかった。二人は第十三師団の先任正召喚士で、この二年間、一緒に戦ってきた同僚である。が、何かといい加減な性格にリーズリースは馴染めず、距離を置くようにしていた。
しかしながら、構成を考える上で双子ほど参考になる教材はない。
魔力特性は同レベル。契約している眷属も全く同じで、四大元素の具象体である〈
それでいて、二人の召喚機は全く違っていた。
アデル・アルハザードの召喚機、構成名《
高機動飛行構成。
〈風〉の力を存分に活かして高空を飛び回り、〈火〉を用いた[
アイシャ・アルハザードの召喚機、構成名《
遠距離支援型構成。
〈土〉が形作る高い防御力を誇る外殻。その重量を〈火〉が発生させる熱と〈水〉の冷却系によって動かしている。〈風〉は大気の動きを介して外界を把握し、また通信を行うことが可能。足を止めて放つ[
己が最も力を発揮できる姿を追求した結果、二人が行き着いたのがそれぞれの構成だった。二人が現在使っている試験機は、その二人の特性に合わせてリードマンが与えたものだ。理論上、双子がお互いの構成を再現することも可能ではあるが、出力までは真似ができないらしい(本人たちも真似したいとは思ってもいないだろうが)。
どうしてここまで違うのか。性格の問題なのか、それとももっと別の要素なのか。
ただ一つ言えることは、眷属の力を引き出すことにかけて双子はリーズリースより一段も二段も上であり、相談相手にはうってつけということだった。
リーズリースは立ち上りかけた黒い魔力を押さえ、双子たちに言った。
「……確かに、あのような言葉を吐いておきながら今さら力を貸してほしいというのは身勝手だと思います」
「「…………」」
「先日のことも、私の行動は正しかったと信じていますが、あなたたちへの態度は横暴でした。申し訳ありません。以後、気をつけます」
「「…………」」
返事はなかった。顔を上げると、双子は意外そうな表情でこちらを見つめていた。
「……何です?」
「いや、あんたが素直に謝るなんて初めて見たからさ」
「大丈夫か? 風邪でも引いたんじゃないか?」
「私を何だと思ってるんです!」
「「……何か言った?」」
「…………何でもありません」
俯くリーズリースを前に、双子は、ふっと笑って見せた。
「……ま、ウィルにはいろいろ世話になってるしな。洗濯もしてもらってるし」
「……ま、チームメイトを無下にはできないしね。お菓子もくれたし」
リーズリースは、ぱっと表情を明るくした。
「では……!」
「「でも、無理」」
双子はあっさりと言い、リーズリースは渋面になった。
「大体、あんな妖精しかいないんじゃどうしようもないだろ」
「大体、あと三日で戦闘機動まで持ってけるわけないじゃん」
「な、何か方法はないんですか!? 純化召喚のテクニックで最低限の戦闘をこなせる方法は!」
リーズリースが食い下がると、アデルは難しい顔つきで言った。
「……一つ、考えがないことはないんだが」
「本当ですか!」
アデルは壁の黒板に歩み寄り、白墨を手に取った。空いたスペースにオクタ・ドールの簡単な構造図を描いた。
「まず〈ブラウニー〉を一番ネイオスに純化召喚し腕部をコントールさせる。そして腕部にある三番ネイオスに〈スプライト〉を宿らせる」
「はい」
「[ブラウニー・パンチ]!」
アデルは絵の腕辺りに集中線を書き入れ、妙な躍動感を出した。
「パンチを撃った瞬間、腕部を光らせるわけよ」
「……どうして光らせる必要が?」
「必殺技なんだから派手な方がいいだろ?」
「…………」
「……まあ、この馬鹿の言うことは置いておいて」
いつの間にか隣にいたアイシャが図を消し、新たに書き直した。
「こういうのは防御から考えたほうがいいわけ。例えば一番ネイオスに〈スプリガン〉を、二番ネイオスに〈スプライト〉を召喚する」
「はい」
「で、〈スプリガン〉が攻撃を受けた瞬間、〈スプライト〉を光らせる!」
アイシャは胴体にギザギザの線を書き加えた。
「……だからどうして光らせるんです?」
「そりゃ演出よ。なんかやってる感が出るでしょ?」
「おい愚妹、やられたときにアピールしても意味ないだろーが」
「これだから馬鹿は……。圧倒的にやられる確率の方が高いんだから防御に力を入れるのは当然でしょうよ」
「後ろ向きすぎる。数少ない攻撃のチャンスに頑張ってこそ印象に残るってもんだろ?」
「真面目にやってください!」
リーズリースは肩から黒い魔力を立ち上らせた。
「演出とかアピールとか! 勝つ気があるんですか!」
「おいおいあるわけないだろ。相手には第三・第四・第五師団もいるんだぞ」
「あんなごりっごりの武闘派相手に真面目にやったら死んじゃうじゃないの」
「どうせオレらなんか賑やかしなんだから」
「適当にお茶濁して、終わりでいいじゃん」
「あなたたちには誇りというものがないんですか! 相手が誰だろうが関係ありません! 全力で戦うべきです!」
リーズリースが怒鳴る。と、急に双子たちは真面目な顔つきになった。
「それ、そういうとこだぞ」
「そうよ。ちっとも反省してないじゃないの」
「……何がですか?」
「そうやっていつも自分の価値感を他人に押しつける。お前の悪いとこだぞ」
「誇りだの何だのって、みんながあんたと同じ目的で召喚院にいるわけじゃないんだからね」
「私は押しつけてるわけでは……!」
「じゃあ、ウィルくんはどうなの?」
アイシャに問いに、リーズリースは言葉を詰まらせた。
「ウィルくんが演習で良い成績残したいって言ったわけ? 仮に言ったとして、あんたに気を遣ってるだけなんじゃないの?」
「…………」
黙り込むリーズリース。アデルは手を叩いて白墨の粉を落とした。
「……まあ、何とかしてやりたいって気持ちはわからなくもないけどな。リードマンに付き合って無理したところで何もいいことはねーぞ」
「怪我しないように適当にやる。それがアドバイスよ」
双子は口々に言って機体のところへ戻っていった。
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